ツキハヒガシニ

    

SS

    
シンラクサカベは受け入れられない 2




「新門“大隊長”!」
 意識より先に体が動いていた。発火能力を失った今でも、俺の体はラピッドのスピードを覚えているらしい。ここぞという時の高い集中力が必要だけど、筋肉の力だけでそれなりに速く動ける。脳も、脚も。
 動いた切欠は、遠く視線の先で新門総指揮の手が桜備総隊長の肩に触れるのが見えた時だ。多分。正直自分でも分からない。ただ、その次の瞬間には俺の体は二人の間に割り込んでいた。
「……あァ?」
 俺が突然現れたのもそうだけど、割り込むと同時に叫んだ名前を聞いて、その場にいた全員がなにやら違和感を覚えた顔をしていた。今は使われなくなった、口に馴染んだ新門総指揮のかつての呼び名が出てきたのも無意識だった。
「桜備総隊長と!お付き合いされてるって本当ですか?!!」
 俺が白目を剝いて荒野の果てまで響く声量で叫んだ質問に、一旦辺りが静まり、それからまず、チッ、と舌打ちが返ってきた。
「……だったらなんだってんだ」
 イラついてる顔でこっちを見ながら、俺に弾き飛ばされた右手の甲を摩っている。隙を突かれたのが気にくわないんだろう。俺からしても、意図的ではないとは言え一撃食らわせられたのはほとんど奇跡に近い。この人は、発火能力が無くなった世界でも最強の名をほしいままにしていて、能力のハンデが無くなった今でも実力差はほとんど変わっていない。それなのに、なんで俺は現在進行形で喧嘩を売ってるんだ?
「どうして、俺に教えてくれなかったんですか」
「どうしたもこうしたも、言う必要がねェからなァ。知ったらどうだってんだよ」
「そ、そもそも、なんでですか? お二人共、普通に女の人好きでしたよね?」
「べつに理由なんてねェよ。俺が惚れた時にはまだ売れ残ってたんだ。手ェ出して何が悪い」
「売れ残りって……じゃあ、総隊長のこと本気で好きってことですか?」
 俺がそう質問を重ねると、新門総指揮は顔の左半分だけを歪めて形相を変え、腰の刀を鞘ごと外して右手に持ち替えた。上半身の力が抜けて体が斜めに傾ぐ。どのタイミングでも瞬時に間合いを詰めてこられそうな、嫌な緊張感が漂い始めた。
「馬に蹴られて死にてェのか? 他人の喧嘩とこういうことには、いちいち首突っ込んでくるもんじゃ――……ねェだろ」
 先手必勝、と、稽古の癖もあってつい相手が喋っている途中で脚が出た。が、もちろんそのまま決まるわけもなく、最小限の動きだけで俺の回し蹴りはかわされた。
「新門総指揮のことは心から尊敬してます。けど! 正直コレに関しては全然信用できないです!」
「あァ? 希代のすけこましが何言ってやがる。女のケツ追っかけてフラフラフラフラしてる奴に文句言われる筋合いねェだろうが」
「なっ、そそ、そうですけど! それとこれとは別問題なんで!」
 淡々とした口撃と共に、ガンッガンッガンッ、と軽くはない勢いで右左からリズミカルに叩きつけられる鞘を、勢いに押されて徐々に後退しながらも辛うじていなす。危険を察知したのか、すでに俺たちの周囲に人は誰も居なくなっていて、一部の人は遠巻きにこっちを眺めているた。紺炉さんだけが、他よりもやや近い位置で心配そうな顔をしている。
「とにかく、俺はっ……俺は認めてませんから!」
「だから言ってんだろ。てめェに認めてもらう必要はこれっぽっちもねェ。何様だオイ? ちっと神様んなったからって調子乗ってんじゃねェぞオラ」
「何回も説明してますけど、おれは、神様じゃないんですって!」
「じゃあとっととくたばって仏になれや」
 ガンッ!とそれまでよりも強い力でぶつけられた鞘を右腕で受けるのと同時に、空いた脇腹を蹴られて吹っ飛ばされる。それでも咄嗟に受け身をとる程度の余裕はあって、すぐに体勢を立て直し、両手を前に出して構え直した。
「前に自分で言ってたじゃないですか。意思は戦って証明するもんだって。だったら、俺のことぶっ飛ばして認めさせてくださいよ」
 キッと眉間に力を込めて新門総指揮を見据えていても、内心では、なんでそんな啖呵を切ってしまったのか、この瞬間になっても俺は自分の心情をよく理解できていなかった。混乱と動揺に突き動かされた、ただの勢いだ。でも、撤回するにはもう遅すぎた。
「……喧嘩売ってきたのはそっちだ。腕の一本くらい叩き落とされてもわめくなよ」
 そう言うや、手にしていた刀を投げ捨て、肩に引っ掛けていた羽織も脱ぎ去る。顔の前に見慣れた手刀を構えたその瞬間、新門指揮官の呼吸の仕方が変わるのを感じた。命の呼吸だ。いや、命の呼吸を超えて一気に重量級の死の圧を感じる。冷や汗がドッと噴出して、口角が引きつっていく。ついさっきインカの巨大モンスターと対峙したよりもよっぽど激しく、本能が身の危険を訴えていた。
「おいシンラ」
「……はい」
 落ち着いた声色で呼びかけられ、乾いた喉に張り付きそうになった声をなんとか絞り出して返事をした。
「言っておくが、どれくらい本気なのか証明しろってんなら、お前を百万遍殺したところで足りねェからな。覚悟しろ……いや、後悔して死ね」





「……こういう時に言うセリフ教えましょうか?」
「ううん、別にいいよ」
「『お願い!私のために争わないで!』ですよ」
 いいって言ってんのにさぁ、と火縄の進言をため息で流してから、桜備は腕を組んだままゆっくりと天を仰いだ。空が青い。響く罵声も高く吸い込まれていく。この空が、そして世界全体が黒い炎に包まれた瞬間を、直前に絶命した桜備は知らない。自分の死が世界崩壊のトリガーになったという顛末を知ったのは再生した後になってだ。
「なんか平和って感じするなぁ」
 空に向かって呟いた桜備の独り言に、火縄が「まったくです」とこの男にしては珍しい、かすかに笑いを含んだ明るい声で応えた。


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