SS シンラクサカベは受け入れられない 8 これで終わりです 続きを読む 「子どもかァ! そりゃいたら楽しいだろうとは思うけど、でも欲しいからつくるってもんでもないしな」 ラーメン屋でするには不向きな話題だったか、という俺の心配も余所に、桜備総隊長はほとんど間も置かずあっけらかんとした調子でそう答えた。俺たちはカウンターの一番奥の席に横並びで座り、注文したラーメンができるのを待っている。第8時代から通っている馴染みのラーメン屋は、再創造された世界でも変わらない味で営業を続けてくれている。とは言え、2人で来るのは随分と久しぶりだ。 「今は、それこそシンラの子どもとか、そのまた子ども達が無事に暮らせるような世界をつくりたいって方が大きいかもなァ」 壁にかかったメニューを眺めながら、昼飯をどこで食べるのか悩むのと変わらないトーンで壮大な夢を口にする。自分の子どもと世界の平和、並べて比べる内容でもないと思うけど、平然と並べて考えてしまえるのがこの人のすごいところでもある。 「うーん? いや、無事にっていうよりは“楽しく”、か」 そう言って、親指と小指を立てた右手を俺に見せながらニヤリと笑った。俺は照れ笑いで口元がひきつるのを感じつつ、同意を込めて同じハンドサインを返した。 「かといって、自分の幸せを諦めたとかじゃなくて、それが俺にとっては幸せのひとつでもあるってことな。そもそも、自分の幸せ諦めてないからこうなってるわけだし……」 こうなってる、と濁した言い方をしながら指先で頬をかく。その様子を見て、俺もつい眉が下がり、詰まっていた息が自然と抜ける。本人に幸せなのだと言われてしまえば、出せる口は何もない。 「あの………総隊長は、新門総指揮のどこが好きなんですか?」 「おぉ、それ、知りたいのか?」 「総隊長が嫌じゃなければ」 唐突な質問に明らかに困惑した表情を浮かべていたが、俺が早々引き下がりそうにないのが分かると、しばらく首を左右前後に捻りながら真剣に悩んでくれた。それから、悩まし気な表情で首を傾げたまま、への字になっていた口を開いた。 「うーん……シンラもそうだけど、やっぱ部下の前だとちゃんとしなきゃって意識が働くからか、ついカッコつけちゃうんだよなァ俺。だから今回のことも、なんか恥ずかしくて言うタイミング逃しちまって。隠してたみたいで、ごめんな」 「いえっ、俺の方こそ変な騒ぎ方をしてしまって、ご迷惑おかけしました」 敬語で謝った俺の下げた頭に、諸々の反省がのし掛かる。一番の反省は、アーサーのようにうまく距離感を詰められれば、と思って結局できないまま今の今まで来てしまったことのような気がする。別に友達になりたいわけじゃないけど、せめてもう少し気楽に接せれていれば見え方も違ったかも知れない。俺は出会った時からずっと、この人の器の大きさに救われて、同時にそこに溺れてもいるんだ。 「それでまあ、そういう意味では一緒にいて気が楽なのかもな。上も下もないというか、展望(まえ)も反省(うしろ)も無理して見なくていい感じが……いや待て、いいのかコレ?」 そういう意味では、こうしてちょっと顔を赤くしながら困っている様子を見るのは貴重な機会な気がする。父でも兄でも、師匠でも、ただの上司でも、目標でも壁でもない。大隊長は大隊長なんだ。この人が国や世界を離れて一人の人でいられる場所があるなら、それは多分、俺にとっても幸せなことだ。 「あとまあ、本人の性格的にも、多少のことじゃ動じないくらい打たれ強いし、精神的に丈夫というか……」 なんだろう。なんかこの前新門総指揮も似たようなことを言っていた気がするけど、黙っておこう。代わりに別の気になっていた事柄を思い出したから、そっちを話題にすることにした。 「そういえば、この前新門総指揮にお会いした時になんか変なこと言ってましたよ。なんか、サンコンがどうとか……」 「サンコン?」 「はい、盃の話してる時に……」 「ああ、多分それ三々九度のことだよ。原国式の結婚の儀式」 「けっ……!?」 「そうそう。大きさの違う三種類の盃で、それぞれ三回ずつ飲むから三々九度。皇国の結婚式は教会でやるのが普通だったから、俺らには馴染み薄いよな」 「そっ、そそうですね」 結婚というワードをまったく受けとめ切れていない状態で同意を求められ、返事の声も思わず上擦ってしまった。それでも、桜備総隊長は特に気にした様子もなく、平然とした顔で話を続ける。 「いろいろ意味が込められてるらしいけど、三つの盃の内、小さいのが過去で、中くらいが現在、で、一番大きいのが未来を意味してるんだと」 両手の親指と人さし指で大きさの違う三段階の円をつくって見せながら、そう説明してくれた。ちょうどそのタイミングで、二人分のラーメンが出来上がった。おまちどおさま、という声と共に背後から差し出され、それぞれの目の前に置かれたラーメンどんぶり。白い湯気とともに立ち上るおいしそうな匂いに思わず鼻の穴が広がる。 「大きい盃で未来の繫栄を祈るっていうからには、こんくらい大きければ安心感あるよなァ」 ほら、と総隊長が自分のラーメンどんぶりを両手で持ち上げ、俺の方に近づけてきた。その行動に最初は困惑した俺も、すぐに意図を理解した。手にしていた割り箸を置き、同じように両手でどんぶりを持ったが、できたてのラーメンは普通に熱い。慎重にどんぶりを持ち上げると、ちょうど同じ高さになったところで、総隊長の方からどんぶりを近づけてくれた。手にした器の大きさに緊張しつつ、しっかりと両手で支え持って待ち構えていると、カチン、と陶器のふち同士がぶつかり硬く軽い音を立てた。 「俺とシンラと、この世界の未来に乾杯」 笑顔と共にそう言われても、俺には無言で引きつった笑いを返すのが精一杯だった。そのままどんぶりに直接口をつけて塩辛い豚骨ラーメンの汁をすすりながら、口の中だけじゃなく目頭も熱くなってくるのを感じ、ぎゅっと目を瞑って耐えた。そして、たとえお互いが誰とどんな生き方をすることを選んだとしても、この先ずっと、俺はこの人と一緒に未来を創っていきたいと強く思った。いや、創っていくんだと、心に誓った。 〆 畳む 2025/04/24
これで終わりです
「子どもかァ! そりゃいたら楽しいだろうとは思うけど、でも欲しいからつくるってもんでもないしな」
ラーメン屋でするには不向きな話題だったか、という俺の心配も余所に、桜備総隊長はほとんど間も置かずあっけらかんとした調子でそう答えた。俺たちはカウンターの一番奥の席に横並びで座り、注文したラーメンができるのを待っている。第8時代から通っている馴染みのラーメン屋は、再創造された世界でも変わらない味で営業を続けてくれている。とは言え、2人で来るのは随分と久しぶりだ。
「今は、それこそシンラの子どもとか、そのまた子ども達が無事に暮らせるような世界をつくりたいって方が大きいかもなァ」
壁にかかったメニューを眺めながら、昼飯をどこで食べるのか悩むのと変わらないトーンで壮大な夢を口にする。自分の子どもと世界の平和、並べて比べる内容でもないと思うけど、平然と並べて考えてしまえるのがこの人のすごいところでもある。
「うーん? いや、無事にっていうよりは“楽しく”、か」
そう言って、親指と小指を立てた右手を俺に見せながらニヤリと笑った。俺は照れ笑いで口元がひきつるのを感じつつ、同意を込めて同じハンドサインを返した。
「かといって、自分の幸せを諦めたとかじゃなくて、それが俺にとっては幸せのひとつでもあるってことな。そもそも、自分の幸せ諦めてないからこうなってるわけだし……」
こうなってる、と濁した言い方をしながら指先で頬をかく。その様子を見て、俺もつい眉が下がり、詰まっていた息が自然と抜ける。本人に幸せなのだと言われてしまえば、出せる口は何もない。
「あの………総隊長は、新門総指揮のどこが好きなんですか?」
「おぉ、それ、知りたいのか?」
「総隊長が嫌じゃなければ」
唐突な質問に明らかに困惑した表情を浮かべていたが、俺が早々引き下がりそうにないのが分かると、しばらく首を左右前後に捻りながら真剣に悩んでくれた。それから、悩まし気な表情で首を傾げたまま、への字になっていた口を開いた。
「うーん……シンラもそうだけど、やっぱ部下の前だとちゃんとしなきゃって意識が働くからか、ついカッコつけちゃうんだよなァ俺。だから今回のことも、なんか恥ずかしくて言うタイミング逃しちまって。隠してたみたいで、ごめんな」
「いえっ、俺の方こそ変な騒ぎ方をしてしまって、ご迷惑おかけしました」
敬語で謝った俺の下げた頭に、諸々の反省がのし掛かる。一番の反省は、アーサーのようにうまく距離感を詰められれば、と思って結局できないまま今の今まで来てしまったことのような気がする。別に友達になりたいわけじゃないけど、せめてもう少し気楽に接せれていれば見え方も違ったかも知れない。俺は出会った時からずっと、この人の器の大きさに救われて、同時にそこに溺れてもいるんだ。
「それでまあ、そういう意味では一緒にいて気が楽なのかもな。上も下もないというか、展望も反省も無理して見なくていい感じが……いや待て、いいのかコレ?」
そういう意味では、こうしてちょっと顔を赤くしながら困っている様子を見るのは貴重な機会な気がする。父でも兄でも、師匠でも、ただの上司でも、目標でも壁でもない。大隊長は大隊長なんだ。この人が国や世界を離れて一人の人でいられる場所があるなら、それは多分、俺にとっても幸せなことだ。
「あとまあ、本人の性格的にも、多少のことじゃ動じないくらい打たれ強いし、精神的に丈夫というか……」
なんだろう。なんかこの前新門総指揮も似たようなことを言っていた気がするけど、黙っておこう。代わりに別の気になっていた事柄を思い出したから、そっちを話題にすることにした。
「そういえば、この前新門総指揮にお会いした時になんか変なこと言ってましたよ。なんか、サンコンがどうとか……」
「サンコン?」
「はい、盃の話してる時に……」
「ああ、多分それ三々九度のことだよ。原国式の結婚の儀式」
「けっ……!?」
「そうそう。大きさの違う三種類の盃で、それぞれ三回ずつ飲むから三々九度。皇国の結婚式は教会でやるのが普通だったから、俺らには馴染み薄いよな」
「そっ、そそうですね」
結婚というワードをまったく受けとめ切れていない状態で同意を求められ、返事の声も思わず上擦ってしまった。それでも、桜備総隊長は特に気にした様子もなく、平然とした顔で話を続ける。
「いろいろ意味が込められてるらしいけど、三つの盃の内、小さいのが過去で、中くらいが現在、で、一番大きいのが未来を意味してるんだと」
両手の親指と人さし指で大きさの違う三段階の円をつくって見せながら、そう説明してくれた。ちょうどそのタイミングで、二人分のラーメンが出来上がった。おまちどおさま、という声と共に背後から差し出され、それぞれの目の前に置かれたラーメンどんぶり。白い湯気とともに立ち上るおいしそうな匂いに思わず鼻の穴が広がる。
「大きい盃で未来の繫栄を祈るっていうからには、こんくらい大きければ安心感あるよなァ」
ほら、と総隊長が自分のラーメンどんぶりを両手で持ち上げ、俺の方に近づけてきた。その行動に最初は困惑した俺も、すぐに意図を理解した。手にしていた割り箸を置き、同じように両手でどんぶりを持ったが、できたてのラーメンは普通に熱い。慎重にどんぶりを持ち上げると、ちょうど同じ高さになったところで、総隊長の方からどんぶりを近づけてくれた。手にした器の大きさに緊張しつつ、しっかりと両手で支え持って待ち構えていると、カチン、と陶器のふち同士がぶつかり硬く軽い音を立てた。
「俺とシンラと、この世界の未来に乾杯」
笑顔と共にそう言われても、俺には無言で引きつった笑いを返すのが精一杯だった。そのままどんぶりに直接口をつけて塩辛い豚骨ラーメンの汁をすすりながら、口の中だけじゃなく目頭も熱くなってくるのを感じ、ぎゅっと目を瞑って耐えた。そして、たとえお互いが誰とどんな生き方をすることを選んだとしても、この先ずっと、俺はこの人と一緒に未来を創っていきたいと強く思った。いや、創っていくんだと、心に誓った。
〆
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