SS シンラクサカベは受け入れられない 4 森アイのターン 続きを読む 「アーサーが言うには『救出イベントに成功してるんだから当然の結果』だって。なんだよそれ。そもそもあの時助けにいったの俺たちが先じゃんか」 歩行者天国の賑やかな通りに面したオープンカフェ。パラソルの影の下で、透明なグラスに入ったアイスコーヒーを啜った後にストローを噛む。丸いテーブルを挟んだ向かいの席で、俺のぼやきを聞いたアイリスが不思議そうに首を傾げた。 「でも、シンラさんは本当に気づいてなかったんですか? ちっとも?」 「それは――」 アイリスの指摘は鋭く、俺の後ろめたさを的確に刺した。 実のところ、明言こそしないまでも隠す気もさほど無かったのだろう二人の行動には、オグンに聞かされる以前から俺も引っかかっていた。総隊長は帰る機会のそう多くない自宅を更新のタイミングで浅草の方に移したし、滅多なことでは浅草から外に出たがらなかった新門総指揮を元第8の詰所でちょくちょく見かけるようになっていたし。あとは、部下相手にでも割と丁寧に接する総隊長が指先だけで指揮官を呼びよせたり、総隊長が若い隊員に囲まれてる時の指揮官の顔がやたら不機嫌そうだったり。 思い当たる節を脳内で並べてみると、それなりにある。やっぱり、気づいてなかったというよりは…… 「気づかないふりしてた……の方が正しいかも知れないですね」 「正直、私は紅丸さんのことあまり良く知らないんです。前の世界の時もシスターの身では浅草に行きづらくて、あまりお話しする機会も無かったですし。でも、シンラさんやアーサーさん、タマキさんからお話を聞いてると、それだけでいい人だって分かりますよ」 「もちろん、俺にとってはどっちも憧れの存在なのは間違いないんですけど。あまりに意外というか……」 「私も、桜備さんは姉さんみたいに強くてきれいな女の人と結婚するのかなーって勝手に想像したりしたことはあります。でも、それも勝手な想像ですもんね」 「そうですね……意外ではあるけど、他人がどうこういうことじゃないっていうのは分かります」 「じゃあ~……あ、女性関係にだらしないとか? 人気メンさんですし、原国は一夫多妻制もわりとふつうだったって聞いたことがありますけど」 「いや、それも別に……」 新門総指揮は、酒とギャンブルに関しては懸念点しかないものの、女性関係については意外なほどに身ぎれいだ。悪い噂を聞いたことがない反面、色っぽい噂も耳にしたことがない。とはいえタマキのスケベられも動じないまでもちゃんと見てはいたし、酒の席での猥談にケラケラ笑いながら乗っている姿も見たことがある。それでも、性格的にさして強い興味は無いのだと勝手に思っていた。 こうしてアイリスと話していると、ますます分からなくなってきた。分からない、もう何が分からないのかが分からない状態だ。 「そんなに気にしなくていいんじゃないですか? 一時の気の迷いで、すぐに別れるかも知れないし」 うーんと悩んでいるところに彼女の口からにしては意外な内容が出てきて、俺は動揺を隠そうとアイスコーヒーのグラスを大げさな動作でテーブルに戻した。 「でっ、も、責任が生まれるもんじゃないですか。付き合うってなったら」 「そうでしょうか? シンラさんが死を軽くしてくれたこの世界では、愛だってもっと自由になって良いんじゃないですか?」 アイリスが細い首を後ろに逸らし、頭上を見上げる。つい真似して首を曲げると、ビニール製の白いパラソルの無骨な骨組みが目に入る。初夏の強い日差しは、目を射すほどではないがパラソル越しでもはっきりと感じられた。 「太陽と同じで、永遠に続くものなんてない。シンラさんと私だって、10年先、20年先まで一緒にいるかは分かりません。これから先、もっと好きになったり、やっぱり嫌いになったり……別の人を好きになったりするかも」 「そんなの、ありえないですよ?!」 アイリスが最後に少し声をひそめて付け足した言葉を、俺は思わず椅子から立ち上がる勢いで否定した。 「ある“かも”っていう話です。でも、信じていたものがたとえ嘘だったとしても、それまでの自分が否定されるわけじゃない。そのことを教えてくれたのもシンラさんじゃないですか」 「まぁ……そんなもんですかね」 好きな女の子に「いつか嫌いになるかも」なんて言われるのはそれなりに堪える。でも、アイリスの場合は嫌味のつもりなんてこれっぽっちもなくて、思ったことを本当にそのまま言っているだけだと分かるからまだ受け止められた。 いや、そもそもだ。インカの話題よりはマシかと思ったけど、こんな話を聞かせられて気を悪くしていないだろうか。二人こうして顔を突き合わせて喋るのも随分久しぶりだ。にも関わらず俺はほぼほぼアイリスとは無関係な他人の恋愛話を続けている。俺が彼女だったらぶちギレてる――と思ったけど。 「……アイリス、なんか嬉しそう? じゃない?」 俺の指摘に驚いたアイリスは、ハッと小さな口を丸く開き、手の平で押さえた。 「あれ? 私ってやっぱり分かりやすいですか? そうなんです。これまでは私の悩みをシンラさんに聞いてもらってばっかりだったから、こうして相談してくれるのが嬉しくて」 「悩みってほどのことでも……」 今更になって、悩み相談の内容が男としてあまりにも情けない気がしてきた。でも同時に、聖女然とした彼女の笑顔を見ていて、ふと思いついたことがあった。 「……前に、フォイェンさんが言ってたんです。信じるモノがないと人は崩れてしまう、って。大隊長も総指揮もみんなに信じられる側の存在で、それが当たり前に思ってたけど……でもじゃあ、お二人は何を信じたらいいんだろうって……」 「もしかして、がんばって受け入れようとしてますか?」 「まあ、そりゃ……ガキみたいな駄々こねてもしょうがないし」 「……シンラさんは、やっぱり優しいですね」 大好きです。と、アイスティーのストローを指先でつまんで、ニコ、と音が聞こえてきそうな丸みを帯びた笑顔を浮かべる。 たとえシスターじゃなくなっても、彼女が自分にとって向日葵のような存在であることに変わりはない。光の方を見ているんじゃなくて、彼女の見ている先に光が生まれるのだ。 そう思える相手がいるって、すごく幸せなことなのかも知れない。 アイリスの風にそよぐ綺麗な前髪を見ながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。 畳む 2025/04/13
森アイのターン
「アーサーが言うには『救出イベントに成功してるんだから当然の結果』だって。なんだよそれ。そもそもあの時助けにいったの俺たちが先じゃんか」
歩行者天国の賑やかな通りに面したオープンカフェ。パラソルの影の下で、透明なグラスに入ったアイスコーヒーを啜った後にストローを噛む。丸いテーブルを挟んだ向かいの席で、俺のぼやきを聞いたアイリスが不思議そうに首を傾げた。
「でも、シンラさんは本当に気づいてなかったんですか? ちっとも?」
「それは――」
アイリスの指摘は鋭く、俺の後ろめたさを的確に刺した。
実のところ、明言こそしないまでも隠す気もさほど無かったのだろう二人の行動には、オグンに聞かされる以前から俺も引っかかっていた。総隊長は帰る機会のそう多くない自宅を更新のタイミングで浅草の方に移したし、滅多なことでは浅草から外に出たがらなかった新門総指揮を元第8の詰所でちょくちょく見かけるようになっていたし。あとは、部下相手にでも割と丁寧に接する総隊長が指先だけで指揮官を呼びよせたり、総隊長が若い隊員に囲まれてる時の指揮官の顔がやたら不機嫌そうだったり。
思い当たる節を脳内で並べてみると、それなりにある。やっぱり、気づいてなかったというよりは……
「気づかないふりしてた……の方が正しいかも知れないですね」
「正直、私は紅丸さんのことあまり良く知らないんです。前の世界の時もシスターの身では浅草に行きづらくて、あまりお話しする機会も無かったですし。でも、シンラさんやアーサーさん、タマキさんからお話を聞いてると、それだけでいい人だって分かりますよ」
「もちろん、俺にとってはどっちも憧れの存在なのは間違いないんですけど。あまりに意外というか……」
「私も、桜備さんは姉さんみたいに強くてきれいな女の人と結婚するのかなーって勝手に想像したりしたことはあります。でも、それも勝手な想像ですもんね」
「そうですね……意外ではあるけど、他人がどうこういうことじゃないっていうのは分かります」
「じゃあ~……あ、女性関係にだらしないとか? 人気メンさんですし、原国は一夫多妻制もわりとふつうだったって聞いたことがありますけど」
「いや、それも別に……」
新門総指揮は、酒とギャンブルに関しては懸念点しかないものの、女性関係については意外なほどに身ぎれいだ。悪い噂を聞いたことがない反面、色っぽい噂も耳にしたことがない。とはいえタマキのスケベられも動じないまでもちゃんと見てはいたし、酒の席での猥談にケラケラ笑いながら乗っている姿も見たことがある。それでも、性格的にさして強い興味は無いのだと勝手に思っていた。
こうしてアイリスと話していると、ますます分からなくなってきた。分からない、もう何が分からないのかが分からない状態だ。
「そんなに気にしなくていいんじゃないですか? 一時の気の迷いで、すぐに別れるかも知れないし」
うーんと悩んでいるところに彼女の口からにしては意外な内容が出てきて、俺は動揺を隠そうとアイスコーヒーのグラスを大げさな動作でテーブルに戻した。
「でっ、も、責任が生まれるもんじゃないですか。付き合うってなったら」
「そうでしょうか? シンラさんが死を軽くしてくれたこの世界では、愛だってもっと自由になって良いんじゃないですか?」
アイリスが細い首を後ろに逸らし、頭上を見上げる。つい真似して首を曲げると、ビニール製の白いパラソルの無骨な骨組みが目に入る。初夏の強い日差しは、目を射すほどではないがパラソル越しでもはっきりと感じられた。
「太陽と同じで、永遠に続くものなんてない。シンラさんと私だって、10年先、20年先まで一緒にいるかは分かりません。これから先、もっと好きになったり、やっぱり嫌いになったり……別の人を好きになったりするかも」
「そんなの、ありえないですよ?!」
アイリスが最後に少し声をひそめて付け足した言葉を、俺は思わず椅子から立ち上がる勢いで否定した。
「ある“かも”っていう話です。でも、信じていたものがたとえ嘘だったとしても、それまでの自分が否定されるわけじゃない。そのことを教えてくれたのもシンラさんじゃないですか」
「まぁ……そんなもんですかね」
好きな女の子に「いつか嫌いになるかも」なんて言われるのはそれなりに堪える。でも、アイリスの場合は嫌味のつもりなんてこれっぽっちもなくて、思ったことを本当にそのまま言っているだけだと分かるからまだ受け止められた。
いや、そもそもだ。インカの話題よりはマシかと思ったけど、こんな話を聞かせられて気を悪くしていないだろうか。二人こうして顔を突き合わせて喋るのも随分久しぶりだ。にも関わらず俺はほぼほぼアイリスとは無関係な他人の恋愛話を続けている。俺が彼女だったらぶちギレてる――と思ったけど。
「……アイリス、なんか嬉しそう? じゃない?」
俺の指摘に驚いたアイリスは、ハッと小さな口を丸く開き、手の平で押さえた。
「あれ? 私ってやっぱり分かりやすいですか? そうなんです。これまでは私の悩みをシンラさんに聞いてもらってばっかりだったから、こうして相談してくれるのが嬉しくて」
「悩みってほどのことでも……」
今更になって、悩み相談の内容が男としてあまりにも情けない気がしてきた。でも同時に、聖女然とした彼女の笑顔を見ていて、ふと思いついたことがあった。
「……前に、フォイェンさんが言ってたんです。信じるモノがないと人は崩れてしまう、って。大隊長も総指揮もみんなに信じられる側の存在で、それが当たり前に思ってたけど……でもじゃあ、お二人は何を信じたらいいんだろうって……」
「もしかして、がんばって受け入れようとしてますか?」
「まあ、そりゃ……ガキみたいな駄々こねてもしょうがないし」
「……シンラさんは、やっぱり優しいですね」
大好きです。と、アイスティーのストローを指先でつまんで、ニコ、と音が聞こえてきそうな丸みを帯びた笑顔を浮かべる。
たとえシスターじゃなくなっても、彼女が自分にとって向日葵のような存在であることに変わりはない。光の方を見ているんじゃなくて、彼女の見ている先に光が生まれるのだ。
そう思える相手がいるって、すごく幸せなことなのかも知れない。
アイリスの風にそよぐ綺麗な前髪を見ながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。
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