SS シンラクサカベは受け入れられない 6 続・焚き火の夜 ※事後 続きを読む 事が始まってから終わるまで、焚火の炎は二人の熱の盛り上がりに寄り添うように明々と燃え続けていた。その炎の前に座り怠い表情でゆっくりと着衣を直す桜備の横で、紅丸は一応話が済むまではとさっきは我慢していたらしい酒を手にさっさと一人破顔している。 「しかし、途中で誰も来なくてよかったですね」 炎を見つめながら投げやりに言った桜備のその言葉は皮肉だった。が、皮肉を言った相手には伝わらない。 「さすがに、今日の今日で出歯亀するやつぁいねェだろ」 そう言った紅丸は、最後にくく、と喉を鳴らし上機嫌に笑う。欲と本能に任せているようでそれなりに計算高く物事を考えているところが、聞いていた桜備の勘に触った。つい、不満を明け透けにした低い声で文句のひとつもいいたくなる。 「そもそも、こっちの言うことなんでも聞くって約束も守ってないですよね」 「あぁ? ちゃんと守っただろうが」 すかさず否定が返ってくるが、桜備の方に聞く耳はなかった。 少なくとも2つ、せめてテントまで移動したいと言ったはずが最後まで野外で片付き、挿れるなら避妊具をつけろという要望も黙殺された。その他、言った以上のこともされたし、言ってないこともされた。 「文句あんなら言ってみろよ。それとも、他に何かお望みだってんなら聞くぜ?」 半眼で睨む桜備に、紅丸が前髪をかきあげ目線を返しながら挑発的な物言いをぶつける。少しの無言の間を埋めるように、焚火がパチパチと木の爆ぜる音をたてていた。 「じゃあ………………結婚してくださいよ」 長い間を置いた後、桜備は火の燃える音にギリギリかき消されないくらいの声量で呟いた。その要望を聞いて一瞬で酔いが覚めたのか、紅丸の顔が笑顔から真顔に戻る。 「なんだって?」 「結婚。法的な契約婚。半分はもう、シンラのためですけど。手っ取り早いじゃないですか。喧嘩するよか本気度も伝わるし」 「お前ェ、ヤクザもんの、しかも頭との結婚がどんだけ面倒か考えたことねェだろ」 今の世においては浅草界隈も言うほどヤクザ者ではないのだが、その辺りは立場というよりは思想の問題なので口を挟むべきではないと桜備も心得ていた。代わりに別の反論を、相手の睨みを凌駕する勢いで返す。 「どう考えても、このままズルズル続ける方がめんどくさいでしょうが!」 「なっ……こっちの気も知らねェで…そもそも半分シンラのためってのがどういう了見だよ」 「シンラに限らず、いつも説明に困るんですよ! いい歳した大人が中途半端な関係ダラダラ続けてるの、嫌にもなるっての!」 「それだって、この先てめェが色々とやりにくくならないためだろうがっ!」 言葉の勢いに合わせて反射的に首元に伸びてきた紅丸の手を躱して払いのけた桜備は、カウンターで突き出した拳で相手の胸倉を掴み、自分の方へと引き寄せた。額同士がぶつかる直前で止め、互いの眉間の皺を突き合わせ、瞳孔の開いた赤い目と睨み合う。 「へ~、俺のため。それは初めて聞いたな。天下御免の新門紅丸にそんな殊勝な考えが生まれるとは」 「殊更お前ェを担ぎ上げるつもりもないが、別に邪魔してやりたいとも思わねェからな」 「そもそも、あんたどうなったって止めるつもりも手放す気もないだろ?! こっちだってね、愛されてる自信はなくても、愛してる自信なら十分にありますから! 俺が根を上げるの待ちだって言うなら、待つ時間が無駄になりますよ。俺も、どうせこの先手放す気なんてない、ん、で……」 勢いづいてヒートアップし語気を荒げながらも、途中から相手の反応が無くなっているのに桜備も違和感を覚えていた。そして、ふと、掴んだ胸倉の上のそっぽを向いて黙りこくっている顔を見て言葉を失った。 どの言葉がクリティカルヒットしたのかは皆目見当つかないが、口元を手の甲で押さえて何も言えなくなるほどに、見えている部分の肌が炎の色以上に赤くなるほどに照れさせてしまったらしい。 桜備は、ああもう、と悔しさを噛みしめ一度天を仰いでから、胸倉を掴んでいた手を離し、その手で口元を押さえている紅丸の手を掴み退かした。それから、何か言おうと開きかけた口を黙らせるように唇を重ね、不毛な会話を終わらせた。 畳む 2025/04/20
SS シンラクサカベは受け入れられない 5 続きを読む 桜備総隊長が朝からずっと露骨に俺を見ている。遠征先でのアレについて話をしたいんだろうと勘づいてしまうと、俺の方からは声を掛け辛い。気づいていない振りをしつつ、部屋の入口の陰でウロウロしている巨体をチラチラ横目で確認するだけに留めていた。すると、その更に後ろから火縄副指令の姿が現れたのも見えて、俺はつい慌ててしまった。 ああっ、ほら、後ろから火縄副指令が来てますよ。またサボってるって怒られる―― が、俺の心配とは裏腹に、火縄副指令は総隊長に背後から話しかけて一言二言だけ会話をすると、すぐに俺のデスクの方へと真っ直ぐに歩いてきた。 「シンラ。お前キャッチボールはできるか?」 「は?」 思った通り、火縄副指令のボールコントロールは完璧だった。俺が一切動かずとも倉庫から引っ張り出してきた使い古しのミットに球が自然と吸い込まれていくのを見て、素直に感動した。 「なんだ、普通にうまいじゃないか」 俺が投げ返したボールを数回受けたところで、副指令が感心した様子でそう言った。 「まぁ、ベースボールは俺らが子供の時はあんま流行ってなかったけど、学校の授業とかで一通りやらされたんで。それより、火縄副指令がキャッチボールする方が意外ですよ」 ボールを投げながら会話を続ける。間に10mくらいの距離はあるが、騒々しい現場でも通るような声の出し方はお互いに心得ている。 「20年以上ぶりだ。幼い頃に父親と休みの日によくキャッチボールをしていたんだが、久しぶりでも意外とできるもんだな」 「へぇ。でも、副指令のこども時代か……」 想像して、つい頬が緩む。イメージ的には再会した頃のショウに似ていて、それでやっぱり眼鏡だし、どちらかというと家の中とか図書館にいそうで、友達と公園で遊んでる姿はあまり想像できない。 「父は、俺に似て不器用な人間だった。親子のコミュニケーションの仕方も、教科書で学ぶかのように有り体の型を試すしかなかったんだろう」 公園で父親とキャッチボールか。母さんは寂しさなんて感じさせないくらい愛してくれたけど、憧れないのはやっぱり無理だった。そういえば、まだ赤ん坊だったショウに「大きくなったら一緒にキャッチボールしような」と話しかけたこともあったような。 「……でも、それだけ副指令のお父さんも頑張ってくれてたってことですよね」 「まあな。正直ウザいと思うこともあったが、今なら父の苦労もよく分かる。……あの頃の父の年齢は、もうとうに追い越してるんだ」 副指令の投げたボールの軌道が、中心からわずかにズレた。頭より先に、目と手がそれを追う。すかさず腕を伸ばして捕球し元の位置に戻ると、副指令が「休憩しよう」とグローブを外しながら俺の方へと歩み寄ってきていた。そのまま傍にあるベンチに二人並んで座り一息つくと、すぐに話の続きが始まった。 「俺の家は父子家庭だったんだ。男手一つで育ててくれた父も俺が第8に入隊する直前に病気で亡くなった。それでいつだったか……俺が高校生になったばかりくらいの時に、父の再婚話が持ち上がったことがあった。職場の上司からの紹介で、なかば見合いのようなものだったらしい」 「ショックでしたか?」 「どうだろうな。ショックだったのかも知れん。態度に出していたつもりはないが、しばらくして破談になった結末を思えば、父本人には動揺がバレていたのかもな」 そこで言葉を切ると、被っていたキャップを外し脇に置いた。汗で湿った髪を指で軽くほどく動作の後、後頭部に手を置いたまま数秒停止してから、また口を開く。 「俺も一度だけ顔を合わせたが、聡明そうで綺麗な女性だった。彼女と再婚していれば、あるいは父の余生ももっと幸せだったのか……」 語尾を濁したまま眼鏡を指で押し上げた火縄副指令の横顔を見る。相変わらず表情筋はピクリとも動いていなかったが、茶色い瞳は少しだけ揺れていた。 「あの……桜備総隊長に頼まれたんですよね? 俺と話してくれって」 「ああ。というより、俺が代わりに話を聞いてもいいかと進言したんだ。シンラと話すにしても俺の方がまだマシだと思ってな」 「マシ?」 「片親がいない立場、その片親を亡くす立場をどちらも一応は経験している。……無論、まだマシ、という程度の差ではあるがな。相談に乗っておいてなんだが、他人の感情の機微に疎い自覚はあるんだ」 「そんなことないですよ。火縄副司令は人の気持ちに寄り添える人だ。そもそも、そうじゃなきゃ第8になんて入らないでしょ」 「なんて、か。違いないな」 フッ、と、口元にささやかな笑みが浮かぶ。今日初めてかもしれない火縄副指令の笑顔だった。 思えば、火縄副指令から家族の話を聞くのは初めてだ。こんなカードまで切らせてしまった原因が自分にあると思うと、罪悪感で胸が痛い。 「実は、ちょっとモヤモヤしてることがあって。聞いてもらってもいいですか?」 「……相手が俺で構わないなら」 「俺、この前あのお二人の関係を知って……はじめてインカの気持ちが分かっちゃったんです」 これは、この前アイリスに会った時にはすでに思っていたことだけど、到底彼女に相談できる内容じゃなかったから黙っていた。誰かに言うこともないだろうと思っていたその考えは、いざ口に出してみると余計に嫌な気分になった。 「アイツが言う「この星を救った英雄の子供が欲しい」ってワガママ……俺も似たようなこと考えてたのかも知れないって」 「…………インカに桜備総隊長の子どもを産んで欲しいのか?」 「いや! 違いますよ! なんでそうなるんですか?! つーかそれは絶対に嫌です!!! ……そうじゃなくて、相手は誰でも…インカじゃなきゃ誰でもいいんですけどね。ただ、女性と結婚して子ども産んでって、普通にそうなるもんだと思ってたから、そうならないのかって思ったら……おれが一番ショック受けてるの“ソコ”なのかもなって。桜備総隊長もですけど、新門総指揮も……」 「優秀な遺伝子を後世に残したいと考えるのは、動物としては自然な思考回路とも言えないか」 「だとしても、こんなの人類の未来なんて関係ない、俺の個人的なエゴですよ。子供を産んで欲しかっただなんて」 俺がぐしゃぐしゃと両手で頭を掻きながら下を向く一方、火縄副指令はスッと顎を持ちあげ、視線を上に向けた。俺もつられて顔を上げる。今いる裏庭のベンチから見て丁度目の先にあるのは、英雄隊本部であり元第8特殊消防教会の一番高い鉄塔、の裏側だ。 「……「あなたはこの城の王であり隊の父にもなる」。第8を結成して間もない、まだ“桜備大隊長”だった頃に、そう話をしたことがある。しかし、今思えば不思議なんだ。なぜあの時に彼を“父”と言ったのか。父親を失ったばかりの自分が、感傷や希望の甘さに浸り二人の面影を重ねたのか。自らの家族を求める思いがつい口を出たのか……」 「でも、俺も総隊長に対して思ったことありますよ。父親がいたらこんな感じかなーとか」 「だが、そもそも俺の父はどちらかと言えば気弱なタイプで、優しくはあってもリーダーシップや大黒柱という言葉とは無縁だった。だから、自分の親に重ねたというよりは、何にも関係なく、ただあの人に“そう思わされた”んだろうな」 「人類の父か…」 西に傾きつつある太陽の光を反射し輝く鉄塔を眺めながら、頭に浮かんだ言葉をポツリと呟いてみた。それはあまりにも正しい呼称で、だからこそ虚しく空回りしている響きがあった。 「今の話だが、どうせなら直接伝えてみるといい。あの2人のことだ。すでに、よほど簡単な解決策を考えているかも知れない」 「え~……ご本人たちにですか? それはさすがに……」 「救って欲しい。救われて欲しい。こうあってほしい――そういう身勝手なエゴを受けとめられるのもひとつの強さだ」 副指令は及び腰になっている俺をハキハキとした口調でそう諭すと、キャップを被り直して「続きをやるか」とベンチを立った。相談の口実と思いきや意外と楽しんでいたらしいと分かった俺は「次、カーブ投げていいですか?」と聞きながら腰を浮かせ、かけ足で後を追った。 畳む 2025/04/19
絵 ヴァルカン誕生日おめでとう! ギリ間に合わなかった誕生日絵 ヒロアカの推しと誕生日が被ってたので自己満クロスオーバーを描きました ⇒こちら 突貫でいろいろ粗いけど、二次創作してるぜ…!って感じで楽しかったです ヴァルカン単体でものすごく好きなんですが ヴァルカン、シンラ、アーサーの関係性の良さはなんかもう形容しがたいものがある いとおかし 2025/04/19
メモ 4/17 最近気づいたこと 続きを読む ・ハウメアぽいのなんかどっかで見たんだけどな⇒リアーナのLove On The brain でした 曲名も含めてハウメアぽい 熱い ・KANA-BOONの2番だけじゃなくてミセス「延々」の「飽きないくらいが~足りちゃいない」も秋樽ってこと? エモい ・先代が鹿なの「大馬鹿野郎だから鹿なのか~」としか思ってなかったけど、いや中務の意思じゃん?!熱っ!! ハマりたてなのでなにを今更みたいなことで今更騒いでしまう ウルサイレンのpump up the volumeも筋肉のパンプアップとかけてるのかもと思うとそれはもう秋樽 ラダマーシー(lord have mercy:主よ、憐れみを)もただの常套句なんだけど炎炎の内容踏まえるとピッタリで良いですね 畳む 2025/04/17
SS 江戸之華 浅草町民目線、エピローグ前のどこか 続きを読む 火消しになれば、いの一番に火事場に出向ける。炎そのものはもちろん、人や家が焼ける時にどんな風に色が変わっていくのかも間近で見られる。業火の迫力と絢爛さをこの身で知れば、描く絵も自然と動き出す。 本物の火事場を描きたい。だから火消しをやりたいのだ。そんなことを言えば余所じゃ狂人扱いだが、ここ浅草に流れ着いてからは「役に立つんなら好きにしろ」と万事受け入れてもらっている。 俺が入った後に途中から皇国の犬になったのは気にくわないものの、浅草流の景気の良い燃やしっぷりは最高だ。焔人のおかげで、この世で一番美しい光景が次から次へと湧いてくるんだから、腕がいくらあっても描き足りない。 「あんたうまいんだから、どうせ描くなら紅丸ちゃん描いてよ」 ガキンチョからババァまで、女どもは口先揃えてそう催促してきやがる。 そりゃぁ、紅丸に似寄った美丈夫を浮世絵にすれば瞬く間に売れて金にはなるさ。ただ、金になるってだけだ。アイツの火消しとしての力量はともかく、画題にするには及ばない、まだ深みも色気も足りないケツの青いガキだ。 そう思ってたってのに、それがどうして、最近妙な色がのってきやがった。 「若もいよいよ腹括ったからな。頭としての自覚が出てきたんじゃねェか?」 紺炉に尋ねて返って来たのは到底納得できない説明だった。馬鹿を言うな。男として固まったんじゃなくて、ありゃむしろ溶け切ってんだよ。 あの紅丸が惚れた相手だ。さて、どこのお嬢か花魁か。空っぽの財布をはたいて聞き込みをしてみたものの、とんとさっぱり、皆揃って心当たりなどないと首を横に振る。それでも、花街でちっとばかし気になる噂は耳にした。 「そういえば、第八の大隊長さん今週は来てないの?」 どうやら最近、紅丸の馴染みの茶屋に皇国の消防官が時折出入りしているらしい。前に浅草にやってきて騒ぎを起こした第八連中で、その中でも一番お偉いさんの大男だ。 身内には話しにくいことも、余所者相手じゃかえって口が滑るなんてのはよくある話。あの男に聞けば何かしら分かるかも知れない。 そうして、俺は暇さえあればあの男を探し回った。記憶では原告の血が濃い見た目をしていたから浅草にいても違和感はないだろうが、あの人並外れた長尺はさすがに目立つはずだ。 期待したものの空振り続きで諦めかけてた時分の、小雨降りしきる夜半のことだ。呑み屋の帰り道に、町外れの橋の上にそれらしき影を見た。すかさず走り寄ろうと思ったが、隣にもうひとつ別の影があるのに気づいて、咄嗟に川沿いの柳の陰に身を隠した。 夜更けにくわえて生憎の雨とくれば人通りはない。一本の番傘の下に二人、赤い太鼓橋の丁度まんなか辺で足を止め、欄干から川を眺めている。少しすると、紅丸の手が傘の柄を持つ男の手へと伸び、強引に引っ張るでもなく手の甲辺りにそっと触れた。斜めに傾いた傘の下で見つめ合う二人は、絵師の自分が嫉妬しそうなほどに完璧な構図のまま、ゆっくりと顔を寄せ合った。惚れ惚れするような光景だった。 静かな雨の夜。それでも確かにあの時あの場所は燃えていた。ちゃちな物言いにはなるが、恋の炎が燃えているのを見た。あのスカしたガキが蝋燭みたいに溶かされて、いとしいいとしいと表情だけで泣き叫ぶ様を見た。 水揚げしたばかりの遊女が放つ、饐えた甘さに似ている。蛹が蝶になる瞬間は、どうしてこうも美しい。真白な繭にはもう戻れない絶望の香りは、何故人を狂わせる。 そっからはもう、夢中だった。火事がしばらく起こらなかったのか、それとも部屋に籠っていたせいで気が付かなかったのかは分からないが、外へは一歩も出ずにひたすら描き続けた。紅丸の火ならこれまでに何遍も見てきたから、その激しさも派手さも頭ん中にある。そこへさらに、恋の炎の色がのった。 炎はあくまでも見るもん描くもんだと思ってた俺が、まさかの初めて思ったよ。お前の炎に焼かれたいって。 「おい、火元はどこだ?」 「徳兵衛んとこだ! ヤゲン通りの西っ側にある長屋で突然火が上がったらしい。アイツぁ独り身だから、恐らく焔人になったのも本人だろう」 「そうか………」 宙へと放り投げられた纏達が、一斉に炎を纏う。場所は近い。一本の纏に乗った紅丸は、紺炉が言っていた長屋の裏手まで一挙に飛び、燃え上がる焔人の背後へと降り立った。 着地の物音に反応して振り返った焔人は、紅丸を見ると、あ、ぁあ……と言葉にならない呻き声をあげながら近づいてきた。 「お前ェ、火事が出るたんびに、こっちの気も知らずにやんややんやと喜びやがってよ。纏よりも先に筆とるような野郎が、最後にはこの有様とは情けねえなぁ」 紅丸は焔人の炎には一切臆せず、近づいてくるのに任せその場に立ち続けた。焔人の辛うじて光を残した目が、ギョロリと眼球を回転させて紅丸を見る。前方に伸ばされた黒い腕が紅丸に向かう。指先が顔に触れるまであと三寸、あと一寸―― 「べに、おまえのほの…お……きれいにな…た、な」 「……見世物じゃねェんだ。いくらきれいになっても、痛ェのは変わんねェぞ」 すまねェが我慢しろ、と詫びるのとほぼ同時に、炎を纏った腕が黒く焦げた体の中央を貫いた。 「これ、机の上にあったから最後に描いてたやつでしょうかね。ちょっと焦げてるし……」 徳兵衛の部屋から出てきた新平太は、下絵の描かれた一枚の和紙を手にしていた。それを紅丸が一瞬目に入れようというタイミングで、到着したばかりの紺炉が横から取りあげた。 「どれどれ。こりゃ、弁慶と牛若か……相変わらず、背景は火の海だな。しかし、この牛若…もしかして紅か? でも、だとしたらこっちの弁慶は――って、なにすんですか?!」 「遊んでねェで、さっさと片づけろ」 手の中で灰になった和紙の残骸が地面に舞い落ちるのを見ながら、紺炉がため息を吐く。 「あーあ、折角の徳兵衛の遺作だってのに」 焜炉の窘めるような視線を二本揃えた指先で払いのけた紅丸は、片肌脱ぎになっていた着物を整え、先ほど燃やした男の灰が積もる地面に目をやった。 「本人が最期に言ってた気がすんだよ。俺に全部焼いて欲しいってな」 畳む 2025/04/17
メモ 4/15 二夜明けの所感 続きを読む 昨日の投稿があまりに同人女賢者タイムでドキュメンタリー感がすごい ダウナーなムーブに見えたら申し訳ない 全然そんなことないです バリバリ書きます サイト経由で来て謎の狂いっぷりを眺めて楽しんでる人がほとんどだと思ってたのでもう本館の方とまとめてもいいかな~と考えてたんですが、まさかの紅備目当てで見てくれてる人がいる(?!)ぽいので、見やすいようにこのままで続けます とはいえ無理せず 来たい時に来て 飽きたらやめてもらって 反応感想とかもあったらふつうに喜ぶけど無いなら無いで全然元気な方なので 自由にやりましょう 畳む 2025/04/15
続・焚き火の夜
※事後
事が始まってから終わるまで、焚火の炎は二人の熱の盛り上がりに寄り添うように明々と燃え続けていた。その炎の前に座り怠い表情でゆっくりと着衣を直す桜備の横で、紅丸は一応話が済むまではとさっきは我慢していたらしい酒を手にさっさと一人破顔している。
「しかし、途中で誰も来なくてよかったですね」
炎を見つめながら投げやりに言った桜備のその言葉は皮肉だった。が、皮肉を言った相手には伝わらない。
「さすがに、今日の今日で出歯亀するやつぁいねェだろ」
そう言った紅丸は、最後にくく、と喉を鳴らし上機嫌に笑う。欲と本能に任せているようでそれなりに計算高く物事を考えているところが、聞いていた桜備の勘に触った。つい、不満を明け透けにした低い声で文句のひとつもいいたくなる。
「そもそも、こっちの言うことなんでも聞くって約束も守ってないですよね」
「あぁ? ちゃんと守っただろうが」
すかさず否定が返ってくるが、桜備の方に聞く耳はなかった。
少なくとも2つ、せめてテントまで移動したいと言ったはずが最後まで野外で片付き、挿れるなら避妊具をつけろという要望も黙殺された。その他、言った以上のこともされたし、言ってないこともされた。
「文句あんなら言ってみろよ。それとも、他に何かお望みだってんなら聞くぜ?」
半眼で睨む桜備に、紅丸が前髪をかきあげ目線を返しながら挑発的な物言いをぶつける。少しの無言の間を埋めるように、焚火がパチパチと木の爆ぜる音をたてていた。
「じゃあ………………結婚してくださいよ」
長い間を置いた後、桜備は火の燃える音にギリギリかき消されないくらいの声量で呟いた。その要望を聞いて一瞬で酔いが覚めたのか、紅丸の顔が笑顔から真顔に戻る。
「なんだって?」
「結婚。法的な契約婚。半分はもう、シンラのためですけど。手っ取り早いじゃないですか。喧嘩するよか本気度も伝わるし」
「お前ェ、ヤクザもんの、しかも頭との結婚がどんだけ面倒か考えたことねェだろ」
今の世においては浅草界隈も言うほどヤクザ者ではないのだが、その辺りは立場というよりは思想の問題なので口を挟むべきではないと桜備も心得ていた。代わりに別の反論を、相手の睨みを凌駕する勢いで返す。
「どう考えても、このままズルズル続ける方がめんどくさいでしょうが!」
「なっ……こっちの気も知らねェで…そもそも半分シンラのためってのがどういう了見だよ」
「シンラに限らず、いつも説明に困るんですよ! いい歳した大人が中途半端な関係ダラダラ続けてるの、嫌にもなるっての!」
「それだって、この先てめェが色々とやりにくくならないためだろうがっ!」
言葉の勢いに合わせて反射的に首元に伸びてきた紅丸の手を躱して払いのけた桜備は、カウンターで突き出した拳で相手の胸倉を掴み、自分の方へと引き寄せた。額同士がぶつかる直前で止め、互いの眉間の皺を突き合わせ、瞳孔の開いた赤い目と睨み合う。
「へ~、俺のため。それは初めて聞いたな。天下御免の新門紅丸にそんな殊勝な考えが生まれるとは」
「殊更お前ェを担ぎ上げるつもりもないが、別に邪魔してやりたいとも思わねェからな」
「そもそも、あんたどうなったって止めるつもりも手放す気もないだろ?! こっちだってね、愛されてる自信はなくても、愛してる自信なら十分にありますから! 俺が根を上げるの待ちだって言うなら、待つ時間が無駄になりますよ。俺も、どうせこの先手放す気なんてない、ん、で……」
勢いづいてヒートアップし語気を荒げながらも、途中から相手の反応が無くなっているのに桜備も違和感を覚えていた。そして、ふと、掴んだ胸倉の上のそっぽを向いて黙りこくっている顔を見て言葉を失った。
どの言葉がクリティカルヒットしたのかは皆目見当つかないが、口元を手の甲で押さえて何も言えなくなるほどに、見えている部分の肌が炎の色以上に赤くなるほどに照れさせてしまったらしい。
桜備は、ああもう、と悔しさを噛みしめ一度天を仰いでから、胸倉を掴んでいた手を離し、その手で口元を押さえている紅丸の手を掴み退かした。それから、何か言おうと開きかけた口を黙らせるように唇を重ね、不毛な会話を終わらせた。
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