告げ合う
因縁深い山荘跡地にて、常闇が数年来にわたって募らせてきた俗物的な想いを包みかくさず伝えると、ホークスはしばらく口に手を当て無言で考え込んでから、うん、と、髭を擦りながら一度頷いた。
「それなら、多分、俺もおんなじ感じだと思う」
「……つまり」
「恋人になろうってことだよね。仕事だけじゃなくて、プライベートでもパートナー」
ひょいひょい、と人差し指で宙にハートマークを描きながら、事もなげに話をまとめる。
重々しく捧げた告白をあまりに軽やかに受け止められてしまい、常闇は幾分拍子抜けしていた。一体、これは信じていいものか――
「そうときたら、はやく帰って祝杯あげなきゃね」
困惑している常闇の傍へと一足飛びに寄ってきたホークスが、ポンポンと常闇の肩を叩き、白い歯をみせて笑う。
流された、わけではない。それならば信じていいだろう。
――して、人間とはなぜこうも現金な生き物なのか。
常闇は数分前とは180度も変わってしまった自分の感覚に、わずかな恥ずかしさを覚えていた。
怨念が淀み溜まる鬱蒼とした場所とばかり思っていた廃墟の、そこかしこで咲いている春の花々が唐突に視界にはいってくる。激しい風の温度さえも心地よく感じ、草木が擦れ合うざわめきも、自分を祝福してくれている拍手のように聞こえた。清浄明潔、美しい春だ。
浮かれて足取りの軽くなっている常闇を見て、ホークスも愉快そうに笑っていた。と思いきや、ふいに、あっ、と高い声を挙げながら手の平を打ち合わせた。そして、良いことをおもいついた、と言いたげな顔で常闇に視線を向ける。
「ちょっと、寄り道しようか」
福岡への帰路を東方向へ回り道した先で、地上近くを低空飛行する二人の真下には満開の桜が視界に収まりきらないほどの範囲に渡って咲き誇っていた。
「すごいな!」
目下のピンクの絨毯に感嘆の声をあげる常闇に、ホークスは「でしょ~」と得意げに笑っていた。
常闇には、今の自分が近年まれに見る浮かれ方をしている自覚はあった。だが、その余分を差し引いても、想像上の天国にいるとしか思えない鮮やかな風景だった。
「――あのさ、そういう関係になるなら、先に言っておかなきゃいけないことだと思うんだけど」
成人男性二人が乗っても問題のなさそうな太い枝を選んで横並びに座ると、ホークスがそう切り出した。桜の花の傘の下に入ったために、表情はわずかに陰って見える。
その表情と不穏な前置きの仕方に常闇が警戒すると、それを見たホークスは困ったような苦笑いを浮かべた。
「いや、たいしたことじゃないんだけど…うーん、たいしたことなのかな?」
「大丈夫だ、何を聞いても驚きはしない」
それは、ホークスに向けてというよりは、常闇自身に言い聞かせるために口にした言葉だった。両手を膝の上に正して言葉を待つ。
「おれね、もうすぐ魔法使いになるんだよ」
は?と、呆気にとられたそのままが声に出る。一体なんと、と聞き返すより先に慌てて考えを巡らせれば、思い当たる節はあった。しかし、30歳を過ぎても童貞だと魔法使いになる――そんなインターネットスラング紛いをホークスが知っていること自体が、常闇にとっては意外過ぎた。見聞の広さが、妙な方向に発揮されていやしないか。
「それはつまり……」
「うん。今までに、そういう経験が一度もないの」
「一度も?」
「うん。あ、もしかして引いてる?」
「いや、引いてはいない。人それぞれで然るべき事柄だろう」
「そう言ってくれて良かった。俺の場合、経験がないっていうか、そもそもそっちの欲求が全然なくて。だから、常闇くんとも、正直そういうことをしたいと思えるか、できるのかが自分でも分からない。……それでも良い?」
「も、ちろん」
常闇の返事の言葉がたどたどしくなったのは、動揺したのではなく、前のめりになった拍子に枝の上でバランスを崩したせいだ。話を聞いている途中から、結論として聞かれる問いは察していた。そして、答えも当然決まっている。
「大丈夫だ。それに、したいと思わないのなら無理をする必要もない」
「あ、そう?」
「そして、あなたが魔法使いになるのなら、俺をその使い魔にしてほしい」
「え、なにそれ」
常闇の言葉に、ホークスは唇の端を引きつらせ、大笑いしたいのを堪えているような不自然な表情をつくる。
「魔法使いの供と言えば、カラスが定番だろう」
何を当たり前のことを、と言外に仄めかしつつ確信めいた言い方をすれば、ホークスは堪えきれないというように笑顔で顔面を盛大にほぐした。
「ははっ、ほんとわけわかんないねー君って子は」
そう感心した次の瞬間には、枝からスルリと滑り降りたそのままの勢いで、2、3度空中を宙返りしている。ワハハハ、と豪快な笑い声が広い空に響き渡って、桜の山で木霊する。
あちらはあちらで、随分と浮かれているじゃないか。
そのことが目に見えて分かるだけでも、常闇は十分満足だった。