SS 桜を彫りたい紅丸の話6 続きを読む 「なにが思い過ごしなんですか」 独り言のつもりで呟いた紺炉は、ふいに話しかけられて、ギョッと驚き眉を吊り上げた。 「驚いた。いたのかい」 「通りがかったんです。総隊長に用があるので」 いつの間にか横にいた火縄は、いつも通りの淡々とした口調で答えながら、紺炉の背中のすぐ後ろにある扉を人差し指で指し示した。 「今日はどうなさったんですか?」 「ああ、ちょっとばかしお礼と、あと花見の相談を」 「まだ正月も過ぎたばっかりだっていうのに、浅草の人は気が早いですね」 皮肉というより、本気で感心している様子で火縄が驚く。眼光鋭く言葉に棘はあるものの、真面目な男だ。 「そういや子供が産まれるんだって? めでてェこった」 「無事に産まれるまではめでたくもなんともありません。死がフワッフワに軽くなったこの世界で、生の重みは余計増していると考えていますから」 表情を変えずに言い切り、クイ、と眼鏡のフレームを指で押し上げる。少し俯いた顔の眼光が幾分落ち着き、わずかに不安までもが滲んでいるのが紺炉からすると意外だった。 「総隊長とはお話を?」 「まあ、ほんの数分ってとこだが」 「……紺炉指揮官補佐から見て、総隊長に何か変わった様子はありませんか?」 火縄のその質問に引っかかりを覚えた紺炉は、思わず首を捻った。奇しくもついさっき自分が桜備に尋ねたのとほとんど同じ質問だったからだ。 「何か、ってェと……」 「特に無ければ構いません。忘れてください」 言い淀む紺炉を待たず早々に切り捨てる。まるで自分の質問が失言だったとすぐに気づいたかのような火縄の様子に、ますます疑念が募る。 「……お互い、頭がジッとしてられる性質(たち)じゃないから苦労するな。世界はすっかり変わったってのに、あの人らはまるで変わりやしねェで、こっちが思いも寄らないことばっかり考えつきやがる」 「……全くです」 「……お前さん的にはいいのかい?」 紺炉が探り探りに投げた質問に対して、火縄は頬も眉もピクリとも動かさないまま、素早いまばたきを数度繰り返した。まるで、人間の及ばない素早さで結果を求めているこんぴゅうたあのようだ。妙な状況に陥って、答えを待つ紺炉の額には冷や汗が伝っていた。 数秒後、火縄は計算の終わりを示すかのように眼鏡のフレームを押し上げてから口を開いた。 「あの二人は今やほとんど神に匹敵する力があります。つまり、喧嘩にでもなれば世界の半分くらいは滅んでも不思議じゃない。仲が良いのに越したことはないでしょう」 予想外の答えに呆気に取られた紺炉は、一瞬息を呑んでからすぐに我に返り、ワハハハと声に出して豪快に笑った。 「ちげェねェな! 犬も喰わねえような喧嘩だけは勘弁してほしいところだ」 それから「あんたも花見絶対来いよ」と言い置き、笑顔を浮かべたまま廊下を玄関に向かって歩きだした。 畳む 2025/03/18
「なにが思い過ごしなんですか」
独り言のつもりで呟いた紺炉は、ふいに話しかけられて、ギョッと驚き眉を吊り上げた。
「驚いた。いたのかい」
「通りがかったんです。総隊長に用があるので」
いつの間にか横にいた火縄は、いつも通りの淡々とした口調で答えながら、紺炉の背中のすぐ後ろにある扉を人差し指で指し示した。
「今日はどうなさったんですか?」
「ああ、ちょっとばかしお礼と、あと花見の相談を」
「まだ正月も過ぎたばっかりだっていうのに、浅草の人は気が早いですね」
皮肉というより、本気で感心している様子で火縄が驚く。眼光鋭く言葉に棘はあるものの、真面目な男だ。
「そういや子供が産まれるんだって? めでてェこった」
「無事に産まれるまではめでたくもなんともありません。死がフワッフワに軽くなったこの世界で、生の重みは余計増していると考えていますから」
表情を変えずに言い切り、クイ、と眼鏡のフレームを指で押し上げる。少し俯いた顔の眼光が幾分落ち着き、わずかに不安までもが滲んでいるのが紺炉からすると意外だった。
「総隊長とはお話を?」
「まあ、ほんの数分ってとこだが」
「……紺炉指揮官補佐から見て、総隊長に何か変わった様子はありませんか?」
火縄のその質問に引っかかりを覚えた紺炉は、思わず首を捻った。奇しくもついさっき自分が桜備に尋ねたのとほとんど同じ質問だったからだ。
「何か、ってェと……」
「特に無ければ構いません。忘れてください」
言い淀む紺炉を待たず早々に切り捨てる。まるで自分の質問が失言だったとすぐに気づいたかのような火縄の様子に、ますます疑念が募る。
「……お互い、頭がジッとしてられる性質じゃないから苦労するな。世界はすっかり変わったってのに、あの人らはまるで変わりやしねェで、こっちが思いも寄らないことばっかり考えつきやがる」
「……全くです」
「……お前さん的にはいいのかい?」
紺炉が探り探りに投げた質問に対して、火縄は頬も眉もピクリとも動かさないまま、素早いまばたきを数度繰り返した。まるで、人間の及ばない素早さで結果を求めているこんぴゅうたあのようだ。妙な状況に陥って、答えを待つ紺炉の額には冷や汗が伝っていた。
数秒後、火縄は計算の終わりを示すかのように眼鏡のフレームを押し上げてから口を開いた。
「あの二人は今やほとんど神に匹敵する力があります。つまり、喧嘩にでもなれば世界の半分くらいは滅んでも不思議じゃない。仲が良いのに越したことはないでしょう」
予想外の答えに呆気に取られた紺炉は、一瞬息を呑んでからすぐに我に返り、ワハハハと声に出して豪快に笑った。
「ちげェねェな! 犬も喰わねえような喧嘩だけは勘弁してほしいところだ」
それから「あんたも花見絶対来いよ」と言い置き、笑顔を浮かべたまま廊下を玄関に向かって歩きだした。
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