第一夜
全世界を脅かした争乱が集結し、世の中も落ち着きを取り戻した頃合い。
俺は晴れて常闇くんと付き合うことになった。
付き合うってのは、いわゆる恋人同士になるってこと。
相手は男子高校生。男子、も、高校生、も俺としては初めての相手で、そもそも、振り返って見れば恋人らしい恋人なんて人生で一度もいたことがない。
ヒーローとして”社会に自然に溶け込み生活を”が公安の方針だったから、人並みに女性と遊ぶことはあった。その中には、気の合う相手もいたし合わない相手もいた。それだけだ。大抵が俺のファンで、だから彼女たちが好きだったのは、あくまでも「ヒーローのホークス」。どうしたって隠し事は多くなるし、心を許せたことはなかった……とか、自分で言ってて恥ずかしいけど。まあ、そこまで必要性を感じてなかったっていうのが一番の理由。人生経験?として、一通りこなしはしましたけど。
で、この数年に関しては世間の皆様ご存じの通り。AFOのせいで世界はメチャクチャ。ついでに俺のメチャクチャな半生も公共放送使って宣伝された。燈矢作・演出の告発ビデオは癪だったけど、おかげ様で身を明かす手間が省けたのはラッキーだったかもね。
と、そんな紆余曲折はどうでもいい。
終わった過去に興味はないし、今ふたりが付き合ってるっていう事実もとい結果がすべて。
あと、目下の悩みは別にある。
それは、7つも年下の高校生、しかも男子の恋人の気持ちがまったく想像できないってこと。
俺だって同じ男子なんだから、なんて理屈はマジで通用しない。
物心ついた時から公安に仕込まれ思春期も訓練漬けの生活を送っていた俺はまともに中学も高校も通ってないし、同世代の友達がいたこともない。ぶっちゃけ、友達に関しては今もいない。
男、ではあるけど普通の男子高校生の生活なんて経験がない。だから、普通の男子高校生がどんな生活やどんな恋愛をしているのかも分からない。
でも、分からない、なんて甘ったれたことも言っていられない。
結果がすべて。でも、その結果は不安定で、いつひっくり返ってしまうかも分からない。
知らないなら、自分で調べればいい。自分の、足で、翼で、目と耳で。
耳、と言えばこの人だ。
「ミルコさんって、俺の友達ってことでいいですか」
「は?きめえ」
俺の質問に眉ひとつ動かさずにそう吐き捨てたミルコさんも、多分友達はいないはずだ。一匹兎と一匹鷹。友達とも言い難いけど、俺のデビュー当時からそれなりに仲は良い。
脱いだヒールのつま先を外に向け丁寧に玄関に揃えたミルコさんは、初来訪とは思えない堂々とした大股で家主より先にリビングへと入っていった。
「せまっ苦しい家だな? 兎小屋か?」
「ここ、本拠地じゃないですから。あくまでも静岡の拠点」
「だとしたら、むしろ生活感ありすぎだな。そもそも、なんで静岡なんだ?」
質問するミルコさんの両耳の先端が、ピクピクと痙攣している。
目に見えて分かりやすいのが耳というだけで、全身の感覚器官を駆使して部屋の様子を探っているのだろう。
「それはもちろん、公安の諸々の後処理を手伝うため……」
「嘘だろ。浮かれてんなよ、発情期」
けっ、と吐き捨てるのと同時に、ビニール袋が飛んでくる。重みのある軌道を描くそれを両手で受け取ると、中に入っている缶同士がぶつかって鈍い音を立てた。多分、全部酒だ。
ミルコさんは、俺と常闇くんが付き合っていることを知っている数少ない人の内の一人だ。そもそも、このことで、この人に隠し事するのは不可能だと悟った。
別々の場所で会ったはずなのに俺と常闇くんの匂いが同じ、というところでアタリをつけられ、カマかけられた俺の声の上ずり具合で断定された。俺が分かりやすいわけじゃない。ミルコさんの第1~6感が異常なだけだ。
「ミルコさんだって、十云年前には曲がりなりにも女子高生やってたわけでしょ?」
「一応な。つっても、学校いるより地下闘技場にいる時間の方が長かったぞ」
「もう普通じゃないですね。でも、モテたでしょ? ルックス良いし」
「そうでもねえよ。そもそも、私より弱い男は視界に入らねえ。あと、どっちーかってーと女にモテてたな」
「あー、いいですいいです、そういうの。イメージを一切壊さない意外性のない発言」
「お前が聞いたんだろ。まあいいや、さっさと見ようぜ」
ミルコさんは、家主然とした顔でテレビの向かいにおかれたソファの中央に堂々と腰を降ろした。左右どちらに座っても問題のある距離感になってしまいそうで、俺は大人しく床に座る。
「とりあえず、定評のあるコレにしようと思うんですけど」
今日のために登録したアニメのサブスク。俺はブックマークしておいた作品一覧の中から、一番上のひとつを選んだ。
『席替えで隣の席になったのは、俺とは住む世界の違う超ギャルのクラスメイト。しかも“恋愛の授業”として隣の席同士で疑似恋人をやれって?!同じクラスにはずっと片思いしている幼馴染もいるっていうのに、ギャルの意外な一面で俺の心は揺らいでしまい――?!』
俺は、兎にも角にも今どきの男子高校生が何にときめくのかが知りたい。
ならば、多くの男子高校生の心をときめかせているだろう恋愛ものの作品を摂取すればいいんだ。
思考回路が在らぬ方向に向かっている自覚はある。恋すると論理的判断が困難になるって、大昔に公安の心理学の講義でも聞いた気がするなあ。
媒体は漫画でもライトノベルでも良かったけど、ミルコさんに飽きずに見てもらいやすいという点を考慮してアニメにした。
そもそも呼んだ理由は――仕事仲間と一緒に見ると、あたかも仕事の一貫のような気分になれるじゃないすか。ヒーロー活動には一切関係ないけどね。
いざ、拝見。
「だーもー!コイツうっじうじしてんなあ、好きなら本人に直接言えよ!」
ミルコさんは、なんだかんだで律儀だ。
途中から部屋に置いているトレーニング器具を勝手に使い始めはしたものの、背筋を鍛えながらテレビ画面に向かって突っ込みを入れてくれている。
俺はと言えば、実際には目にしたことのない常闇くんの高校生活をアニメの世界に重ね、固唾を飲んで見守っていた。
「ラッキースケベって……思ってたより、そのー、なかなか過激ですね」
「そうか? 修正なしで済んでんだから余裕だろ」
「でも常闇くんって、全然普通のどこにでもいる高校生じゃないですよね…? 真似するにして、設定からしてムチャある?」
「なんつーか。そもそもお前胸ねえじゃん」
「そこですよ……胸、ないんですよ。この場合どうやってラッキースケベ発生させたらいいんですか?」
「んな真剣な顔で考えることか?」
「そういえば、ミルコさんおっぱいすげーでかいですね。うわ、おれ今はじめてミルコさんのこと羨ましいと思っちゃいました」
「そうだ!私ダイナマの連絡先なら知ってるぞ。聞いてやろーか?」
「はぁ?!なんて言うつもりですか?」
「ホークスがあいつの性癖知りたがってるって」
「アウト!アウトに決まってるでしょ」
慌てて制止しようとスマホに手を伸ばすが、もちろん届かない。
「本人に聞いて、俺にかすりもしない答えが返ってきたら絶対凹むじゃないですか!」
「うわ。現実の男も、うじうじしてんなー」
まさかの本気だったのか。諦めてスマホを放り投げたミルコさんは、空いた手でジョッキを掴むと、心底つまらなそう表情をこっちに向けてきた。
+++
福岡での雄英インターン生とのチームアップ。
大型敵との空中戦の最中に、距離感を見誤ったために敵の爪が体スレスレを掠った。特注の強化繊維製インナーを破れたんだから、大した鋭さだ。
敵の能力に感心するのと同時に俺の頭に浮かんできたのは、切ない妬みだ。
――ああこれ、女性ヒーローだったらラッキースケベになるのにな。
もちろん、妬むような問題でもないことは分かっている。ヒーローの追っかけや野次馬の中には、そうしたアクシデントを狙う不届き者が多いのも事実だ。
あーそういや、公安時代に違法写真アップロードの削除作業を手伝わされた気がするな。しかも大元にあるヤバい団体のトップが現役ヒーローで?それが警察の捜査に引っかかる前に俺が掴まえた?うわ、嫌な記憶。
不愉快な回想のせいで余計な力が入ったのか、その後の戦闘は想定よりも大げさな立ち回りになった。
風切り2本で巨体をねじ伏せてそのまま、大通りの一車線分を交差点3つ分に渡って滑らせていく。途中に何台か車を巻き込んだ感触。うわ、警察車両も潰したなこれは。
勢いが止まり、相手がすでに気絶しているのを確かめたのは丁度駅前。
派手な動きをするつもりはなかったのに、随分と目立ってしまった。
上空にはヘリ。周囲には人だかり。そして隣には――常闇くん?
「ホークス、これを」
他の敵を相手にしているとばかり思っていた常闇くんが、いつの間にか隣に馳せ参じてくれていて、そして俺に自分のヒーロースーツの外套を差し出してくれていた。
「俺に?」
「……………………そのままだと風邪をひくのではないかと」
常闇くんが、一瞬だけこっちを見て、きゅっと眉をひそめてから顔を逸らす。
言われてみれば、さっき敵の攻撃でできたインナーの破れは、雑な道路滑走のせいでさらに大きくなっている。こりゃ、ほぼほぼ上裸だ。上着の方は……どこかに落としてきてしまったのだろうか。アレはまあまあ高価だし、回収できればいいけどな。
「そっか。じゃあ、借りようかな」
まだ秋になったばかりで、特段風邪をひくような寒さでもない。それでも常闇くんの優しさが嬉しかったので、差し出されたツクヨミのトレードマークでもある外套を素直に受け取る。
「では、後処理について警察に連携の段取りを聞いてくる」
俺が外套を羽織るのを見て、よし、と頷いた常闇くんは、そう言い残して去っていった。
その場に敵と共に残された俺は、改めて自分の今の状況を客観的に認識し直した。
「あれ、これって……彼シャツじゃん」
彼シャツは、この前ミルコさんと見たアニメで知った言葉だ。
正確にはシャツじゃないけど、貸してもらったという意味では同じだろう。
こっそり首を竦めてみたら、ふわっと常闇くんの匂いと温もりが感じられた気がして嬉しくなった。
勉強の甲斐もなく、結局自分だけが良い思いしちゃって。俺って恥ずかしいやつ。