SS シンラクサカベは受け入れられない 3 続きを読む 慣れない土地での夜間移動は危険が多い。森羅発の予期せぬハプニングで足を止めた一隊は、結局日程の繰り上げはかなわずに当初の予定通り野営地で一晩とどまることになった。 「昼間の件、なんだかんだ楽しんでましたよね」 横倒しになった木に腰掛けた桜備は、焚き火のすぐ前にしゃがみこむ紅丸の横顔に向かってそう声をかけた。 迦具土神とまで称された男は、人体発火現象が収まった世でも炎に愛され続けている。今も、火の粉が肌にふりかかりそうな距離で平然としているし、手のひらをかざされた焚き火の火は常時よりも勢いよく燃え、まるで踊っているように見えた。 桜備の問いかけに紅丸は少し間を置いてから、まあな、と口角を軽く上げた。 「はじめて第七(うち)に押しかけてきた時を思い出した。シンラもあん時は威勢が良かったのに、妙に懐かれちまっておもしろくなかったからな」 「だからって、せっかく負傷者ゼロで済みそうだったのに1人増やしてくれちゃって……」 「あいつが弱いのが悪い」 きっぱりと言い切った紅丸に対して、桜備もそれ以上文句を言う気は無かった。代わりに昼間の妙に真剣な森羅の顔を思い出しながら目線を遠くに投げ、眉尻を下げた情けない顔で長いため息と独り言を吐く。 「しかし、シンラもなんかゴチャゴチャ言ってたけど、まあ、一番最初のが一番言いたかったことなんだろうなぁ……。なんで教えてくれなかったのか、かぁ。普通上官のプライベートな事情なんて知りたくないと思うんだけど。隠しごとされてたって思ったんなら、悪いことしたのかもな」 「そいつは本人に聞くしかねェだろ」 ふいに立ち上がった紅丸は、大股で桜備のところまで歩み寄ってくると、目の前に立ちおもむろに右手を持ち上げた。 伸ばされた手は、桜備の頬と耳たぶを掠めて首の裏に到達した。うなじを包み込み、剃りあげられた髪の毛のきわを確かめるように親指がゆっくりと動く。炎にかざしていた手のひらは、触れられた瞬間に分かるくらいに熱を帯びていた。その熱が伝播するように、桜備の顔にも熱が溜まってくる。炎の揺らめきを反射して滲んだ赤い目が視界に収まらない距離にまで近づいてきたところで、そっと目を閉じた。 会話が途切れた静寂のなか、パチパチと薪が爆ぜる音が響く。角度を変えながら数度触れて離れてを繰り返したものの、紅丸の舌は薄く開かれた桜備の唇の内には入らず、下唇を横にひとなめだけすると顔ごと離れていった。それに気づいた桜備は、閉じていた目蓋を開いて素早く瞬きを繰り返しながら、拍子抜けした声をあげた。 「え? しないんですか?」 「ダメだ。犬っころの顔が浮かんで気が削がれる……」 上の方へと視線を向けうんざりとした顔でそうぼやくと、ふいっと身を翻し、焚き火の傍へと戻っていく。その着物の裾を、桜備の手が慌てて掴み引き留めた。 「ちょっ、それはないでしょ」 「あァ?」 「いやだって、アレは煽られますよ、さすがに。別に疑ってたわけじゃないけど、本気で好かれ…や、その…あいされてる自信もないもんで」 着物を掴んでいない方の手で口元を押さえゴニョゴニョと申し立てる伏し目がちな桜備の顔は、炎に照らされているせいだけではなく不自然に赤くなっていた。訴えている内容の気恥ずかしさのせいか、眉間には皺がよっている。振り返った体勢のまま見下ろし黙って聞いていた紅丸は、おもむろに右手を動かすと、その眉間の皺辺りを狙って指を弾いた。 っだ!と、デコピンの痛みに桜備が声をあげ手を離す。自由になった着物の裾を捌いて振り返った紅丸は、桜備の短い前髪を掴んで無理矢理上を向かせた。強引な動作に、桜備もさすがに顔をしかめたが文句は言わなかった。 「聞き捨てならねェな。クソガキの件もそれが原因だろ。てめェが自信満々で愛されてれば、誰も文句なんか言わねェんだよ」 「さぁ~……どうでしょう」 「俺が人に指図されるのが死ぬほど嫌いなのは知ってるな?」 紅丸の突然な質問に、冷や汗をかいている桜備は、無言で、掴まれた状態でも可能な範囲で縦に首を振った。 「唯一てめェだけだ、俺に上から物申していいのは。だから……なにをどうして欲しいのか、一から十まで全部言えばその通りにしてやるよ、総隊長殿」 そう言って、長い前髪の下の目を細めてニマリと笑う。先にねだったのは桜備の方なのに、やっぱりもういい、などとは今さら言い出せない空気になっていた。 畳む 2025/04/12
慣れない土地での夜間移動は危険が多い。森羅発の予期せぬハプニングで足を止めた一隊は、結局日程の繰り上げはかなわずに当初の予定通り野営地で一晩とどまることになった。
「昼間の件、なんだかんだ楽しんでましたよね」
横倒しになった木に腰掛けた桜備は、焚き火のすぐ前にしゃがみこむ紅丸の横顔に向かってそう声をかけた。
迦具土神とまで称された男は、人体発火現象が収まった世でも炎に愛され続けている。今も、火の粉が肌にふりかかりそうな距離で平然としているし、手のひらをかざされた焚き火の火は常時よりも勢いよく燃え、まるで踊っているように見えた。
桜備の問いかけに紅丸は少し間を置いてから、まあな、と口角を軽く上げた。
「はじめて第七に押しかけてきた時を思い出した。シンラもあん時は威勢が良かったのに、妙に懐かれちまっておもしろくなかったからな」
「だからって、せっかく負傷者ゼロで済みそうだったのに1人増やしてくれちゃって……」
「あいつが弱いのが悪い」
きっぱりと言い切った紅丸に対して、桜備もそれ以上文句を言う気は無かった。代わりに昼間の妙に真剣な森羅の顔を思い出しながら目線を遠くに投げ、眉尻を下げた情けない顔で長いため息と独り言を吐く。
「しかし、シンラもなんかゴチャゴチャ言ってたけど、まあ、一番最初のが一番言いたかったことなんだろうなぁ……。なんで教えてくれなかったのか、かぁ。普通上官のプライベートな事情なんて知りたくないと思うんだけど。隠しごとされてたって思ったんなら、悪いことしたのかもな」
「そいつは本人に聞くしかねェだろ」
ふいに立ち上がった紅丸は、大股で桜備のところまで歩み寄ってくると、目の前に立ちおもむろに右手を持ち上げた。
伸ばされた手は、桜備の頬と耳たぶを掠めて首の裏に到達した。うなじを包み込み、剃りあげられた髪の毛のきわを確かめるように親指がゆっくりと動く。炎にかざしていた手のひらは、触れられた瞬間に分かるくらいに熱を帯びていた。その熱が伝播するように、桜備の顔にも熱が溜まってくる。炎の揺らめきを反射して滲んだ赤い目が視界に収まらない距離にまで近づいてきたところで、そっと目を閉じた。
会話が途切れた静寂のなか、パチパチと薪が爆ぜる音が響く。角度を変えながら数度触れて離れてを繰り返したものの、紅丸の舌は薄く開かれた桜備の唇の内には入らず、下唇を横にひとなめだけすると顔ごと離れていった。それに気づいた桜備は、閉じていた目蓋を開いて素早く瞬きを繰り返しながら、拍子抜けした声をあげた。
「え? しないんですか?」
「ダメだ。犬っころの顔が浮かんで気が削がれる……」
上の方へと視線を向けうんざりとした顔でそうぼやくと、ふいっと身を翻し、焚き火の傍へと戻っていく。その着物の裾を、桜備の手が慌てて掴み引き留めた。
「ちょっ、それはないでしょ」
「あァ?」
「いやだって、アレは煽られますよ、さすがに。別に疑ってたわけじゃないけど、本気で好かれ…や、その…あいされてる自信もないもんで」
着物を掴んでいない方の手で口元を押さえゴニョゴニョと申し立てる伏し目がちな桜備の顔は、炎に照らされているせいだけではなく不自然に赤くなっていた。訴えている内容の気恥ずかしさのせいか、眉間には皺がよっている。振り返った体勢のまま見下ろし黙って聞いていた紅丸は、おもむろに右手を動かすと、その眉間の皺辺りを狙って指を弾いた。
っだ!と、デコピンの痛みに桜備が声をあげ手を離す。自由になった着物の裾を捌いて振り返った紅丸は、桜備の短い前髪を掴んで無理矢理上を向かせた。強引な動作に、桜備もさすがに顔をしかめたが文句は言わなかった。
「聞き捨てならねェな。クソガキの件もそれが原因だろ。てめェが自信満々で愛されてれば、誰も文句なんか言わねェんだよ」
「さぁ~……どうでしょう」
「俺が人に指図されるのが死ぬほど嫌いなのは知ってるな?」
紅丸の突然な質問に、冷や汗をかいている桜備は、無言で、掴まれた状態でも可能な範囲で縦に首を振った。
「唯一てめェだけだ、俺に上から物申していいのは。だから……なにをどうして欲しいのか、一から十まで全部言えばその通りにしてやるよ、総隊長殿」
そう言って、長い前髪の下の目を細めてニマリと笑う。先にねだったのは桜備の方なのに、やっぱりもういい、などとは今さら言い出せない空気になっていた。
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