告げ直す
ホークスから連絡があった──そう福岡の事務所にいるサイドキックから常闇に連絡があったのは、二人が長崎の上空で分かれた日の翌朝だった。
『今朝ホークスから連絡あったっちゃけど、今北海道におるらしい!よう分からんけど、今日中には福岡戻るから、常闇くんも適当に帰っておいでって』
その電話を受けてから数時間後、言伝通りに福岡へと戻って来たホークスは、常闇の家の玄関に気まずそうな顔で現れた。なぜか両手に大量の紙袋と大きなクーラーボックスひとつを持って。
「……怒ってる?」
玄関のタタキで靴を履いたまま、出迎えた常闇の顔を上目遣いに伺いながら尋ねる。
「怒ってはいない。……いや、腹が立ってはいる、ただ、それは俺自身に対してだ。それより、それらは?」
常闇の質問に、ホークスは両手を荷物事軽く持ち上げてみせた。
「ああこれ。けさ、小樽でちらっと市場覗いたら顔バレしちゃって。これも持ってけあれも持ってけって、気づいたらこんなんなってた。口に放り込まれたザンギがすげーうまくて。一緒に食べたいなと思って、そのまま来た、んだけど……」
尻つぼみになりそのまま途切れたホークスの言葉の続きを、常闇は黙って待っていた。寒い空気の中長距離で飛行したせいか、髪も肌も乾燥しているのが見て取れた。寄る辺の無い海の上の夜間飛行は、個性も精神も消耗しただろう。それでも、今この場で言うべきことがあるのを、どちらもが理解していた。
声が小さくになるのに合わせて俯いていたホークスが、数秒後、意を決したように顔を上げた。
「君が、群訝の跡地で最初に告白してくれた時のこと、あれからずっと考えてる」
「『あなたの中にいたい。あなたの視界の、思考の、心のどこかに常にいさせてほしい。頭からつま先までひとつも欠けてほしくない。そのためにそばで支えさせてほしい。誰かに縋りたいと思った時、最初に手を伸ばすのが自分であってほしい。あなたの、決して失われない一部でありたい』」
常闇が告げた内容をそのまま、一言一句違わず口にするホークスの声からは、本人の言葉通りこれまでに何度も繰り返し反芻したのだろう事実がたしかに感じられた。
「俺も同じだ、って思ったのは、嘘じゃない。でも俺は、それだけじゃなくて、はじめて出会った時からずっと……自分のために君を利用し続けてる」
眉尻を下げ、額に微かな皺を寄せ、まるで笑い方を今知ったばかりの生き物のように、不器用そうに微笑む。時折見せる、寂しげな、ともすれば感情の育っていない幼子のようなその表情は、常闇からすれば救いを求めている時の顔だった。
かつて緑谷が救い出した少女、エリちゃんと同じだ。未だに交流のある彼女は、最近ようやく普通に笑えるようになってきた。この人は、一体いつになれば心から笑えるようになるのだろうか。
「……すればいいだろう。好きなだけ、利用すればいい。それで──」
俺無しでは生きられなくなればいいんだ。
腹の底から湧き上がってきた言葉をみなまで言いかけたところで、これは口にしてはあならぬと戒める理性でもってなんとかとどまる。ただその勢いは削ぎきれず、言葉の代わりに獣じみた息を漏らしながら、目の前の肩にしがみついた。玄関の段差分高い位置からの抱擁で常闇の腕に抱えこまれたホークスは、上半身のバランスを崩して前につんのめり、手にしていた袋のいくつかが床に落ちた。
「うわ、っと──」
「ホークス……もう、……抱きたい」
腹の奥がの震えが止まらぬせいか、すべての音に濁点のついた、喉を押しつぶして絞り出したような声が常闇の口から漏れた。
耳元でそれを聞いたホークスの体が、常闇の腕の中で強張る。その緊張を感じても、もはや常闇には出してしまった言葉を引っ込めることはできなかった。情けない言い方も嫌だったが、他に言いようもなかった。
みなまでいえない汚い感情を持て余して、行き場のない衝動をぶつける先が、ここしかない。
これで完全に拒否されるかも知れないと、そんな不安も、もう考える余裕が無かった。涙が出ていないのが不思議なくらい、目頭が熱かった。
ホークスは、抱き着かれた拍子に取り落とさなかった荷物を剛翼で床に下ろすと、空いた両手を常闇の背中に回した。ぎゅ、と自らの体を常闇の方に押し付けるように抱きしめ、黒い部屋着の首元に額を預ける。
「俺も、そう思って今日ここ来とるけん」
は?と、常闇が驚愕の声を挙げる。慌てて密着していた体を離し。ホークスの顔を見る。恥ずかしそうにはにかみ、目が合わないように脇へと視線を逸らしていた。
「最近はね、割と、君からそう言ってくれるの待ってたとこあるから。俺からは言い出しにくくって……」
そこで言葉を止めると、常闇の首元に片手を添えて嘴の側面にゆっくりと顔を寄せていった。そのまま、わざと軽いリップ音をたててキスをした。そして、その行動に対する驚きで再び大きく見開かれた常闇の目を見て、ふふ、と嘴に唇を触れさせたまま笑う。
「ズルくてごめんね」
だから泣かないで常闇くん、とホークスに言われてようやく、常闇は自分が泣いていることを自覚した。