第三夜

 

 そんなこんなで、暇なわけない人達の時間を縫っての鑑賞会も三回目。
 俺は、最終兵器を投入した。
「今時の女子高校生、呼んじゃいました!」
「女子高生、って言っても留年してますけどね~」
 じゃーん、と両手を使って紹介したのは士傑高校の現見ケミィ、ちゃん。きちんと卒業できなかったギリ現役の女子高校生だ。
 大戦が終わった後しばらくして、なぜか常闇くん←ショートくん←士傑の声がでかい子←本人という流れで俺に連絡がきた。そしてその逆ルートを辿って俺の連絡先が彼女に渡った。
 俺としては大戦の時に命を助けてもらった恩義があるから嫌とは思わなかった。その後、やり取りも普通にしている。
 ただ、常闇くん以上に何を言っているのか分からないのはビビった。本当に同じ日本語を使っているのか疑いたくなる時が、時々、いや結構ある。
 ともあれ、向こうからしつこく連絡してくるわけでもなく、時折道端でみかけた猫の写真とかをやり取りする程度の仲だ。
 そしてフットワークの軽さは予想通りで、今回も「ウチくる?」「いくいくー」で話がついた。
「うわー。この家プロヒーローしかいないじゃないすか、エグ」
 さすが、天然もののコミュ力の高さを売りにしているだけある。
 その場にいるだけで異様な威圧感を発する二人を前にしても、一切物怖じする様子はない。
「いや、私はプロヒーローでは……」
「もち知ってますよーレディ・ナガン、女性ヒーローの先駆者だし、大パイセン。しかも唇めっちゃプルくないですか? リップなに使ってます?」
 たじろぐレディ・ナガン。珍しいものを見た。で、ミルコさんはといえば、ニヤニヤ笑いながら俺の肩をバシバシと叩いている。
「しっかし、悪かったな。ホークスに呼び出されたってのに女付きで」
「全然。眼福レンメンですけど、ガチでゲトる相手じゃないんで。問題ないっす」
「高校生だもんな。もっといるよな~周囲にいい男」
「あはー、留年してるんで同級生卒業しちゃいましたけどね。あとウチの高校マジで時代遅れなんでー異性交遊ゲンキンっていう」
「そういや、士傑はあの突風ヤロウがいるとこか」
「あ、夜嵐。夜嵐は百パーないですね。声量ヤバくて隣いると耳キーンってなるんで」
 辛うじて成り立つ二人の会話を傍で聞いていた俺は、輪の端で笑いを堪えようとして堪えきれていない先輩に気がついた。
「先輩、何笑ってるんですか」
「いやなに、昔の、それこそ高校生だった頃のことを思い出して……ちょっと嬉しくなった」
「やだ、大パイセン笑うとかわたんたんクリニックじゃないすか」
 レディ・ナガン、業が深い。
 俺が昔見つけた公安の記録によれば、先輩は高校在学中にスカウトされたらしい。
 それまではキラキラ女子高校生をやっていた身から一転、ヒーロー社会の最暗部に投げ込まれてしまったなんて。理想と現実のギャップに挟まれた苦悩は計り知れなすぎてマジ卍大爆殺待ったなしだ。
 先輩のウフフ笑いで場が和んだところで、ケミィがスマホの画面を俺に見せてくる。
「あそうそう、本題忘れてた。これ、ちょっと前に流行ったアニメなんすけどー、マジ好ハオって評判だったやつでー、少女漫画ぽさもあるし添ゼロでキャパいってか」
「なになに、えーと……

『平凡な高校生活を送っていた俺は、ある日交通事故に巻き込まれ1年間の記憶を失ってしまう。目覚めた主人公の前に「あなたの恋人」と自認する女性が<3人>も現れて―――?真実の愛を問う、銀河スケールのSFピュアラブコメディスティニー』

 ……って、SFでラブコメ?ヤバくないですか、これは。3人女性が出てくるのに純愛ってのもかなり気になります」
「デショデショ。これ、ラストの展開がヤバすぎてー」
「おっ、と。私呼び出しだ。ちょっくら跳んでくるわ」
 あやうくネタバレを聞きそうになったところで、ヒーローミルコを求めるビープ音が部屋に鳴り響き、健脚がすかさず床を蹴った。俺の家のフローリングはバッチリへこんだ。


 ミルコさんが名古屋方面へと跳んで、諸々をぶっ飛ばし、また跳んで静岡に帰って来た時には、俺たちは完全に撃沈していた。俺も先輩も、あと話の内容をすでに知ってたはずのもケミィ本人も号泣だ。
「キャパい」
「キャパかった」
「これは……キャパいな」
 言葉にならない感動でリビングの床に沈没している死屍累々を見て、ミルコさんがドン引きしている。ちなみに、今日に関しては全員酒も入っていない。未成年が居る場で酒盛りしないくらいの良識はある。
「……たしかにいい作品でした。それは間違いない。ただ、俺たちに応用できるかという微妙です」
「さすがに記憶喪失になるっていうのは現実に起こりえないか」
「記憶……というか脳に作用する個性は珍しいですからね」
「ま~まんま同じじゃなくてもー結局のとこラブはフツーに言葉で伝えるのがテットリバヤイ的な?」
「ドストレートな「お前を愛してる」でオケオケサイコッチョー的な?」
 恐るべし。先輩にまで謎の若者言葉が伝播している。
「あ~そういうの、ホークス言わなそうだな」
それまで会話を聞いているだけだったシャワー上がりのミルコさんが半笑いで参入してきたかと思えば、根拠もなしに勝手なことを言う。 「だっ!……って、確認ですけどそもそも相手高校生ですよ?!」
「いーや、私にはわかる。お前は相手が成人してようが言わない」
「任務なら言うだろ。裏を返せば任務以外だと言わないだろ」
「顔面国宝実は中身ヤバヤバーっていう典型かー」
「……すんません、三人で詰めるの止めてくれません?!」
 今日が初対面のはずなのに、息が合いすぎてて怖い。さすがヒーロー、チームアップはお手の物ってところか。
 劣勢なのは分かり切っている以上、素直に認めるのが吉だ。俺は手元のコップを握りしめて気を落ち着かせながら、指摘を素直に受け入れた。
「まあ、そういう面はありますね。なんか、面と向かうとダメなんですよ、マジになるの」
 受け入れたら受け入れたで、そろいもそろって生温かい目でこっちを見てくるのがほんと嫌だ。女の子ってコイバナ好きだなー。こんな目的で集合させた俺が言える立場じゃないけど。
「あ!」
 唐突に、パン、と両手を打ちつけたのはケミィ。何ごとかを閃いたらしい。
「面と向かってが恥ずかしいんならー、本人以外で練習したら?」
「練習、って」
「ほら、ウチの個性。GE・N・WA・KU」
 一音ずつに合わせて空中を勿体ぶって動いた手は、最後に手の平を上にして口元へと添えられた。そして、ネイルでゴテゴテに飾られた指の上を、尖らせた唇から吐き出された煙が滑る。
 一瞬にして、マンションの狭い一室が果ての見えない一面のお花畑へと変貌した。他の二人のポヤッとした表情を見るに、全員が同じ幻惑を見させられたのだろう。
「ホークスのピ、雄英のカラスくんなら何度か会ったことあるしー、ほらっ」
 さすが西の士傑、周囲からアホと称されはするものの個性の能力値は高い。
 この場に実体があるようにしか見えない常闇くんの姿が、ただでさえ定員オーバー気味なリビングの中央に堂々と現れた。
「…………彼、こんなにキラキラしてたか?」
 なぜか頭痛に耐えているかのように頭を押さえる常闇くん(のマボロシ)を見て、先輩が不審げに首を捻っている。
 たしかにどこか違和感はある気がするけど、でも、ほぼ本人だ。身長がやや高いか?いや、脚が長いのか?あと若干睫毛長いか?まあでも、こんなもんだろ。
「口調はちょい謎だなー、こんな感じ?――『愛しい人よ、その可憐な嘴で俺への愛を囀ってくれないか……』」
「うわ、これはいけん、幻って分かっててもムリ」
『あは、ヤババ。反応ピュアッピュア、マジウケる』
「ちょ、常闇くんの顔にギャル語喋らせんで。照れていいのか笑っていいのか分からん」
 すぐそばに操り手のいる腹話術と分かってはいても、イケメンオーラを爆発させてる常闇くんが目の前にいるってだけで大分心臓に悪い。
 そしてミルコさんは、じゃれている俺たちを見ていて苛立ちMAXになったらしい。後ずさる俺の後頭部に、彼女にしては軽目のチョップを食らわせてきた。
「もういっそ、ここで一発頭蹴り飛ばして記憶喪失にしてやろうか?」


+++


 現実はアニメより奇なり。
 ミルコさんのかかと落としを代償とするまでもなく、事は起こった。
「……常闇くんっ!」
 その日、一報を受けてすぐに雄英の医務室に駆け付けた俺を出迎えたのは、ベッドではなく椅子に座って診察を受けている常闇くんだった。
 包帯も巻いていないし、ヒーロースーツも破れていない。見たところ大した怪我はしていそうにないと、取り急ぎホッと胸を撫でおろす。
「ホークス、久しいな! 元気そうで何より」
 ……久しい、と言えば久しいけど、そんなに感激されるほどは久しくない。
 違和感を覚えた俺は、常闇くんの傍に立っている塚内さんに目配せをする。そして、寂しげな表情からすべてを察してしまう。
 俺は顔に出さないように動揺を抑えながらも、あーこれアニメで見たやつだ。と冷静に事実を受け止めていた。
 あのアニメの登場人物は、記憶を失った主人公に対しても自らの愛を伝えるのを止めなかった。
 俺がもし同じ状況になったらどうするかなんて、そんな非現実なことは考えてもいない。
 だから今のこれは、臨機応変な俺の素の言動だ。
「……常闇くん、おれたちが最後に話したのっていつだっけ?」
 俺の質問に、常闇くんは首を捻って怪訝そうな顔をした。
「彼の大戦が終わった後、ホークスが福岡に戻る直前だろう」
 躊躇いなく返って来た常闇くんの言葉に、うんうん、と頷く。ああ、俺はもう、すでにちょっと泣きそうだ。
「忘れもしない。「次に会う時までに、もっと立派なヒーローになっている」と約束した。そして師は……「楽しみにしてる」と言ってくれただろう」
 揺るぎない口調でそう言い切られた俺は、口を噤んで笑った。
 俺の表情筋はちょっとイカれてて、こういう時、なぜかいつも以上のしっかりとした笑顔をつくってしまうのだ。


 そうだよ。すべてが終わったあの時、そう言って互いに別の方向に歩き出した。
 あのまま一度も振り返らずに福岡に飛んで帰っていれば、カッコよく有終の美を飾れたっていうのに。
 いざ歩き始めて、進むこと10メートル。
 押し寄せる寂しさに耐えきれなくなった俺は、一度だけのつもりで振り返った。最後にその小さい、でも逞しい背中を目に焼き付けておこうと、そう思っただけなのに、同じタイミングで君も振り返っていたせいで、背中は見えなかった。
 20メートルの距離を隔ててあの赤い目と見つめ合った瞬間、俺は諦めた。
 君を諦めることを、諦めた。


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