立春
互いに目覚めているのは気配で感じながらも、言葉を交わすことなくベッドの上でまどろんでいた。
時計を見ることもせずに、遮光カーテンの隙間から差し込む淡い光から朝であることだけを理解する。
常闇は、幸福な時間と空気を噛みしめながら、目の前に広がる赤い羽根の先を、意思のあるようなないような、曖昧な手つきで撫でていた。
あ。と、思わず漏れたような無防備な高い声をあげたすぐあとに、剛翼の一枚がシャッとカーテンの片側を開く。
「常闇くん、外見て外。雪降ってる」
普段より掠れ上ずった声を弾ませ、嬉しそうに呟く。
「晴れてるしすぐ止みそうだから、積もりはしないかな」
「もうすぐ春だと思っていたが、まだ雪が降るんだな」
「うん。去年も今ぐらいに降りよったと思うけど……ほんと、去年の記憶がおぼろげ~」
「それだけ充実していたということだろう。去年も今年も、楽しいのは同じだった」
常闇の満足そうな言葉に、ホークスはむず痒そうな表情で口を尖らせた。それから、肘をついて上体を浮かせると、常闇の脇にまで、シーツの上を這い寄った。
「……おれは、こどもん頃からずっと、どうしてもセックスがいいものだとは思えんやった。理由はまあ、ゆわんでも分かるか」
「それで?」
「じっさいは、かなり……イイものデシタ」
常闇の太腿に預けたままの頬をふにゃふにゃと緩めながら赤面する。その笑顔から、常闇は真顔のまま目線を逸らした。ホークスの目前の、己の下着の中のモノが反応して動き出さないよう堪えるのに必死だった。
そうとは知らないホークスは、常闇の態度をさして気にする様子もなく、ふやけた顔のまま、んー、と何かを考え込んでいた。
「なんかおれら、ずいぶんと遠回りしちゃったのかも、ね」
そう言いながら、人差し指と中指を足に見立て、常闇の腹筋の上をとことこと、円を描くように歩かせる。その指の感触に、ふふ、と漏れそうになる笑いを堪えた常闇は、微笑みを浮かべたまま数秒ほど考え込んだ後に、低い声で答えを返した。
「……いや、むしろこれが俺たちにとっての“最速”だったんだろう」
「はは、かっこよか……」
常闇の答えを聞いたホークスが、ふにゃふにゃとした笑顔を浮かべながら、シーツの中へ潜っていく。その途中、なぜか残念そうに言った。
「そいや俺、これでもう魔法使いにはなれないんだなー」
――それなら童貞のことだから、正確にはまだ失われていない。が、それを言い出すとややこしくなりそうなので、常闇は教えずに胸の内に留めておくことにした。
「なら人間として一緒にいればいい。この先ずっと、永遠に、死ぬまで」
シーツを剥がして、赤くなっている顔を白日の下に晒す。
「それさあ、普通にプロポーズだよね」
「どうとでも」
抱き着いてきた常闇の体を、ホークスの腕と翼が包み込む。シーツの上、まるで一つの心臓のように歪な形で丸まった二人は、窓の外の地面に落ちた雪が解けていく音に耳をすませた。
間もなく、新しい春が巡り来る。
おわり