幻燈祭

 年が明けてしばらく経ったある日、ホークスから遠征の予定を聞かされた常闇は、質問を投げかけた。
「ランタン・フェスティバルなら、むしろ本番は夜だろう。警備の手伝いの予定は昼だけになっているが、これでいいのか?」
「うん。まー、その……ぶっちゃけ、そっちがついでだから」
「は?」
「二人の休みの日程合わせるのも大変だし、仕事の予定入れればスムーズにデートできるなあとか思った次第デス」
「なかなか大胆な犯行だな」
「年末年始はえっぐいくらい忙しかったし、これくらいの職権乱用は許してもらってもいいかなー」
 ね、と書類を両手に抱え、わざとらしさ満載でかわいらしく首を曲げる。そんなホークスに、常闇は内心の喜びを隠すために、わざと呆れた視線を向けた。
「常闇くん見たことないっていうし、行きたそうだったから」
 学生時代ホークス事務所にインターンに来るまで、九州にほとんど縁のなかった常闇にとっては、珍しいイベントや風習は溢れている。今回も、以前にテレビの特集をたまたま見かけた時に常闇が俄然目を輝かせていたのを、ホークスも覚えていたのだろう。
 事務所の外に出ると、北風がヒーロースーツの隙間に吹き込み常闇のマントを勢いよく巻き上げた。首元を差す空気が冷たい。
 それでも、気分が穏やかに高揚しているせいか、寒さもそこまで気にならなかった。
 暦の上ではもう間もなく2月。立春だ。春になれば、去年墓参りの後に寄った関西の山々も、再びピンク色の絨毯で染まり始めるだろうか。


 地上の喧騒から上空へと逃れて、他の観光客の目につかない建物の給水塔から、眼下に広がる灯りの海を見下ろす。たくさんの人の頭が蠢く辺りから少し離れた方へと目をやると、川を渡すように吊るされた無数のランタンの明かりが水に滲んでいた。さらに遠くを見れば長崎の街の夜景も広がり、夜にしては賑やかな風景だった。
 きれいだ、という感想を口には出さずに噛みしめた常闇は、隣に視線を移す。
 ホークスは、鳳凰を模した大きなランタンオブジェの前で撮った二人の写真を、SNSに投稿するために加工している。昼間の警備の際に、宣伝ヨロシク、と言われたのを律儀に守っているようだった。
 昼間の警備も、二人に与えられた役割は警備というよりも一種の見世物担当だった。
 この祝祭の期間は、空を飛ぶものならどんなものでも見ると縁起がいいと、そういうしきたりがあるらしい。飛行系の個性のものが他にも何人か集められていた。
「急遽って言われたけど、こりゃ元々そのつもりだったのかな。ま、こっちとしてはのんびり見物できていいけどね。ダークシャドウは大丈夫?」
 地上に向かって手を振り返しながら、ホークスはそう言っていた。晴天の中飛行を続け「うん」とも「ふにゅ」ともつかない殊勝な返事しかできなかったダークシャドウは、ここに登ってくるまで昼間以上に明るいランタンの間を歩かされたこともあり、疲れ切ってしまったのか今は静かだ。
 疲れているのは、ダークシャドウだけでもない。仕事ではないという意識もあってか、夕方から遊び回った疲れはそのまま心地よく蓄積されている。自然と言葉数も少なくなっているが、そもそも二人きりの時のホークスが存外静かなことは、ここ一年で常闇も熟知しつつあった。
 常闇の視界の中、スマホ画面に照らされた横顔が、風に吹かれた羽で隠れたり現れたりを繰り返す。御簾の隙から覗き見ているようで、少し眠そうな顔はいつも以上に整って見えた。
「きれいだな」
「……景色に向かっていいなよ」
 てっきり画面を見ていると思ったホークスが、画面に目を向けたまま苦笑する。
「さっきの飾りじゃないが、剛翼の色は本当に鳳凰か不死鳥のようだ」
「いいんだよ、あんまそういうこと言わなくて」
「いやか?」
「いやではない、けど、ほめられると、なんかな……」
 体の横で風にそよぐ羽根を弄び、もどかしげに言葉を選ぶ。
 常闇は、この一年でホークスが言葉を選ぶのを待つ時間が好きだと気づいた。速さを信条とする男が、殊更に時間をかけて迷い、なんとか自らの感情を伝えようとしてくれている様は、ただ愛おしかった。
「……そうだな。そもそも、俺は俺の個性を自分のものだと思ってないのかも知れない」
 選んだ末に、淀みのない口調で告げられた言葉に、ホークス本人も言いながら得心しているようだった。
「おれの羽、荼毘に燃やされたあと、一度はエンデヴァーさんのために生えてきた。だから、あの時の羽はエンデヴァーさんのものだと思って使った。……でも、その次は常闇くんのためだったから」
 剛翼の一枚を手に持つと、神妙な顔で話を聞かれているのが気まずいのか、からかうように羽根の先で常闇の嘴の先を撫でる。
「だから、俺のこれは、今は常闇くんのものみたいなもんだね」
「……ならば、もっと大切にしてくれ」
「あはは、ごめんごめん。どうせ生えてくるって思っちゃってねー」
 手にしていた羽根を、自分の鼻先に持ち上げてしげしげと眺めると、不思議そうに首を傾げながら話を続けた。
「それでも、前よりは大事にしようって思えてるよ。ダークシャドウを毎日見てるからか、個性の意思みたいなのが気になっちゃって。緑谷くんの件もあるけど」
 そう言って、奥で眠っているダークシャドウの代わりに、常闇の腹のあたりに目を向ける。自己分析をするホークスの顔は、どこか嬉しそうだった。
 道行く人々の喧騒、遠くから聞こえる獅子舞の囃子。
 地上に腰を落ち着けているのに、ふわふわと体が浮き上がっているような不思議な感覚だった。
 愛しい。手が届く。受け入れられている。
 その実感に浮足立ったそのまま、気がつけばキスしていた。
 血肉が沸き踊るとはこういうことか。ドラムのごとく力強く脈打つ心臓を中心に、全身がまるでひとつの楽器になったかのようだった。
 心音が体内を反響して、骨や皮膚が躍動している。
 自分の想像など遙かに超えた先にあったのだと直感的に分かる、まるっきり未知の感覚だった。
 

 常闇は身体的な特徴の都合で、普通の人のような気軽さでキスができない。
 とはいえ、恋仲になればそうした接触を避けては通れないし、過去に付き合った相手ともキスはしていた。が、正直なところ、わざわざ少しの無理をしてまでキスをするのを、面倒に感じてしまうことの方が多かった。
 それが今はどうだろうか。
 ずっと、こうしたかったのだと。自分の欲望に正直になってしまえば、頭の靄が一気に晴れていくような爽快感があった。
 永遠のようにも思えた時間は、本当に一瞬だったのだろう。
 ぱちり、と瞬きをした感覚があって、その次にはもう二人の顔は離れていた。
 我にかえった常闇の目の前には、眉をくしゃりと曲げ、笑いたいのか泣きたいのか分からないような表情で口元を抑えるホークスの顔があった。
 バサリ、と翼が大振りに空気をかく音が響く。
「頼む、ま、ってくれホークス!」
 常闇がホークスの手首を掴もうと伸ばした手は、寸でのところで届かなかった。引き留める常闇の手を逃れたホークスは、あ、と言う間には二人のいた場所の数メートル上空まで舞い上がっていた。
 まだ追いつける。
 その咄嗟の判断も、追うべきではない、とすぐに取り消し、その場で足に力を込め踏みとどまる。
 去り際に常闇の方を見下ろしていたホークスの表情から、嫌悪の感情が読み取れなかったのだけが唯一の救いだった。

<<閑話2あなたの>>