SS 桜を彫りたい紅丸の話5 続きを読む その日紺炉は、町の破壊を手伝ってもらった礼とは別に、ひとつの提案を携えて元第8特殊消防隊詰所・現世界英雄隊本部を訪れた。 「部隊合同での花見か、いいですね。折角だから送別会も兼ねて、集まれそうな人みんなに声をかけましょう」 「送別会ということは、誰か離職を?」 「ああ、退職ではないんですがマキ中隊長が来月から産休に入るんですよ。無事に産まれたら火縄も育休を取るし、しばらくの間は寂しくなりそうです」 目を細め朗らかに笑う顔は、まるで自分自身が父親になるかのように嬉しそうだった。(元)第8は隊というより家族みたいなものなのだと、そう言っていたのは修行に訪れたシンラだっただろうか。 「先日は若の酔狂にも付き合ってもらっちまって……随分派手に暴れてたけど、体は平気か?」 「全然! 賑やかなのは好きだし、良いトレーニングにもなりました。宴会までは残れなくて残念だったんで、今度の花見で雪辱を果たすつもりです。--案件としては、こんなもんですかね?」 「じゃあー、ついでにウチのしょうもない相談でも聞いてもらおうか。実は若が……」 「また何かしたんですか?」 「墨、じゃなくて……たとぅーを入れるって言い出して」 「うわっ、あの時のシンラを思い出す…! 男の子って、やっぱ一度はそういう時が来るんですかね」 「男の"子"といえる年でもないってのに」 「でも、浅草の原国式のタトゥーは粋でかっこいいじゃないですか。シンラの場合は人格もおかしくなっちゃったからイメージ悪いけど、タトゥー入れるだけだったら特段たいした問題にもならなかったかと」 説明と共にそう遠くはない記憶に思いを巡らせているのか、口の間から乾いた笑いを漏らしつつ、視線を斜め右にさ迷わせる。桜備の珍しい表情を見た紺炉も、浅草に第8が秘密基地を構えていた時に垣間見たシンラの”反抗期”をぼんやりと思い出す。 「悪いこたァないが、なにやら変な感じでね。総隊長から見て、最近若…いや、紅のことで、何か気になる節はねェかな」 「気になる?」 気になることねえ…と、縫い目のある首を見てる方が不安を覚えるほどにまで傾け考えていた桜備だったが、突然すっ、と執務机の大きな席から無言で立ちあがったと思いきや、そのまま紺炉のすぐ横にまで歩み寄ってきた。ふいの行動と詰められた距離にぎょっとした紺炉の体が、反射的に軽く強張る。 「ほら、俺たち丁度身長同じくらいでしょ。だから分かってくれるんじゃないかと思うんですけど、見上げられると照れませんか?」 「照れる?」 「こう、横並びで立ってる時なんかに、こっちを見上げてくる顔が妙に幼く見えて。酒に酔った時の笑顔もそうだけど、あんな顔されると、ちょっと調子狂いますね」 頬を指先で掻きながら照れ笑いを浮かべる桜備の細まった目。本人が言う通り紺炉の目線とほぼ同じ高さだった。その目からそろりと視線を逸らし、いつも紅丸の顔がある辺りにさ迷わせる。 あんな顔、と言われても、どんな顔か分からない。 おい紺炉、と見上げてくる紅丸を思い浮かべてみたが、それは勝気で不遜で、ある意味愛おしいくらいの生意気さに満ちている。照れるようなもんじゃない。幼い頃からよくよく知っているつもりだが、それだって今の紅丸の全てとは言い難いことを思い知らされた気がした。 「すいません。俺が言いたいのは、とどのつまり気になることはないってことです。これまでの働きにも、文句のつけようがない。この国、いや、この世界にとってお二人とも代えがたい存在です。頼りにしてます!」 距離が近いまま真剣な面持ちで言い連ねる桜備からこの男特有の妙な圧を受け、耐えきれなくなった紺炉は思わず一歩二歩と後ずさる。 そういう話ではないのだけど、と返すべきか数秒ほど逡巡し、止める。 「そりゃ、ありがたい……若にも伝えとくよ」 情人云々と、紅丸より先にこちらにカマをかけなくて良かった。いや、たとえ投げかけたとしても、元より紺炉の意図などサッパリ伝わりそうにない。 紅丸の真意の程は測りかねるが、たとえどう転んだとしても、大地に根を張る巨木のようなこの男はビクともしないだろう。 じゃあまた、とそそくさとその場を後にした紺炉は、廊下に出てからほぉ、とため息を吐いた。まるで自らがスッパリと振られたような気分になり、かえって溜飲が下がるのを感じていた。 「早とちりで、思い過ごしか。紅のこととなると心配が先立っちまってなさけねェな」 畳む 2025/03/18
メモ 3/17 読み返しながら巻数・話数をメモってる 最後まで読んでから5~6巻辺りを読み返すと この頃の紅丸やたら細っ白いし自信無いしでかわいい めっちゃ攻め エピローグでは立場が上下になるけど桜備は紅丸に対して敬語のままなのかタメ口になるのか問題 結論出さずにどっちも妄想したい 42話の喧嘩で口調が荒くなるけどギリ敬語残ってるの好き…大好き 2025/03/17
SS 桜を彫りたい紅丸の話4 続きを読む 桜を好きなのに嘘はない。 パッと咲いてパッと散る。その潔さが好きだ。そもそも、浅草の人間で桜が嫌いな奴は居ねェ。酒と一緒ならなおのこと。 嘘は、ない。ただ、好きになる切欠があの男だったと、その事実は伏せた。 きっとあの男の死に際も桜のごとく、花の色が鮮やかなうちにパッと散るのだろう。枯れる姿も萎びる姿も想像できない。人ひとりの身に余る精魂と気力に満ちた器の持ち主だ。 先代に連れてってもらった荒川での花見。視界一面の桜の海と風が吹くたびに起こる豪快な桜吹雪に胸を躍らせた。 俺ァ、あの時から桜が好きだ。ただ、いつの間にやらすっかり忘れていたその感覚を思い出させたのはあの男だった。名前に負けぬ気風の良さで、嵐にも折れぬ太い芯を備えた、あの男。 恋など知らぬ、愛などましてや。 心躍る。退屈しない。安心もすれば、畏怖も覚える。 俺ぁどうやら、あの男がいたく気に入っちまっている。 ただそれだけだ。 畳む 2025/03/16
SS 桜を彫りたい紅丸の話3 続きを読む 弔い酒の宴席も佳境に入る中、一刻前にさりげなく席を外した紅丸を目の端で捉えていた紺炉は、後を追って縁側に出た。ほどなく、ひとけのない部屋の襖に背中を預けて夜風を浴びている男の影を見つけた。話すなら今がいいか。ちょうどよく生まれた機会を生かそうと、隣に腰かけ、彫師の熊五郎から聞かされた話を切り出した。 「墨ィ? ああ、そんな話もしたかもな。なんだ、手前は入れてんのに俺がすんのは反対か?」 「別に構いやしねえよ。ただ、情人の名前から取ってくるなんてのはバツが悪い。大抵の奴は、後々関係が変わった時に後悔してるぜ。まあ酒の席での笑い話にはなるが……」 「じょっ…! 紺炉、おめえ馬鹿言ってんじゃねェよ! 誰の何の話だ?!」 滔々と説き伏せる紺炉の言葉を聞きながら肩を震わせていた紅丸が、遂に耐えかね声を荒げて遮る。赤くなった顔からは、動揺のせいか酔った時に見せる笑顔も消えていた。 「え? 違うのか?」 「違ェ。一体どういう勘違いだそりゃ」 「いやだって、紅……」 はぐらかされているのか、と一旦は思うも、新門紅丸はそんな器用な真似ができる男ではないと思い直す。そうなると、動揺するのは紺炉の方だった。 「じゃあなんだ、頻繁に顔見せるし、二人で若の部屋にしけ込むだろ。あれはなんだ」 「しけ込むたぁ、人聞きが悪ィ。酒飲んで話してるだけだ。ここに客人が多いのは昔っからだろ」 紅丸の言い訳染みた返答も、引き下がる理由にはならなかった。追い詰めて良いものなら言いたい。じゃあなんだ、あの男に対しての馴れた野良猫のような態度はなんだ。無茶も諾々と受け入れる柄にもない寛容さはなんだ。今日の昼間に見せた、あの惚けた顔はなんだ。そもそも、俺は誰のことともはっきり言っていないのに、当然の心当たりがあるかのように話を進めているのはなんでだ。 詰問する材料ならある。だが、今ここで追い詰めても益は無い。本人に自覚がないのならなおのこと。 「悪いな、俺の勘違いだ」 「えらい早とちりだな。そもそも墨彫ろうってのも、風呂屋で熊と一緒んなったから訊いてみただけだ。本気で入れるつもりはねェよ」 「……なら最後にいっこだけ。なんで桜だ。そんなに好きだったか?桜」 「酒を飲む理由になるからな。自分の腕で花見酒なんてのも悪くねェだろ」 傍らに置いていた盃を手に取り、口へと運ぶ。その顔には、いつも通りの愉快な笑みが戻ってきている。 俺にもくれ、と横から飲みかけの盃を奪い取り、残りを一気に煽る。喉、次いで胃がかっと熱くなり、頭の裏、襟足辺りがジンと柔らかく痺れる。うまい酒だ。文句を垂れる紅丸に盃を返してから、はあ、と酒臭くなった息を吐き、目の前の薄暗闇に目を向けた。縁側から見える屋敷の庭の隅には、まだ蕾もついていない桜の巨木が生えている。障子の漏れ明かりに照らされる裸の太い幹の影は、どこかあの男に似ていた。 畳む 2025/03/16
SS 桜を彫りたい紅丸の話2 続きを読む 「おう、紺炉」 紺炉が紅丸を見つけたのは、町で一番高い物見櫓の上だった。人体発火現象が無くなり火消しの出番は大きく減ったものの、通常の火事は起こる。特に、木造家屋が多い浅草は一度火が出れば延焼しやすいのも変わらない。 「今日はえらい良い陽気ですね。富士も見えそうだ」 紺炉はそう言いながら、紅丸が寄りかかっている手すりに両手を掛け、ぐっと身を乗り出しあたりを見渡した。 大災害と再生を経た世界にあっても、浅草の町並みは結局ほとんど変わらなかった。世界を作り直した森羅が常から浅草を<楽しい町>と感じていたのを思えば不思議はない。 「なんか用か。今日は俺ァ非番のはずなんだが」 「邪魔してすいやせん。しかし、若が博打にも行ってねェとなるとこりゃにわか雨になるか。先代は今日も船橋ですよ。生き返ったと思ったら、悪い遊びを覚えっちまったなァ」 苦笑いを浮かべ、競馬場のある東の方角に目を向ける。千里眼などはなくても、財布をスッカラカンにして地団太を踏んでいるだろう姿が目に浮かぶ。親子そろって博打の勘が悪いんだからなさけねぇ。 「たまにはな。しかし、そう皮肉を言われると賭場の空気が恋しくなってきた。暇ならこの後付き合ってくれよ」 「いいんですか? 若が勝てなくなっても」 「言ってろ」 紺炉の忠告を紅丸が鼻で笑い飛ばす。根拠の無い自信にあふれた笑みが、一刻後には悔しさで歪むのだと思えば紺炉も思わず微笑んでしまう。 「そうい――」 「そういや、明日は朝から弔いだ。三丁目の与太ジジイが病気だったろ? 昨日が峠だったらしい。……わりィ、今なんか言おうとしてたか?」 「や、お構いなく。しかしそうか、死に目にはあえませんでしたね」 「しようがねえだろ、遠征中だったんだ。それに、百もすぎての文句つけらんねェ大往生だぞ。まっ、弔いだけはパーっと派手にやってやろうぜ」 両手でつくった拳を顔の横あたりまで持ち上げ素早くパッと開く。花火の手真似してみせる紅丸の表情や声には、どこか浮ついた様子が滲んでいる。 「その下調べするために、こんなとこ来てたんですか。抜け目がねェ」 人体発火現象がなくなり浅草の破壊王も出番は終わりかと思いきや、そうは問屋が卸さなかった。自然死や事故死であっても”浅草式”もとい”第七式”の弔いをやってほしい、という町民が後を絶たなかったのだ。無論、弔われる本人や家族の意思とは別に、たまのお祭り騒ぎを期待しているだけの者も多い。 「あの辺は新築も多いからなァ、家ひっくり返すにも骨が折れそうだ。先代と、桜備あたりにも手伝わせるか」 話題になっている家の辺りを指差して町を示す。突如出された名前も相まって、その横顔の笑みも紺炉の目には意味深に映る。 「……先代はやめてやってください。老体に無理させると、今度はまたあっちがおっ死んじまう」 「そりゃいいじゃねェか。一石二鳥ってやつだ」 紺炉は縁起でもないことをいう紅丸に眉をひそめ、一段低いところにある頭を手の甲で軽く小突いた。 畳む 2025/03/16
メモ 3/16 キャラクターブックも読んだ 作者インタビューの「対になってる」発言に慄きのたうち回る 公式の破壊力すごい 桜備の家族は気になってたのでその辺も触れられててよかったです 健全な家庭で健全に魂を強くした男尊い 原作で拉致と縛り上げがある大隊長はもっと受けていいのでは 2025/03/16
SS 桜を彫りたい紅丸の話1 続きを読む 「なぁ、紅丸ちゃんグレちまったのかい?」 そう紺炉に尋ねてきたのは、彫師として浅草で長年腕を振るっている熊五郎という男だ。先代の墨も手掛けていて紺炉よりも二回りは年嵩で、顔には墨ではなく皺が深く刻まれている。彼に限らず、元第七特殊消防隊の詰所、現世界英雄隊浅草支部の玄関前で日課の掃き掃除をする紺炉に声を掛けていく町民は少なくない。ただの挨拶や喧嘩の仲裁願い、噂話の吹き込みなど……話題はさまざまだ。 「まさか若がまた何かしでかしたか」 これまた頻繁に出てくるのが主でもある紅丸の話だが、ここに関しては良い話と悪い話は五分五分といったところ。今回は悪い話か。心配そうな顔で投げ掛けられた質問に、紺炉がとっさに姿勢を正して訊き返すと、彫師の爺は、ちがうちがうと風呂敷包みを下げた右手とは逆の手を顔の前でヒラヒラと振った。 「墨を入れたいんだと」 「墨ィ?」 「変だろ。今までこれっぽっちも興味なかったってのによ。なんか悪いもんでも喰ったんじゃねェか?」 首を傾げる男に同調して、どうしたんでしょうねえ、と返しながらも、紺炉の内心では思い当たる節があった。 そういえば、第八の森羅は『どっぺるげんがー』の影響で別人になっている間に、本人のあずかり知らぬところで全身墨だらけになっていたと聞く。大災害も解決した今、まさか紅丸のどっぺるげんがーが現れたとは考えにくい、が。 「ちなみに……」 根拠のない心あたりを確証に変えるのは気が引けた。だが、確証に変えてしまえば些事として片づけられる。 「その……どんな柄を入れたいかなんて話もしたのかい?」 「ああ聞いたよ。花だってさ。桜だ。どうせなら龍でも鳳凰でも入れたら似合うってのに」 「……そうか」 「一度彫っちまったら消すんも大事だ。お前さんに一回相談してみたらどうだーって、そう言ったら、ガキ扱いすんじゃねえって拗ねられちまってね。詫び代わりに、ホラこれ、ウチのばあさんが作った饅頭」 「余計ガキ扱いされたって怒るんじゃないか?」 「ちげえねえ」 用を足し終えた男は、ワハハ、と豪快な笑い声をあげながら去っていく。それを笑顔で見送ること数秒、男の背中が米粒ほどになったところで、紺炉は真顔に戻り湿っぽいため息を吐いた。 さて、どうしたもんか。 畳む 2025/03/15
その日紺炉は、町の破壊を手伝ってもらった礼とは別に、ひとつの提案を携えて元第8特殊消防隊詰所・現世界英雄隊本部を訪れた。
「部隊合同での花見か、いいですね。折角だから送別会も兼ねて、集まれそうな人みんなに声をかけましょう」
「送別会ということは、誰か離職を?」
「ああ、退職ではないんですがマキ中隊長が来月から産休に入るんですよ。無事に産まれたら火縄も育休を取るし、しばらくの間は寂しくなりそうです」
目を細め朗らかに笑う顔は、まるで自分自身が父親になるかのように嬉しそうだった。(元)第8は隊というより家族みたいなものなのだと、そう言っていたのは修行に訪れたシンラだっただろうか。
「先日は若の酔狂にも付き合ってもらっちまって……随分派手に暴れてたけど、体は平気か?」
「全然! 賑やかなのは好きだし、良いトレーニングにもなりました。宴会までは残れなくて残念だったんで、今度の花見で雪辱を果たすつもりです。--案件としては、こんなもんですかね?」
「じゃあー、ついでにウチのしょうもない相談でも聞いてもらおうか。実は若が……」
「また何かしたんですか?」
「墨、じゃなくて……たとぅーを入れるって言い出して」
「うわっ、あの時のシンラを思い出す…! 男の子って、やっぱ一度はそういう時が来るんですかね」
「男の"子"といえる年でもないってのに」
「でも、浅草の原国式のタトゥーは粋でかっこいいじゃないですか。シンラの場合は人格もおかしくなっちゃったからイメージ悪いけど、タトゥー入れるだけだったら特段たいした問題にもならなかったかと」
説明と共にそう遠くはない記憶に思いを巡らせているのか、口の間から乾いた笑いを漏らしつつ、視線を斜め右にさ迷わせる。桜備の珍しい表情を見た紺炉も、浅草に第8が秘密基地を構えていた時に垣間見たシンラの”反抗期”をぼんやりと思い出す。
「悪いこたァないが、なにやら変な感じでね。総隊長から見て、最近若…いや、紅のことで、何か気になる節はねェかな」
「気になる?」
気になることねえ…と、縫い目のある首を見てる方が不安を覚えるほどにまで傾け考えていた桜備だったが、突然すっ、と執務机の大きな席から無言で立ちあがったと思いきや、そのまま紺炉のすぐ横にまで歩み寄ってきた。ふいの行動と詰められた距離にぎょっとした紺炉の体が、反射的に軽く強張る。
「ほら、俺たち丁度身長同じくらいでしょ。だから分かってくれるんじゃないかと思うんですけど、見上げられると照れませんか?」
「照れる?」
「こう、横並びで立ってる時なんかに、こっちを見上げてくる顔が妙に幼く見えて。酒に酔った時の笑顔もそうだけど、あんな顔されると、ちょっと調子狂いますね」
頬を指先で掻きながら照れ笑いを浮かべる桜備の細まった目。本人が言う通り紺炉の目線とほぼ同じ高さだった。その目からそろりと視線を逸らし、いつも紅丸の顔がある辺りにさ迷わせる。
あんな顔、と言われても、どんな顔か分からない。
おい紺炉、と見上げてくる紅丸を思い浮かべてみたが、それは勝気で不遜で、ある意味愛おしいくらいの生意気さに満ちている。照れるようなもんじゃない。幼い頃からよくよく知っているつもりだが、それだって今の紅丸の全てとは言い難いことを思い知らされた気がした。
「すいません。俺が言いたいのは、とどのつまり気になることはないってことです。これまでの働きにも、文句のつけようがない。この国、いや、この世界にとってお二人とも代えがたい存在です。頼りにしてます!」
距離が近いまま真剣な面持ちで言い連ねる桜備からこの男特有の妙な圧を受け、耐えきれなくなった紺炉は思わず一歩二歩と後ずさる。
そういう話ではないのだけど、と返すべきか数秒ほど逡巡し、止める。
「そりゃ、ありがたい……若にも伝えとくよ」
情人云々と、紅丸より先にこちらにカマをかけなくて良かった。いや、たとえ投げかけたとしても、元より紺炉の意図などサッパリ伝わりそうにない。
紅丸の真意の程は測りかねるが、たとえどう転んだとしても、大地に根を張る巨木のようなこの男はビクともしないだろう。
じゃあまた、とそそくさとその場を後にした紺炉は、廊下に出てからほぉ、とため息を吐いた。まるで自らがスッパリと振られたような気分になり、かえって溜飲が下がるのを感じていた。
「早とちりで、思い過ごしか。紅のこととなると心配が先立っちまってなさけねェな」
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