SS シンラクサカベは受け入れられない 5 続きを読む 桜備総隊長が朝からずっと露骨に俺を見ている。遠征先でのアレについて話をしたいんだろうと勘づいてしまうと、俺の方からは声を掛け辛い。気づいていない振りをしつつ、部屋の入口の陰でウロウロしている巨体をチラチラ横目で確認するだけに留めていた。すると、その更に後ろから火縄副指令の姿が現れたのも見えて、俺はつい慌ててしまった。 ああっ、ほら、後ろから火縄副指令が来てますよ。またサボってるって怒られる―― が、俺の心配とは裏腹に、火縄副指令は総隊長に背後から話しかけて一言二言だけ会話をすると、すぐに俺のデスクの方へと真っ直ぐに歩いてきた。 「シンラ。お前キャッチボールはできるか?」 「は?」 思った通り、火縄副指令のボールコントロールは完璧だった。俺が一切動かずとも倉庫から引っ張り出してきた使い古しのミットに球が自然と吸い込まれていくのを見て、素直に感動した。 「なんだ、普通にうまいじゃないか」 俺が投げ返したボールを数回受けたところで、副指令が感心した様子でそう言った。 「まぁ、ベースボールは俺らが子供の時はあんま流行ってなかったけど、学校の授業とかで一通りやらされたんで。それより、火縄副指令がキャッチボールする方が意外ですよ」 ボールを投げながら会話を続ける。間に10mくらいの距離はあるが、騒々しい現場でも通るような声の出し方はお互いに心得ている。 「20年以上ぶりだ。幼い頃に父親と休みの日によくキャッチボールをしていたんだが、久しぶりでも意外とできるもんだな」 「へぇ。でも、副指令のこども時代か……」 想像して、つい頬が緩む。イメージ的には再会した頃のショウに似ていて、それでやっぱり眼鏡だし、どちらかというと家の中とか図書館にいそうで、友達と公園で遊んでる姿はあまり想像できない。 「父は、俺に似て不器用な人間だった。親子のコミュニケーションの仕方も、教科書で学ぶかのように有り体の型を試すしかなかったんだろう」 公園で父親とキャッチボールか。母さんは寂しさなんて感じさせないくらい愛してくれたけど、憧れないのはやっぱり無理だった。そういえば、まだ赤ん坊だったショウに「大きくなったら一緒にキャッチボールしような」と話しかけたこともあったような。 「……でも、それだけ副指令のお父さんも頑張ってくれてたってことですよね」 「まあな。正直ウザいと思うこともあったが、今なら父の苦労もよく分かる。……あの頃の父の年齢は、もうとうに追い越してるんだ」 副指令の投げたボールの軌道が、中心からわずかにズレた。頭より先に、目と手がそれを追う。すかさず腕を伸ばして捕球し元の位置に戻ると、副指令が「休憩しよう」とグローブを外しながら俺の方へと歩み寄ってきていた。そのまま傍にあるベンチに二人並んで座り一息つくと、すぐに話の続きが始まった。 「俺の家は父子家庭だったんだ。男手一つで育ててくれた父も俺が第8に入隊する直前に病気で亡くなった。それでいつだったか……俺が高校生になったばかりくらいの時に、父の再婚話が持ち上がったことがあった。職場の上司からの紹介で、なかば見合いのようなものだったらしい」 「ショックでしたか?」 「どうだろうな。ショックだったのかも知れん。態度に出していたつもりはないが、しばらくして破談になった結末を思えば、父本人には動揺がバレていたのかもな」 そこで言葉を切ると、被っていたキャップを外し脇に置いた。汗で湿った髪を指で軽くほどく動作の後、後頭部に手を置いたまま数秒停止してから、また口を開く。 「俺も一度だけ顔を合わせたが、聡明そうで綺麗な女性だった。彼女と再婚していれば、あるいは父の余生ももっと幸せだったのか……」 語尾を濁したまま眼鏡を指で押し上げた火縄副指令の横顔を見る。相変わらず表情筋はピクリとも動いていなかったが、茶色い瞳は少しだけ揺れていた。 「あの……桜備総隊長に頼まれたんですよね? 俺と話してくれって」 「ああ。というより、俺が代わりに話を聞いてもいいかと進言したんだ。シンラと話すにしても俺の方がまだマシだと思ってな」 「マシ?」 「片親がいない立場、その片親を亡くす立場をどちらも一応は経験している。……無論、まだマシ、という程度の差ではあるがな。相談に乗っておいてなんだが、他人の感情の機微に疎い自覚はあるんだ」 「そんなことないですよ。火縄副司令は人の気持ちに寄り添える人だ。そもそも、そうじゃなきゃ第8になんて入らないでしょ」 「なんて、か。違いないな」 フッ、と、口元にささやかな笑みが浮かぶ。今日初めてかもしれない火縄副指令の笑顔だった。 思えば、火縄副指令から家族の話を聞くのは初めてだ。こんなカードまで切らせてしまった原因が自分にあると思うと、罪悪感で胸が痛い。 「実は、ちょっとモヤモヤしてることがあって。聞いてもらってもいいですか?」 「……相手が俺で構わないなら」 「俺、この前あのお二人の関係を知って……はじめてインカの気持ちが分かっちゃったんです」 これは、この前アイリスに会った時にはすでに思っていたことだけど、到底彼女に相談できる内容じゃなかったから黙っていた。誰かに言うこともないだろうと思っていたその考えは、いざ口に出してみると余計に嫌な気分になった。 「アイツが言う「この星を救った英雄の子供が欲しい」ってワガママ……俺も似たようなこと考えてたのかも知れないって」 「…………インカに桜備総隊長の子どもを産んで欲しいのか?」 「いや! 違いますよ! なんでそうなるんですか?! つーかそれは絶対に嫌です!!! ……そうじゃなくて、相手は誰でも…インカじゃなきゃ誰でもいいんですけどね。ただ、女性と結婚して子ども産んでって、普通にそうなるもんだと思ってたから、そうならないのかって思ったら……おれが一番ショック受けてるの“ソコ”なのかもなって。桜備総隊長もですけど、新門総指揮も……」 「優秀な遺伝子を後世に残したいと考えるのは、動物としては自然な思考回路とも言えないか」 「だとしても、こんなの人類の未来なんて関係ない、俺の個人的なエゴですよ。子供を産んで欲しかっただなんて」 俺がぐしゃぐしゃと両手で頭を掻きながら下を向く一方、火縄副指令はスッと顎を持ちあげ、視線を上に向けた。俺もつられて顔を上げる。今いる裏庭のベンチから見て丁度目の先にあるのは、英雄隊本部であり元第8特殊消防教会の一番高い鉄塔、の裏側だ。 「……「あなたはこの城の王であり隊の父にもなる」。第8を結成して間もない、まだ“桜備大隊長”だった頃に、そう話をしたことがある。しかし、今思えば不思議なんだ。なぜあの時に彼を“父”と言ったのか。父親を失ったばかりの自分が、感傷や希望の甘さに浸り二人の面影を重ねたのか。自らの家族を求める思いがつい口を出たのか……」 「でも、俺も総隊長に対して思ったことありますよ。父親がいたらこんな感じかなーとか」 「だが、そもそも俺の父はどちらかと言えば気弱なタイプで、優しくはあってもリーダーシップや大黒柱という言葉とは無縁だった。だから、自分の親に重ねたというよりは、何にも関係なく、ただあの人に“そう思わされた”んだろうな」 「人類の父か…」 西に傾きつつある太陽の光を反射し輝く鉄塔を眺めながら、頭に浮かんだ言葉をポツリと呟いてみた。それはあまりにも正しい呼称で、だからこそ虚しく空回りしている響きがあった。 「今の話だが、どうせなら直接伝えてみるといい。あの2人のことだ。すでに、よほど簡単な解決策を考えているかも知れない」 「え~……ご本人たちにですか? それはさすがに……」 「救って欲しい。救われて欲しい。こうあってほしい――そういう身勝手なエゴを受けとめられるのもひとつの強さだ」 副指令は及び腰になっている俺をハキハキとした口調でそう諭すと、キャップを被り直して「続きをやるか」とベンチを立った。相談の口実と思いきや意外と楽しんでいたらしいと分かった俺は「次、カーブ投げていいですか?」と聞きながら腰を浮かせ、かけ足で後を追った。 畳む 2025/04/19
桜備総隊長が朝からずっと露骨に俺を見ている。遠征先でのアレについて話をしたいんだろうと勘づいてしまうと、俺の方からは声を掛け辛い。気づいていない振りをしつつ、部屋の入口の陰でウロウロしている巨体をチラチラ横目で確認するだけに留めていた。すると、その更に後ろから火縄副指令の姿が現れたのも見えて、俺はつい慌ててしまった。
ああっ、ほら、後ろから火縄副指令が来てますよ。またサボってるって怒られる――
が、俺の心配とは裏腹に、火縄副指令は総隊長に背後から話しかけて一言二言だけ会話をすると、すぐに俺のデスクの方へと真っ直ぐに歩いてきた。
「シンラ。お前キャッチボールはできるか?」
「は?」
思った通り、火縄副指令のボールコントロールは完璧だった。俺が一切動かずとも倉庫から引っ張り出してきた使い古しのミットに球が自然と吸い込まれていくのを見て、素直に感動した。
「なんだ、普通にうまいじゃないか」
俺が投げ返したボールを数回受けたところで、副指令が感心した様子でそう言った。
「まぁ、ベースボールは俺らが子供の時はあんま流行ってなかったけど、学校の授業とかで一通りやらされたんで。それより、火縄副指令がキャッチボールする方が意外ですよ」
ボールを投げながら会話を続ける。間に10mくらいの距離はあるが、騒々しい現場でも通るような声の出し方はお互いに心得ている。
「20年以上ぶりだ。幼い頃に父親と休みの日によくキャッチボールをしていたんだが、久しぶりでも意外とできるもんだな」
「へぇ。でも、副指令のこども時代か……」
想像して、つい頬が緩む。イメージ的には再会した頃のショウに似ていて、それでやっぱり眼鏡だし、どちらかというと家の中とか図書館にいそうで、友達と公園で遊んでる姿はあまり想像できない。
「父は、俺に似て不器用な人間だった。親子のコミュニケーションの仕方も、教科書で学ぶかのように有り体の型を試すしかなかったんだろう」
公園で父親とキャッチボールか。母さんは寂しさなんて感じさせないくらい愛してくれたけど、憧れないのはやっぱり無理だった。そういえば、まだ赤ん坊だったショウに「大きくなったら一緒にキャッチボールしような」と話しかけたこともあったような。
「……でも、それだけ副指令のお父さんも頑張ってくれてたってことですよね」
「まあな。正直ウザいと思うこともあったが、今なら父の苦労もよく分かる。……あの頃の父の年齢は、もうとうに追い越してるんだ」
副指令の投げたボールの軌道が、中心からわずかにズレた。頭より先に、目と手がそれを追う。すかさず腕を伸ばして捕球し元の位置に戻ると、副指令が「休憩しよう」とグローブを外しながら俺の方へと歩み寄ってきていた。そのまま傍にあるベンチに二人並んで座り一息つくと、すぐに話の続きが始まった。
「俺の家は父子家庭だったんだ。男手一つで育ててくれた父も俺が第8に入隊する直前に病気で亡くなった。それでいつだったか……俺が高校生になったばかりくらいの時に、父の再婚話が持ち上がったことがあった。職場の上司からの紹介で、なかば見合いのようなものだったらしい」
「ショックでしたか?」
「どうだろうな。ショックだったのかも知れん。態度に出していたつもりはないが、しばらくして破談になった結末を思えば、父本人には動揺がバレていたのかもな」
そこで言葉を切ると、被っていたキャップを外し脇に置いた。汗で湿った髪を指で軽くほどく動作の後、後頭部に手を置いたまま数秒停止してから、また口を開く。
「俺も一度だけ顔を合わせたが、聡明そうで綺麗な女性だった。彼女と再婚していれば、あるいは父の余生ももっと幸せだったのか……」
語尾を濁したまま眼鏡を指で押し上げた火縄副指令の横顔を見る。相変わらず表情筋はピクリとも動いていなかったが、茶色い瞳は少しだけ揺れていた。
「あの……桜備総隊長に頼まれたんですよね? 俺と話してくれって」
「ああ。というより、俺が代わりに話を聞いてもいいかと進言したんだ。シンラと話すにしても俺の方がまだマシだと思ってな」
「マシ?」
「片親がいない立場、その片親を亡くす立場をどちらも一応は経験している。……無論、まだマシ、という程度の差ではあるがな。相談に乗っておいてなんだが、他人の感情の機微に疎い自覚はあるんだ」
「そんなことないですよ。火縄副司令は人の気持ちに寄り添える人だ。そもそも、そうじゃなきゃ第8になんて入らないでしょ」
「なんて、か。違いないな」
フッ、と、口元にささやかな笑みが浮かぶ。今日初めてかもしれない火縄副指令の笑顔だった。
思えば、火縄副指令から家族の話を聞くのは初めてだ。こんなカードまで切らせてしまった原因が自分にあると思うと、罪悪感で胸が痛い。
「実は、ちょっとモヤモヤしてることがあって。聞いてもらってもいいですか?」
「……相手が俺で構わないなら」
「俺、この前あのお二人の関係を知って……はじめてインカの気持ちが分かっちゃったんです」
これは、この前アイリスに会った時にはすでに思っていたことだけど、到底彼女に相談できる内容じゃなかったから黙っていた。誰かに言うこともないだろうと思っていたその考えは、いざ口に出してみると余計に嫌な気分になった。
「アイツが言う「この星を救った英雄の子供が欲しい」ってワガママ……俺も似たようなこと考えてたのかも知れないって」
「…………インカに桜備総隊長の子どもを産んで欲しいのか?」
「いや! 違いますよ! なんでそうなるんですか?! つーかそれは絶対に嫌です!!! ……そうじゃなくて、相手は誰でも…インカじゃなきゃ誰でもいいんですけどね。ただ、女性と結婚して子ども産んでって、普通にそうなるもんだと思ってたから、そうならないのかって思ったら……おれが一番ショック受けてるの“ソコ”なのかもなって。桜備総隊長もですけど、新門総指揮も……」
「優秀な遺伝子を後世に残したいと考えるのは、動物としては自然な思考回路とも言えないか」
「だとしても、こんなの人類の未来なんて関係ない、俺の個人的なエゴですよ。子供を産んで欲しかっただなんて」
俺がぐしゃぐしゃと両手で頭を掻きながら下を向く一方、火縄副指令はスッと顎を持ちあげ、視線を上に向けた。俺もつられて顔を上げる。今いる裏庭のベンチから見て丁度目の先にあるのは、英雄隊本部であり元第8特殊消防教会の一番高い鉄塔、の裏側だ。
「……「あなたはこの城の王であり隊の父にもなる」。第8を結成して間もない、まだ“桜備大隊長”だった頃に、そう話をしたことがある。しかし、今思えば不思議なんだ。なぜあの時に彼を“父”と言ったのか。父親を失ったばかりの自分が、感傷や希望の甘さに浸り二人の面影を重ねたのか。自らの家族を求める思いがつい口を出たのか……」
「でも、俺も総隊長に対して思ったことありますよ。父親がいたらこんな感じかなーとか」
「だが、そもそも俺の父はどちらかと言えば気弱なタイプで、優しくはあってもリーダーシップや大黒柱という言葉とは無縁だった。だから、自分の親に重ねたというよりは、何にも関係なく、ただあの人に“そう思わされた”んだろうな」
「人類の父か…」
西に傾きつつある太陽の光を反射し輝く鉄塔を眺めながら、頭に浮かんだ言葉をポツリと呟いてみた。それはあまりにも正しい呼称で、だからこそ虚しく空回りしている響きがあった。
「今の話だが、どうせなら直接伝えてみるといい。あの2人のことだ。すでに、よほど簡単な解決策を考えているかも知れない」
「え~……ご本人たちにですか? それはさすがに……」
「救って欲しい。救われて欲しい。こうあってほしい――そういう身勝手なエゴを受けとめられるのもひとつの強さだ」
副指令は及び腰になっている俺をハキハキとした口調でそう諭すと、キャップを被り直して「続きをやるか」とベンチを立った。相談の口実と思いきや意外と楽しんでいたらしいと分かった俺は「次、カーブ投げていいですか?」と聞きながら腰を浮かせ、かけ足で後を追った。
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