いたいのいたいのとんでけ
事のきっかけとなったのは、大阪でのチームアップ案件だった。
「なぁ~、もう一軒くらいええやんホークス。大阪くることなんてめったないんやし」
ファットガムが肩に腕を回すと、腕を回すだけには収まらず、回された方は自然と豊満な脂肪に埋もれてしまう。
常闇は、二回りは大きいファットガムの体に半分以上隠れてしまっているホークスの姿を、二人の一歩後ろから見守っていた。
「いいですけど、もちろん奢りですよ?」
「わーっとるわーっとる!最近見つけた店、わい好みのかわいいおねえちゃんいっぱいおんねん。言われんでも気いついた時には財布の紐ガッバガバですわ」
「……俺は先にホテルに戻っています。ファットガム、ごちそうになりました。明朝にまた」
「おお!ほんまええ子やねー常闇くんは。ほな、明日も活躍期待してんでー!おやすみ!!」
体のサイズに対して細く見える腕をブンブンと振るファットガムの影で、ホークスは苦笑いで常闇に向かって「ごめん」とジェスチャーで伝えてきた。常闇は道頓堀のアーケードに消えていく二人を見送ってから、ホテルまでの道を足早に歩きだした。
ホークスが日付の変わる数分前にホテルに戻った時、常闇はまるで待ち構えていたかのように、出入り口に体の正面を向けてベッドに腰かけて腕を組んでいた。
「あれ? 先に寝ててよかったのに?」
「そのつもりだったが、寝付けなくてな。……あの後、ファットガムと何を話してたんだ」
「えーと、9割9分、下世話でくだらない話しかしてないと思うけど」
「俺も馬鹿じゃない。人払いをしたくてあんな言い方をされたのは分かっている。……以前にも、ファットガムと一緒に表ざたにできないような案件を処理していたんだろう」
「あー……」
アルコールのせいで体が熱いのか、ホークスは話をしながら、ヒーロースーツの厚手の上着と、そしてズボンまでを煩わしそうに脱ぎ去った。それから、常闇の座っている向かい、ツインベッドのもうひとつにドサリと腰を下ろした。上下共にインナーだけの姿になったホークスを目の前に、常闇はさりげなく視線を脇にずらす。
「それは、ちょっと誤解かも。ファットさんは純粋に麻取との共同捜査、で、俺は公安の依頼でそこに関わってるヒーローの情報を先回りして潰してただけ。むしろ邪魔してた、みたいな?それに、今はそういうのやってないから」
「ムッ……」
「ファットさんも、適当なこと言ってやんなっちゃうな~」
ホークスは、あーあ、と呻きながら両腕を天井に向かって挙げると、そのまま背中からベッドに倒れ込んだ。
「……それはそうだとしても、時折、報告なしで活動していることは知っている。事情があるのは承知しているから、何をしているのかは教えてくれなくても構わないが」
ベッドに倒れ込んだホークスが、常闇が寂しそうに言った言葉を聞くと、再び上体を起こし、常闇を見た。
「君が心配してくれてるのは分かった。でも、ここで説明するのもなんだから、……常闇くんも一回一緒に来てみる?」
いつぞやと同じ説明のほとんどない提案に、常闇も相変わらず、ほぼ考えることなく首肯した。
「人が苦しんだり傷ついたりする要因って、必ずしも敵(ヴィラン)だけじゃないからね」
大阪でのファットガム事務所とのチームアップから福岡へ戻ってきて数日後、正規のヒーロー活動が終了した後で、ホークスが常闇に一緒に来るように誘った。
夜更けの福岡の街の、繁華街からは少し離れた住宅街のマンションの屋上を飛び移るようにして移動していく。飛んで回るのではなく、屋上の様子をひとつずつ確かめるようにして。
何を探しているのか。
常闇にはホークスの意図が分からず、それでも直接尋ねることは控えて後をついて回る。
答えは、小一時間のパトロールの末に明らかになった。
とあるビルの屋上。自由に出入りできるため、行き場のない者たちの溜まり場となっているだろことは降り立ってすぐに想像がついた。
そしてその屋上の手すりの傍に立つ人影が、ホークスの目的だということも。
二人の存在、というよりも先んじてそちらに向かって歩み寄っていたホークスを見た少年が、驚きと不快感に眉をひそめる。
「まさか、ホークス……なんでこんなとこにおると?」
「邪魔してごめんね、たまたま通りがかっちゃって」
ホークスは少年の警戒心を解こうと笑顔で話しかけながら、体の横に垂らした手のひらを背後に向け、数歩後ろをついてきていた常闇に制止するよう示した。大人しくその指示に従い足を止めた常闇は、その場からなりゆきを見守った。
足の動きをゆるめないホークスに、少年の表情の怯えは増していく。そして一定の距離にまで近づいた時、近寄るな!と叫ぶのと同時に、少年の周りの空気が歪んだ。
変形系の個性だ。常闇は両手でガードし、刮目する。本来ならば少年の腕があるはずのところには、機械時計の内部のような無数の歯車の組み合わさった機械があった。
ガリガリと、少年の個性が激しい金属音をたてる。その音に紛れて、なおかつ距離を置いて見守っている常闇のいる位置からは距離があるため、少年がホークスに向かってひたすらに叫んでいる言葉まではハッキリと聞き取れなかった。それでも「偽善者」や「ニセモノ」といった単語だけは、その言葉の強さも相まって自然と耳に飛び込んで来る。
制御できていない故の恐ろしさはあっても、個性としての力はない。無造作にとんでくる部品をさばけないはずがないのに、ホークスの剛翼はさっきから背中で畳まれたまま、一枚たりとも動かされる気配すらなかった。
真っ直ぐに少年の元まで辿り着いたホークスが、地面にへたりこんだ少年本人の体を抱く。それから数秒後、少年の個性が生みだした金属の部品たちは意思を失い、一挙にコンクリートの上に落ちていく。バラバラと降り注ぐ雹のような激しい打音がしばらく響く。音が途切れた後に聞こえてきたのは、ホークスの腕の中で少年がすすりなく声だった。
少年の興奮が落ち着くまでホークスが傍についているのを、常闇は別の場所で待っていた。ただひとりでいると、先ほどの屋上での光景を思い出してしまい、気分が落ち着かない。ホークス達の向かった交番近くの公園で、夜の闇に喜んでいるダークシャドウを遊ばせて暇をつぶす。
「いや~お待たせお待たせ」
現れたホークスを、すかさずベンチの方へと促し座らせる。
「顔、怪我しているだろう。こちらへ」
「ああ、ただのかすり傷だよ。でもお願いしようかな。ありがと」
首や頬など、むき出しになっていた部位についた擦過傷に、手持ちの道具を使って消毒をしていく。その途中で、今回の傷より前についた頬の火傷痕に指先が触れる。他の部分とはちがう皮膚の感触に常闇はなおさら怯みそうになった。
大人しくされるがままの状態で、ホークスが話を始めた。
「親子喧嘩の拍子に個性が暴走して、お母さんのこと傷つけちゃったんだって。それがショックで思わず家飛び出して、どうしようもなくなってあそこにいたらしい」
「そうか……」
「一応、個性カウンセリングも受けるように勧めておいた。あれねー、俺も子どもの頃公安で受けさせられたけど、意味あったとも思えないんだよな」
訝しげに細めた目で遠くを見ながら、ホークスが肩をすくめ、ため息を吐く。
義務教育期間に定期的に行われる一斉個性カウンセリングの他にも個々の生育状況や個性の種類に応じて肉体的、精神的なサポートは継続される。
「俺も、親が心配して幼い頃に何度も受けた記憶がある。他の者より頻度は多かっただろう」
「……個性が本人とは別の人格を持つのは珍しいからね」
「ああ、子どもの発達段階で意識にどういう影響を及ぼすのか、両親はもちろん専門医にとっても未知の領域だ。今となれば、両親の不安も良く分かる」
話している間に消毒も終わり道具を仕舞い終えた常闇は、膝の上に両手を揃えホークスに向かって軽く頭を下げた。
「ホークス、疑ってすまなかった。それと、こんな風に踏み入るような真似をしたことも謝りたい」
「や、そもそも隠してるつもりもなかったから、全然いいよ。それに、常闇くんが来てくれたおかげで前より暇になったからこういうことできてるんだし……まあ、ちょっと恥ずかしいけど」
ホークスがはにかみながら、膝の上で揃えている常闇の手を両手で包み込むようにして握り、自分の膝の上まで持っていく。
「君は、俺なんかよりもっとずっと強い。でも、俺が常闇くんのこと好きなのは、強いのが理由じゃないから」
「では、なにが理由だ?」
「そりゃもちろん……ひみつ」
人差し指を唇の前に立てて笑ってみせるホークスに、答えをもらえるとはそもそも思っていなかった常闇は肩をすくめ笑い返した。
「常闇くんのカウンセリングの記録、見てみたいな。……ん? 普通こういう時って、子供の頃の写真とかアルバムが見たいっていうのか」
「どちらも実家にあるはずだ。いつでも見に行ける。発現したばかりの頃のダークシャドウは、今よりもちいさくて可愛らしいぞ」
「ははっ、そうなの?」
「カワイクネーヨ!」
黙っていられずに常闇の指示もなく出てきたダークシャドウの不満たっぷりの声が、深夜の公園に反響する。しずかにしろ、と常闇はたしなめたが、ホークスは気にする様子もなく笑っている。
「じゃあ、いつか見せてもらいにいこうか」
その言葉に、常闇はできるだけ力強い言い方で、ああ、と頷いた。