ツキハヒガシニ

    

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桜を彫りたい紅丸の話4


 桜を好きなのに嘘はない。
 パッと咲いてパッと散る。その潔さが好きだ。そもそも、浅草の人間で桜が嫌いな奴は居ねェ。酒と一緒ならなおのこと。
 嘘は、ない。ただ、好きになる切欠があの男だったと、その事実は伏せた。
 きっとあの男の死に際も桜のごとく、花の色が鮮やかなうちにパッと散るのだろう。枯れる姿も萎びる姿も想像できない。人ひとりの身に余る精魂と気力に満ちた器の持ち主だ。
 先代に連れてってもらった荒川での花見。視界一面の桜の海と風が吹くたびに起こる豪快な桜吹雪に胸を躍らせた。
 俺ァ、あの時から桜が好きだ。ただ、いつの間にやらすっかり忘れていたその感覚を思い出させたのはあの男だった。名前に負けぬ気風の良さで、嵐にも折れぬ太い芯を備えた、あの男。
 恋など知らぬ、愛などましてや。
 心躍る。退屈しない。安心もすれば、畏怖も覚える。
 俺ぁどうやら、あの男がいたく気に入っちまっている。
 ただそれだけだ。

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