第二夜

 

 他の女を呼べ。
 俺の家に来るやいなや、ミルコさんは自宅マンションで遊びまくってる豪遊社長みたいな態度でそう言い放った。
「他の女子の意見も聞きたい」ともっともらしい理由をつけたけど、多分俺と二人っきりでいるのに飽きただけだ。
「いるだろ、女の知り合いの一人やふたり。いないならリューキュウでも呼ぶか?」
「それは、なんか巻き込んじゃだめな人選な気がします。俺だって、いなくはないですよ。じゃ~一応声かけてみます? まあ……友達じゃなくて、先輩ですけど」
 俺はギリギリまで躊躇いながらも、スマホの連絡先一覧に指を滑らせた。


 シンプルな黒のワンピースに身を包んだレディ・ナガンは、家主より先に出迎えたミルコさんの顔を見て、口元を緊張できつく結んだ。
 緊張するのはどっちかというと俺の方だ。自宅に歴代女性ヒーローのトップランカーと、伝説のスナイパー~公安の鬼仕込み~が同時に存在してるんだから。
 さすがにないだろうけど、この二人が殴り合いになったとしたら多分エンデヴァーさんでも止められない。
「……なんだか、狭い家だな」
「だろ? 住んでるやつの器のサイズが出てるよな」
 緊張してるのかと思った先輩は、デカいサングラスを外すやいなや俺の家の中を一瞥し、ぼそりと呟いた。それを聞いたミルコさんが爆笑で返す。
 二人の様子を見ていた俺は、思わず首を捻った。
「あれ? お二人面識あるんですか?」
「ああ。”アレの後”、セントラルの病室で一緒になったんだよ」
 すべてが終わった後、長い療養期間を経て体を回復させた先輩は、過去に公安が扱っていた事件の調査に協力するという条件付きで、塀の外での生活を許されている。もちろん、先の大戦でのヒーロー側への貢献が評価されたというのも理由のひとつだ。
 意外と雑にブーツを脱ぎ捨てた先輩は、ミルコさんの時と同様、まったくの遠慮なしに部屋の中をジロジロと眺めまわしていた。
「一人暮らしか……私らを堂々と呼ぶってことは、独り身か? 恋人もいないのか?」
「いるよ。年下の男に手出した大馬鹿ヘラ鳥だからな」
 先輩の質問に、なぜか俺より先にミルコさんが答える。
 同時に俺はガシッ、とぶっとい腕で首根っこをホールドされて、意味もなく頭頂部を拳骨グリグリされる。
 そんな俺たちを見ながら、先輩は口元に手を当ててクスクスと笑っていた。
 存外、笑うとかわいい人なのだ。



 そんなこんなで、観賞会再開。今日最初に見るべきはどれかと、借りてきたDVDやネットの配信サイトを物色する。すると途中で先輩が、あ、と大きな声をあげたので、俺はリモコンを操作していた手を止めた。
「これは……私らが高校の頃に流行ってたアニメだ。懐かしいな」
 言われてなるほど、古いタッチで画質も粗い。それでも評価は多くて評点も高いから、往年の名作枠だろうことは伺える。
「先輩が高校生ってことは、もう20年以じょ……いや、でも未だに見られてるなら面白いってことですね。見ましょう」
 作品紹介を見る限り、俺の求めるドキドキ学園生活とはやや離れているような気はしたけれど、先輩が反応を示してくれたのも嬉しかったので、そのまま再生ボタンを押した。


『親の都合で急遽ひとり下宿することになった平凡な高校生の俺。その古びたアパートには、信じられないくらい美人の管理人さんが居て…?!他の下宿人と楽しく生活しながらも、どこか影のあるその人に惹かれていく気持ちを抑えられない俺は、なんとか仲良くなろうと奮闘するが――』


 見終わってみれば、やはり刺さっていたのはいわゆるアラサー以上の女性お二人。
 最終回の二話手前くらいの、幾多の障壁を乗り越えた主人公が決死の想いでプロポーズをするシーンからずっと半泣き状態だ。
 ミルコさんに至っては、深酒もプラスされてるのがより悪い。さっきから、
「もうあれだ、お前らさっさと結婚しろ。それが良い。はやく幸せになれ」
 と、号泣したせいでますます赤くなった目を擦りながら管を巻いている。
 やっぱ世代か?なんて首を捻る俺としては、途中の悲恋のゾーンが長すぎてきつかったというのが正直な感想だ。自分の人生がしんどかったせいか、フィクションの世界まで陰鬱だとどうにも気持ちが重たくなってしまう。
 そりゃ、真っ直ぐな年下に絆されるっていうシチュエーション自体は身に覚えが無くはないけど。でも俺と常闇くんはこのアニメの二人ほどは歳離れてないし……。そもそも主人公は学生だけど、学園ものではないよなこれは。
 イマイチ納得のいっていない俺を余所に、ミルコさんのテンションは新たなフェーズに入っていく。
「あ、そうだ、私がプロポーズの言葉考えてやろーか」
「それはいいな。結婚式も、私の分まで盛大にやってくれ」
「いやいや先輩まで何をおっしゃいますか」
「いいだろ。実は…ウェディングドレスには憧れがあるんだ。自分で着る機会はもうないだろうし、恩人のお前が着ている姿を見られれば私も嬉しい」
「嬉しいって、割とマジですかそれ?!荷が重いんですけど??」
「だはは! 最高だなソレ!」
「だろ? 意外と似合うと思うけどな」
 あと、二人は最初の乾杯の時点からすぐにくだけていた。希代の女傑同士だ、気が合わないわけがない。先輩の参入でミルコさんも楽しくなったのか、酒量は指数関数的に増えてる。
 家主なのに明らか肩身が狭くなっているのを窮屈に感じた俺は、そろそろアルコールの追加を買いに行かされそうな気配を自ら察し、先回りして家を出た。


+++


 夜道、最寄りのコンビニよりも少し遠いスーパーを目指し、あえて徒歩を選択する。
 スマホ画面で時間を確認すると、もうすぐ10時になろうとしていた。
 頭に浮かぶのは、常闇くんのことだ。
 大きな脅威が去った後も、立て直しのための利便性や新たな脅威のことを考慮して雄英高校は寮制を維持している。
 規則正しい寮生活。今頃お風呂にでも入っている頃だろうか。それか、時には敵以上に手強いという学校の課題をやっつけているか。
 『今何してる?』とでも連絡をすれば済む話だけど、普段の連絡は互いの生活のことを考えて最低限にしているのだ。
 ……常闇くんは、学校の成績に関してはお世辞にも良いとは言えない。
 ヒーロー活動時の頭の回転や発想には目ざましいものがあるだけに不思議だけど、学校の勉強となると途端に苦手らしい。
 プロヒーロー並みの実力がすでにあるとはいえ、高校生の本分は勉強。
 定期試験も、名前の通り定期的にあるみたいだし。俺がへたに邪魔しちゃいけない。付き合えたのにそのせいで卒業できないなんてことになれば、本末転倒留年ヒーローの出来上がりだ。もちろん、留年したからって常闇くんを嫌いになるわけじゃないけど。
「勉強か……」
 ここ最近見た学園ラブコメによれば、高校生の恋愛における”定期試験”のイベント性はでかい。
 勉強を教えたり・教えてもらったりで、一気に距離が近づくきっかけになる。らしい。
 誰かに勉強を教えてもらって常闇くんがうまくいくってんなら、それに越したことはない。その相手がたとえ女子でも――と、そこまで考えが至ったところで、俺の右手の親指はスマホの通話ボタンを押していた。
『ホークス、どうした?』
「あ、はは。特に用事はないんだけど、声聞きたくなっちゃって。いま、何してた?」
『ああ、部屋から外を見ていた』
「外?」
『今宵は月がきれいだ』
「あ、ほんとだ……」
 外に出てからもスマホ画面ばかり見ていた俺は、頭上で輝いている満月の存在にちっとも気づいていなかった。
 雲の無い紺色の夜空に、煌々と輝くまん丸な月。
 それを見てをすぐにおでんの大根を想像した俺は、やっぱり情緒に欠けてるし、あと多分腹が減ってる。
「きれいだねー」
 月がきれいでも、一人だと淋しい。きれいだからこそ、余計淋しい。
 そんな風に感じるようになったのは、多分やっぱり常闇くんのせいだ。いや、常闇くんのおかげ、か?
「……今度、観覧車乗りに行こうよ」
『意外だな』
「えー、定番じゃない?観覧車」
『いつも、観覧車の頂上よりももっと高いところを飛んでいるだろう?』
「そうだよ。だから、観覧車乗りたいなんて思ったのがはじめて。ひとりじゃ絶対に思わない、けど……」
『けど?』
「常闇くんと一緒だったら悪くないなと思って」
 ……返事なし。余計に恥ずかしい。
「あと、水族館とかキャンプとか、遊園地のクレープとか喫茶店のクリームソーダとか……」
 自転車二人乗りにイヤホン半分こ、浴衣で花火、土砂降りの日の相合傘。
 恋愛アニメ鑑賞会の中で得た知識やイメージが、常闇くんの声を聞いた途端に自然と俺たち二人を主人公にした妄想となって脳内で再生されていく。
 ぐるぐるとメリーゴーランドよろしくメルヘンに回る思考。それを落ち着けようと、首を思い切りうしろに逸らして上を向いた。
 あれ? 不思議だ。
 今個性は発動させていないはずなのに、なぜだか月がどんどんこっちに近づいてくる気がする。
 今だけじゃない。常闇くんと付き合い始めてから、俺はふとした時に体が地面から浮いているような感覚に陥るのだ。
 ふわふわ浮いて、そのまま宇宙の果てに跳んで行ってしまいそうな、そんな感じ。
 スマホを持ってない方の手を、月に向かって伸ばしてみる。もちろん届かない。でも、届いてしまいそうな気がしてドキドキする。
『ああ、全部やろう』
 ようやく低い声で返事が返ってきて、少しホッとした。俺の恋愛偏差値の低さは、正直もう十分伝わってると思うから今更恥ずかしくもないけどね。
「じゃあとりあえず、君はきちんと卒業できるように勉強頑張ってネ」
『……御意』
 じゃあまた、と挨拶をして電話を切っ――らないで、相手が切るのを待つ。
 互いに無言の間が5秒くらいあってから、結局、無言に耐えられなくなった俺の方から切った。
 はあ、とため息をついて、白い息が空を昇っていくのを眼で追う。さっきは近づいたと思った月は、再び空高くに遠ざかっている。
 二人でいつかやりたいことはいろいろある、けど。
 一番は、君に「ただいま」って言って欲しい。
 これは俺が今考えたプロポーズの言葉だ。


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