体育祭にて
その日のミーティングの内容は、月末に控えた雄英高校の体育祭についてだった。常とかわらず、ホークスが早朝とは思えない軽快さで連絡事項を告げていったその最後、
「去年は新事務所立ち上げでバタバタしてたんでスルーしましたけど、今年度は職場体験の受け入れを再開しようと思います。ってなわけで、俺は当日会場で見学、もとい物色する予定です。前情報として気になる個性の子とかいたらそれぞれでピックアップしといてもらえると、俺としても目配りしやすくなるんでありがたいです。労働環境改善のためにも、良い新人ゲットしましょ~」
以上。
ミーティング後、浮かない顔をしている常闇に声をかけてきたのは、元々のホークス事務所立ち上げ時から所属している、最古参のサイドキックだった。
「常闇くん、ちょっといい?……もしかして、さっきの気にしてる?」
「なんのことですか?」
「ほら、職場体験の受け入れ再開するって話」
腰をかがめて耳打ちされた内容に、常闇は相手の意図は正確に読めないままにとりあえず返事をする。
「ああ、いえ…少し意外ではありましたが」
「もし雄英から新しい子が入ってきてもツクヨミみたいになることは多分ないと思うけん、安心して」
「いや、そういうわけでは……」
「ツクヨミが最初に事務所来てくれて以来、ホークスもかなり丸くなったけんね。前までは後進育成にかける時間なんて無駄ってはっきり言っとったのに。俺らへの当たりも優しくなったし、ほんとツクヨミさまさま――」
その話は、呼び出し来た!という別のサイドキックの掛け声で中断された。
まったく気にならないわけではないが、自分でも意外なくらい落ち着いて受け入れている。
“特別”になっておいたのが、よかったのかもしれないな。
雄英高校の体育祭は、ヒーロー業界全体にとっても年に一度の大イベントだ。日本全国から関係者が集まった結果、この時に久しぶりに顔を合わせることになる面々も多い。
「──珍しい。常闇もいっしょですか?」
「あ、イレイザーヘッドさん! いや、今日は俺ひとりです。司会お疲れ様です。絶叫実況楽しんでますよ」
ホークスの傍に近づいてくるまでの数メートル、カシャン、カシャン、と金属製の義足が歩くたびに音をたてる。間2、3メートル、適度な距離感で義足の音が止まると、相澤は右手でガシガシと首の裏をかいた。
「ちゃんとやれてますか、常闇は」
「もちろん。……やっぱ、“1-A“のことは気になるんですね」
「生徒間での贔屓をするつもりはないですが…やっぱりあの年は特別です。あんなことがあったんで」
「ははっ、懐かしむなんてらしくないすね」
「……1年の時、職場体験先で迷っている常闇にあなたの事務所を勧めたのは俺なんです」
「へえ」
「潜在能力はずば抜けてるはずなのに、それを生かし切れず二番手三番手に甘んじていた。足りないのは応用力だと、俺にいわれるまでもなく本人も自覚していたと思いますが」
「はあ」
「……それで、応用力を伸ばすならあなたのところが最適だろうという判断でした。まあ、ぶっちゃけると、職場体験の後になってその時の判断を一度は後悔しましたけどね」
「あ~~さすがにいろいろバレてましたか」
「いや、そもそもはあの年になってあなたが急にスカウトをかけてきた時点で、なにか怪しいと疑うべきでしたから」
「大切な教え子をないがしろにされて、頭にきました?」
「……全部、終わった話です。今はちがうでしょう」
「そのつもりです。彼の方がどう思ってるのかは分からないですけどね」
「評価してくれてることは、十分伝わってます。まあ、最初卒業後福岡に行くと聞いた時は少し驚きましたけど……」
「え? でもなんだかんだ毎年インターン来てましたよね。そんな意外でしたか」
「………………そういやそうですね」
「……相澤センセイ、俺に何か隠しごとしてます?」
「いや、在学中の、そのー、進路相談の時に、本人からいろいろと話を聞く機会があったので。なんというか、常闇はあなたに対して、こう、なかなか複雑な感情を抱いていたようでして」
「もしかして今オレ、動揺するイレイザーヘッドっていうすっごいレアもん見れてます?」
「これ以上は勘弁してください。生徒のプライバシーに関わるアレなんで──
『HEYHEYHEY!!相、澤、セン、セー!トイレが長すぎじゃありませんか~~?!第二試合スタートしちまうぜ?それまでに戻ってこなかったらクソしてた認定だからそこんとこよろしくうぅぅぅ――』
「やべ、はやく戻らないと」
二人のいる廊下に鳴り響いたプレゼントマイクの絶叫に、相澤は慌てながらもどこかほっとした顔で言った。
「なんかすいません、引き留めちゃって」
「こちらこそ。とにかく今は、あなたのこと信頼してます。常闇は…一人前かも知れないですけど、それならそれで、二人前三人前になるまでしごいてやってください。……ただ、今後もしその信頼が揺らぐようなことがあれば、俺は100%あいつの方に肩入れしますんで。そこんとこよろしくお願いします」
別れ際、時間がないとは思えないくらい淡々とした口調で長い口上を述べると、相澤は義足を軽快に慣らしながら颯爽とその場を去っていった。はーい、と元気の良い返事をしながら走り去る背中に手を振っていたホークスは、一人になると近くの壁にもたれ重いため息をついた。
「やだなあ。怖いよ母校」
最後に向けられたイレイザーヘッドの名にふさわしい眼光を思い出し身震いする。と、丁度その時ズボンのポケットの中で連絡用の端末が震えた。福岡にいる常闇からだ。タイミングの良いことに、相澤先生にあったらよろしく伝えておいてくれと書かれている。それを読んだホークスは、二度目のため息と共に肩のちからを抜くと「もうよろしくされた」と返事を打つ。それから、「常闇くんあいされてるね」とつけたし、送信ボタンを押した。
「……負けてられん」
スマホを鼻先に当ててひとりごちると、よし、と気合を入れ直し、相澤とは反対方向にある観客席へと駆け足で向かった。