玄鳥至
「あれ、常闇くんどうしたの?」
事務所の玄関前で頭上を見上げて突っ立っていれば、不思議がられても当然だ。ヒーロースーツに着替える前の軽装のホークスに声を掛けられた常闇は、そちらにいったん視線を向けてから、すぐに軒下に目を戻した。
「ツバメが」
常闇の簡潔な答えに、ホークスも手でつくった覆いを額に当て、頭上を見上げる。
「おっ、今年も来てるね~」
「今年も、ということは、去年もいたのだろうか? 記憶にないな」
「去年も来てたとおもうけど、新体制になったばっかでバタバタしてたから気づかなかったんじゃない? ……なんか、そもそも去年の春ごろの記憶が全然ないな」
「……俺もだ」
常闇がプロヒーローになった一年目は、新しい事務所設立に伴う諸々の申請と審査、挨拶回りに作戦会議と、漢字の通り心を亡くす勢いで忙しかった。去年の同じ時期に想いを巡らせようとしたが、季節感など感じる暇すらなかったというのが正直なところだ。横の男、Mt.レディのブラック事務所振りを笑ってはいけないだろう。
「1、2、3……おーおー、いっぱいいるねえ」
ジトっとした目を向けている常闇には気づかず、小さな巣の中で押し合いへし合いしているヒナを指さし数えるホークス。その横顔は明るかった。
「ツバメ、好きなのか?」
「鳥仲間だからさ、なんかかわいくなっちゃって」
ふむ、と頷き笑顔の横顔から再び頭上に視線を戻す。母親と勘違いでもしているのか、ヒナ達は常闇に向かってなにか必死に訴えるように嘴をパクパクとさせている。
「常闇くん、前に自分のことカラスって言ってたけど……よく見たらツバメの色にも似てるね」
ふいに、ホークスのグローブをしていない手が無遠慮に常闇の頭に触れてきた。おでこの辺りの羽根を、親指と人差し指で挟むようにしてなでられ、常闇の全身が強張る。
「そう、だろうか」
「うん。前にさあ、ここでヒナが巣から落ちちゃってたことがあってね。飛行訓練中みたいだったから、近くでちょっと見守ってたんだけど」
そんな牧歌的な光景、にわかには信じがたい。
ツバメのヒナを少し離れたところから見守るホークスを想像した常闇の口元にはついつい微笑みが浮かぶが、一方で、羽毛を撫でられる現実の感触に意識が引っ張られ脳が困惑する。
「その時のヒナの色に、にてる気がする。黒なんだけど、ちょっと青っぽいっていうかなあ。きれいな色だよね」
「う……」
観察している、という以上の他意はない。重々承知してはいるものの、あまり人に触れられることのない部位を弄られ、しかも撫でている相手が相手ということもあって、むずがゆいようなじれったいような。本能的にやましい感覚が沸き上がるのを抑えるのは、難易度が高い。
「それを言うなら、あなたの方がきれいでしょう」
半ば苦し紛れに、チラリ、とホークスの背中の翼に目を向けながらそう告げると、思惑通りか、ホークスは見開いた目をパチパチとまたたかせながら、常闇の頭から手を離した。
「あら。それはそれは、嬉しいね」
ホークスがわざと翼をバサバサと振り乱しために、頭上でツバメの子が怯えている。
んー、と視線を宙に彷徨わせたと思いきや、常闇に顔を戻し、左瞼だけを一度軽く閉じてみせた。あまりに自然なウィンクを受けて、恐らくホークスの思惑通り、反応に困る。
「恋人にきれいって言われるのは、意外と悪くない気分ですよ」
ふふん、と口の片端だけを上げて満更でもなさそうな顔で笑うと、照れ隠しなのか、常闇を置いてさっさと『ホークス・ツクヨミヒーロー事務所』の看板が掲げられた建物の中へと入って行ってしまった。
その背中を慌てて追いかければ、自然と逞しい背中を覆いつくす翼に目がいく。
嘘でも世辞でもない。
日の光を受け、勢いよく血の流れる血脈のように躍動する赤は、たまらなくきれいだ。
ただ、羽だけじゃなくて、その顔も髪も体も、須らくきれいだと思っているのだけれど。
などと伝えても、真面目には受け取ってくれないんだろうな。