第四夜

 

 常闇くんの記憶喪失は、接触した敵の個性発動条件が分かればすぐにでも解除されるだろうから心配することはない。
 医務室の廊下で塚内さんの説明を受け、その場では納得した振りをしたけど、正直全然納得できてないし受け入れられてもいない。
 どういう仕組みか知らないが、今の常闇くんの中では清い師弟関係のまま有終の美を飾ったところで俺との記憶は途絶えているようだ。
 それならいっそ、このまま戻らない方が常闇くんのためかも知れない──なんてネガティブ思考に陥っている俺の家には、気を利かせてくれたらしいミルコさんの呼びかけによって再びこの前と同じメンツが揃っていた。
 正直そっとしておいてほしい、なんていう意見は通らないのが分かっているから口にもしない。
「おら、聞いてきてやったぞ。ツクヨミが好きなのは、ゴスロリ、魔女、クーデレだって」
 リビングのローテーブルに突っ伏していると、ポカリ、とDVDケースの角で後頭部を叩かれた。
「……どの要素も、俺にかすりすらしてないじゃないですか」
「だよな?! 私も聞いた時マジで笑ったわ」
 ミルコさんがガハハと笑いながら放り投げてきたDVDが、俺の背中でバウンドして床に落ちる。のろのろとそれを拾い上げ、パッケージ裏を眺めた。


『ひょんなことから自分は悪魔だと名乗る超絶美少女と知り合ったどこにでもいる平凡な高校生の俺。言葉少ないクールな彼女の真意はなかなか読めず…って、俺と“禊を結ばないと魔界に帰れない”?!つまり俺の童貞が生贄ってこと?!!』


 アニメを見る気も起こらずグダグダうなだれる俺を遠巻きに眺めながら、かしまし三人娘は所詮他人事の気楽さで会話に花を咲かせていた。
「記憶喪失とか、この展開まじドラマ。なんとか幸せになれないもんすかねー」
「こうなりゃもう新しい恋愛するしかねえだろうな」
「え? パイセンたち、ブッチャケどうなんですか。男としては?」
「ない」
「…ないな」
 先輩の方が、返事をするまでにまだ多少の間があった。食い気味で即答したミルコさんは、目のガンギまりっぷりにも拒否感が溢れている。
「そっすよね~。ウチも、目の保養度でいったらSSR確定なのになあ……ぶっちゃけ前ほどトキメかないかも」
 溜息を吐きながら本人目の前とは思えない評価するケミィの言葉に、他の女性陣もしっかりと頷く。
「まあ、他人のものを取る気にはなれないんだろう」
「なんてったって、私らヒーローだからな」
 ミルコさんが、豊満な胸を更に前へと張り出し、ドン、と心臓の上を拳で強く叩いてみせる。人工皮膚をかぶせた義手は、彼女の努力の甲斐もあって通常の腕とほとんど見分けがつかないくらい自然に動いていた。


+++


 常闇の記憶が戻るきっかけをつくったのは、3年の月日を共に過ごしてきた同級生のひとり、峰田だった。
「なあなあなあ、常闇!この記事見たか?!お前、なんか知ってる情報ある???」
 個性の解除条件は簡単なものだ。「すごくビックリする」ことで、隠されていた記憶は戻ってくる。
 ただ、常闇の元来冷静な性格が、今回ばかりはかえって不利に作用した。「すごくビックリする」出来事に遭遇せずにしばらく過ごせてしまったがために、解除に時間がかかってしまったのだ。
 そんな常闇に峰田が見せてきたのは、カラー表紙にゴシック体の見出しがところせましと踊るゴシップ週刊誌の、とある見開きページだった。

『元No2ヒーロー熱愛発覚!兎♡鷹 愛の巣作り密会現場!? AM6時過ぎ、人目を避けた早朝にホークスのマンションから出てきたのは、ホークス本人ともう一人、長い耳を隠す気のない堂々としたバニーだ。二人はマンションを出ると駅の方向へと連れ立って歩きはじめ──』


+++


 その日の昼、常闇くんから俺のスマホに鬼電がかかってきていた。
 ただ、俺が気づいたのは着信時間から数時間遅れてのことだった。そのスマホはプライベート用だけど、今朝発売された週刊誌のせいで誰からとなく連絡が途切れないから、面倒になって電源を切ってしまっていたのだ。
 だから、俺の元に常闇くんが直接現れたその時もまだ電話に気づいていないし、常闇くんの変化を知る由もなかった。
 夕方、公安の建物を後にして歩道を歩いていた俺の頭上に、突如不自然なくらい大きな影ができた。
 久しぶりに見る、ヒーロースーツじゃない雄英の制服姿。その背には、小柄な体躯の3倍は大きいダークシャドウの翼。
「あれ?」
 少し離れた花壇の縁に着地した常闇くんは、驚いている俺をキッと睨みつけながら、大股でずんずんと近づいてきた。その右手には、なんとなく見覚えのある雑誌。これはまさか──
「ホークス、これはどういうことだ」
「え?」
「この記事……真実か?」
「え~~?!」
 どうなんだ、と雑誌を俺の顔の前に突き付けたまま、ずずいと距離を限界まで詰めてくる。しかも俺の背後に黒影が回り込ませているから、逃げ道がない。こわ。
「どう、って……」
「俺たちは、付き合ってるんじゃないのか」
 その一言で、ようやく事態を理解した。
 どうやら常闇くんの記憶は戻ったらしいこと。そして雑誌の記事を見ていろいろ誤解が生まれているらしいこと。
「あーこれはウソウソ。ミルコさんには、ラブコメアニメ見るの付き合ってもらってただけだよ。それで、ちょうど朝出るタイミングが一緒になったとこを撮られた、っぽい、ですね」
 目の前に掲げられている、自分でもちゃんと目を通してなかった記事を目だけ左右に動かして流し読みつつ、そう説明する。常闇くんは、もちろんすぐに首を傾げた。
「らぶこめ……?」
「いやなんか、ミルコさんが最近ハマってるらしくて……」
 ごめんなさい!!と内心で平謝りしつつミルコさんにすべてをひっかぶせる。さすがに、俺が男子高校生の心理を理解するのが目的とは言えない。今となっては自分でも意味わかんないし。あと、目的はまったく達成できてないし。
 常闇くんは俺のごにょごにょとした説明で鬼詰めは止めてくれたものの、到底納得し切った顔ではない。ああ、でもこうやって見ると、やっぱマボロシよりも本物の方がカッコイイ。
「それにミルコさんと二人だけじゃなくて、せんぱ…レディ・ナガンもいたし、あと士傑のケミィちゃんも……なんていうか、女子会?的な?」
 慌てて弁解すると余計に怪しさが増すな、と思いながらも口の動きが止められない。
 常闇くんは黙って俺の言い分を聞いてくれてはいるけど、眉間を指先で押さえながら難しい顔をしている。
「男一人に、未婚女性三人……」
「うん?」
「それだと、むしろ師の状況がいわゆるラブコメのハーレム状態では……?」
「はっ!たしかに」
「疚しいことがないのであれば、構わない。ヒーロー同士の親睦を深めるのもプロとして肝要。こちらも取り乱してすまなかった」
 あー、キレてるっていうより取り乱してたのか。とさっきまでの鬼気迫る様子を思い出して納得する。あの記事を見て取り乱すってことは、やっぱ俺のこと好きなのか――
「……え? ほんとに全部思い出したの?」
 恐る恐る確認の質問をすると、常闇くんは少し呆れた様子で軽いため息を吐いてから、フッと口端を上げて微笑みを浮かべた。
「観覧車、共に乗るんだろう」
 微笑みかけられた途端に顔が熱くなって、ふらり、と周囲の風景が揺らぐ。
 個性は発動していないはずなのに、体が軽くて落ち着かない。
 やっぱり、君と一緒にいるだけで俺の体は数センチくらい宙に浮いちゃってる気がするよ。




おわり.


<<第三夜TOP