服を買う
「服? いいけど、俺洋服買うのにけっこう時間かかるよ?」
「時間?」
「うん。行きなれてる店ならまだいいけど、そうじゃなかったら採寸にけっこう時間とられるから」
「そうか、剛翼のためか」
常闇が、合点がいったとばかりにホークスの背中を指さすと、ホークスも、そうそう、と首を縦に揺らした。
「それくらいは大丈夫だ。待つのは嫌いじゃない」
「ならいいけど。じゃあ、次の休みにでも」
簡単な約束を済ませてそれぞれが持ち場に戻った後、ひとりになった常闇は、スムーズに休みに出かける予定が決まったことに喜び、気もそぞろになっていた。
しかし、はたと気がつく。
採寸をするからには、店員がホークスの体に触れるのだろう。裸ではないかも知れないが、裸の可能性が高い。翼の付け根に穴をあけるのだから、胸部と背中が主な測定範囲だ。店員が男か女かは分からないが、それはもはやどちらでもいい。業務上の必要とは言え、あの体に遠慮なく触れている様を見て、もちろん目の前ではないとしても、耐えられるだろうか?
手の中でコーヒーの缶が潰れる。
いまの時点ですでに、想像だけでもギリギリ耐えられていない。
約束通りに丸々半日を使って買い物に出かけた、その日の夜。
床に就いた常闇は、嫉妬心以上に厄介な感情を持て余して、一人ベッドの上で呻いていた。楽しかった、とい満足感に浸りながら大人しく眠れればいい夢を見れたものを、目を瞑った途端に浮かぶのは、その日一日に見たホークスの、ヒーローをしている時とはちがう無防備な表情やしぐさ。そして、そこから引き出される完全に常闇の妄想上の産物でしかないあられもない痴態だった。
今日は天気予報通りの晴天で、全国的に真夏日となった。半分屋外のショッピングモールで、数分日差しの下にいるだけでも額から汗が滲み、軽く眩暈がするくらいだった。
『あっつ……』
気だるそうに汗を拭いながら顔に溜まった熱を逃がそうとするホークスの、吐息交じりの声が蘇る。
『とこやみくん、も、あつい…ん、っあ』
途中から現実の記憶を離れ、脳内では勝手に裸にしてしまっている。
アイスを食べる時に、口元でチラチラと動く真っ赤な舌。ファンの求めに応じて翼を触られている時の、擽ったそうに笑う顔。ゲームセンターのクレーンで失敗して悔しそうに顰められた眉。試着したズボンが細すぎたのに対して発した、悩ましげな声。
『あー、ダメかもなあ、結構キツい』
一日の記憶を粉々に砕いた上でお湯を注いで膨張させたような妄想でも、常闇にとっては十分な刺激だった。
『あ、ぁあ、ダメ……ん、キツ、も、いっちゃう……!』
「っぐ……!っはぁ、はぁ……」
自らの手の中で果てた常闇は、ティッシュまで手を伸ばす気力もなく、熱の籠った掛布団を蹴って除けると、そのままぐったりと脱力した。
最低だ。恥を知れ、常闇踏陰。
そう胸中で自らを叱咤する常闇の視線の先には、サイドテーブルに置かれたシルバーのリングがあった。今日の買い物で寄った店のひとつで、常闇くんに似合いそう、と言い出したその数秒後にはレジに颯爽と向かっていた。今日分かったことだが、ホークスの買い物にはほとんど迷いがない。
そもそも、ファッションアイテムのひとつ程度の気軽さで買い与えてきたものの、指輪はさすがに意味深すぎるし荷が重い。あれを平常心で身に着けられる日が、いずれ来るのだろうか?
――俺、人に個人的なプレゼントするの、これが初めてかも。
買ったばかりの指輪を手ずから常闇の指に嵌めながら、照れくさそうに笑っていた。
ふしだらな妄想を爆発させるに至った一番の要因はあの一連の行為だ。思い返すと、もはや抗いようのないレベルの破壊力の爆弾を落とされていた気がして、仕方がない、と少し気が楽になってきた。