SS 牽牛花 紅備未満 展示SSの幕間的なもの ギリ単体でも読めるかも 続きを読む 朝、第八特殊消防教会の玄関ホール。初夏の日の出は早く、規定の起床時間前でも窓の外は明るい。すでに身支度を終え出窓に置かれた観葉植物の鉢に水をやっていた桜備の元へ、静かな廊下にパタパタと足音を響かせながら現れたのは、シスターアイリスだった。 「大隊長さんっ、ちょっと来てもらえますか?!」 焦った声で呼ばれて振り返った桜備は、ハァハァと息を切らし頬をピンク色に染めたアイリスの真剣な表情に、思わず手にしていた如雨露を置き身構えた。 「おお、咲いてる!」 ちょこまかと小走りで教会内を歩くアイリスについて行った先は、教会の中庭だった。 アイリスが「見てください」と嬉しそうに示したのは、天に向かって咲く一輪の朝顔だ。 「さすが、シスターがお世話しただけありますね」 シスターたちが身を清めるためのその場所は、日当たりも良く、食事に使う野菜や教会内に飾る花を育てる家庭菜園にも使われている。その世話の大部分を引き受けているのがアイリスだ。 「えへへ……でも、アサガオは昔いた教会でも育てたことはなかったです。……綺麗な色ですね」 口元におだやかな微笑みを浮かべ、支柱に絡まり伸びる蔓の先で丸く開いているピンク色の花を見つめる。ちょうど彼女の手の平ほどの大きさで、花弁はティッシュのように薄く、縁は細かく波打っていた。 この朝顔は、浅草への調査に同行できなかったのを残念がっていたアイリスのために桜備が買ってきた土産のようなものだった。桜備が買ってきた、とはいっても、朝顔を土産として選んだのは第七大隊長の紅丸だ。 慣れない女性相手の土産選びにあぐねていた桜備が、何か浅草らしいものといえば……と大雑把な質問で助けを乞うと、ちょうどその時目の先にあった道端の行商人を指さし「アレなんかどうだ」と投げやりな調子で言ったのだった。 「俺も小学生の時に育てた記憶はあるけど、こんな感じじゃなくてもっと普通の……」 言いながら、シスターには“普通のアサガオ”じゃ伝わらないか、と気がついた桜備は途中で言葉を切った。 「浅草はアサガオの栽培と品種改良が盛んらしいです。変わり咲きを楽しむのが粋だって。だから、同じアサガオでも、花の見た目には色々あるみたいですよ。それに――」 「朝顔は種が薬になるってんで、贈り物として重宝されてたんだよ。それに何より、浅草らしいじゃねェか」 浅草の路上で、どうして朝顔なのかと首を傾げる桜備に紅丸はそう説明した。 「皇国の大隊長さんはご存じねェか? 浅草じゃ、酔狂者がどんだけ珍しい朝顔を育てられるかで競い合ってんのさ。お陰で、朝顔ひとつとっても何百じゃ収まらねェくらいの種類がある」 朝顔に限らず、菊や牡丹や紫陽花やら。浅草で盛んに行われている園芸趣味について説明してくれたのは、苗を売っていた商人の男だった。肩に担いだ天秤棒の両端に下げた浅い桶。そこにぎっしりと苗を並べて売り歩く姿は、浅草の呼び名では振り売りというらしい。 「それに、元々は大火事で焼け野原になったとこに種を撒いて楽しんだのが始まりだってんだから、火事場とも深い縁があるぜ……って、こりゃかえって火消しにとっちゃ縁起が悪ぃか」」 桜備が皇国の特殊消防官だと知っている口ぶりで、あの町の人間らしい気安い口調。ただ、その時桜備が返事をするより先に返したのは、隣にいた紅丸だった。 「べつに悪かねェよ。大火事でも大災害でも、起きちまったことは楽しむのが浅草流だ」 他の植物達に並んで庭の端に置かれた二つの陶器の鉢、片方は桜備からシスターアイリスへのお土産で、もうひとつは…… 「大隊長さんのアサガオも、もう少しで咲きそうですね」 アイリスが隣の鉢へと目を移し、期待に瞳を輝かせる。花こそ開いていないものの、連なる葉っぱの間には先端が色づいた蕾がいくつも見えていた。 右と左の二つどちらとも、まだ蔓もさほど伸びていない小さな苗の中から紅丸が選んだものだ。まずひとつ。それから、もうひとつ。 「――コレと……あとコレももらうか」 「あれ? 一個でいいですよ」 「その第八の嬢ちゃんへの土産の分はこっちだけだ。で、こっちは、俺からお前にやる」 「俺?」 「ああ。枯らしてくれるなよ」 買った時の小さな苗の状態ではよく分からなかったが、ある程度育った今見比べてみれば、葉っぱの形も色も微妙に違う。恐らく、花の姿もまったく別物なのだろう。 「う~ん、名前……なんだったかな」 振り売りから買った時にそれぞれの品種名も教えてもらったはずが、すっかり忘れてしまっている。なんとなく美しい響きだった気はするが、一度聞いただけの耳慣れない響きは、おぼろげにでも思い出せそうにない。 桜備が悩んでいると、アイリスがふいに小さな手の平同士を軽く打ち付け「そういえば」と話を切り出した。 「マキさんが調べて教えてくれました。アサガオが七月七日に咲くと縁起が良いらしいですよ」 「へえ、マキが?」 「その~、恋愛運に良いらしいです。七夕に咲いたアサガオは、織姫様と彦星さんが無事会えた証なんですって」 「そうか……マキらしいな」 茉希尾瀬が人並外れた逞しさと乙女心の両方を備えているのは、桜備ならず同じ隊の誰でも知っている。 彼女だったら、花を人からもらったという出来事から、どれだけ突飛な曲解をしてくれるだろうか。 実際のところは、たいした意味などない、ただの気まぐれだろうに。 「楽しみですねっ、どんな花が咲くか」 シスターアイリスが、桜備の鉢の蕾を眺めながら無邪気に声を弾ませる。 楽しみだ。楽しみなんだけど、なんでかちょっと怖い。 素直に「はい」と同意できずに、無言で支柱に絡まる蔓を目で追いかける。視線の動きに合わせて螺旋状にさまよった思考は、そのまま中庭から見える狭い天まで昇っていってしまいそうだった。 畳む 2025/07/02
メモ 7/2 暑い 大隊長 防火服着てる時に日焼けしたら顔に縦縞できるのかな --- 見返したら6月やたら絵描いてました 浮かれてるな… さすがに満足してきたのか絵描きたい欲がやや落ち着いて、入れ替わりでSS書きたくなってきてます 2025/07/02
SS WEBイベントで展示していたSS(落火流水)の修正作業中に削った桜備さんと紺炉さんの会話 ただただ二人に会話させたいだけで話的には要らんな~と思って元々削るか悩んでた部分だったんですが、読み直してもやっぱいらないし原作の流れ的にも変だったので削 でももったいないのでこっちにだけ残しておきます なんとかならないかなと最後ちょっと足したりした跡はあるけど基本展示と同じです 続きを読む 第八特殊消防教会の会議室で「~てェことらしい」と伝聞調での報告を一通り終えた紺炉は、最後に改めて桜備に向き直ると、眉尻を下げ申し訳なさそうに謝罪を述べた。 「しかし、この前の大火事の時は悪かったな。実は丁度先代の命日でね、まあ、総出でお祭り騒ぎしてただけなんだが……」 「大丈夫です。結果的に、消防隊の結束を強める良い切欠になりました」 「そうかい。なら良かったが……しかし、いよいよ話がきな臭くなってきたな。第七うちに協力できることがあればいくらでも手ェ貸すぜ」 言いながら、包帯を巻いた左腕に右手の平をパンッと叩きつける。頼もしい言葉に、桜備は一度目を細めてハッキリとした笑顔を見せてから、眉毛を吊り上げ、真剣な表情をつくった。 「ただ、第八はこれから灰島への調査に入る予定です。あまり大事にはしないつもりですが、何かあっても第七には……というより、灰病の薬の供給には影響が出ないようにします」 「俺としちゃ、別に灰島に喧嘩売っちまって構わねェんだけどな。まぁ、紅のやつは気にするか……」 紺炉は苦笑いを浮かべ、何事かを思い出すように視線を斜め右上にさ迷わせた。その様子から紅丸の方に灰島との抗争を渋る動きがあるのを察した桜備は、先回りして言葉を重ねた。 「こちらとしても、紺炉中隊長には万全の状態で備えていてもらいたいので。それこそ、先日の火災嵐の一件もあって、鬼の焔ビトを一人で倒したお二人の力がどれだけすごいか改めて実感したので……」 真っ当なことを口にしながらも、桜備の脳裏に別の記憶が浮かんでいた。酒が入れば笑う男が、閨では弱音を吐くのだと知ってしまったばかりに、思考が乱されている。 『……灰病さえなきゃ、紺炉が頭になるはずだった。そもそも、先代の一番弟子は紺炉だったんだ。順当にいきゃ後継ぐはずが、突然拾われてきた野良犬のガキにひっくり返された。もちろん、そんなの気にするような男じゃないとは分かっちゃいるがな……――』 桜備からすれば、目の前の男が以前に頭を担ぐためなら命も惜しくないと言い切るのを見ていた以上、紅丸の苦悶はすべて杞憂に思えた。 不自然に開いてしまった間を誤魔化そうとしたその時、大隊長室のドアが外からノックされる。偶然の助け舟に、どうぞ、と桜備が呼び掛けるやいなや、飛び込んで来たのはシンラとアーサーだった。 「紺炉中隊長! 来られてるって聞いたので」 「よぉシンラ。聞いたぞ、この前死にかけたらしいじゃねェか」 浅草の面々にいたく懐いている二人が久しぶりの再会に目を輝かせているのを傍から眺め、桜備も思わず頬がゆるむ。半ば強引に結んだ第七との縁が時を経て太くなっているのを感じ、安堵と、どこか居心地の悪さも覚えていた。 「どうかしましたか」 人の輪を離れた位置から眺める桜備に、いつの間にか隣にいた火縄が照準の定まらない質問を投げかける。それでも桜備は、それを明確な意図を持つものとして受け取った。 「ん~~……いや、人を信用するのと利用するのって、紙一重だなと思って」 「マキのことですか?」 「ん? ああ、まぁ、そっちもそうか……」 頭に浮かんでいなかった名前を突然持ち出され、桜備は一旦怪訝そうな表情をしてから、視線を宙にさまよわせた。最初に皇国軍大将の娘と聞いた時、咄嗟に「利用価値がある」と考えたのは間違いない。無論それだけで引き入れたわけではないとはいえ、彼女の名前について回る、無視し難い要素だ。 「あなたの思う“利”のために用いられるのであれば何の不満も感じない、自分のような人間もいます。正しい目的に向かっているのであれば、気に病む必要はないでしょう」 帽子のつばの影の奥で、鋭い眼光が一瞬和らぐ。この男なりに安心させようとしているのを微妙な表情の変化から察した桜備は、自らの不甲斐なさに思い至り、グッと背筋に力を入れた。 「……いつも悪いな、火縄」 畳む 2025/06/30
メモ 6/28 雑 ラジオでモータのCM流れるたびにドキッとしてしまうのやめたい 過去グッズ見てるとたまに初見の原作カラー絵があって驚くんですけど ファンブックに収録されてないカラー絵をまとめて見たい…血涙 -- Waveboxのコメントありがとうございますー! テンション上がったので続きぽいものかいてます -- てがろぐスキン(テンプレート的なやつ)そのまま使ってたら時々見に行く他サイトさんと丸被ってしまっていて気になったので色を変えました 完全に名前だけで選んだ紅掛空色と灰桜 わはは 2025/06/28
展示SSの幕間的なもの
ギリ単体でも読めるかも
朝、第八特殊消防教会の玄関ホール。初夏の日の出は早く、規定の起床時間前でも窓の外は明るい。すでに身支度を終え出窓に置かれた観葉植物の鉢に水をやっていた桜備の元へ、静かな廊下にパタパタと足音を響かせながら現れたのは、シスターアイリスだった。
「大隊長さんっ、ちょっと来てもらえますか?!」
焦った声で呼ばれて振り返った桜備は、ハァハァと息を切らし頬をピンク色に染めたアイリスの真剣な表情に、思わず手にしていた如雨露を置き身構えた。
「おお、咲いてる!」
ちょこまかと小走りで教会内を歩くアイリスについて行った先は、教会の中庭だった。
アイリスが「見てください」と嬉しそうに示したのは、天に向かって咲く一輪の朝顔だ。
「さすが、シスターがお世話しただけありますね」
シスターたちが身を清めるためのその場所は、日当たりも良く、食事に使う野菜や教会内に飾る花を育てる家庭菜園にも使われている。その世話の大部分を引き受けているのがアイリスだ。
「えへへ……でも、アサガオは昔いた教会でも育てたことはなかったです。……綺麗な色ですね」
口元におだやかな微笑みを浮かべ、支柱に絡まり伸びる蔓の先で丸く開いているピンク色の花を見つめる。ちょうど彼女の手の平ほどの大きさで、花弁はティッシュのように薄く、縁は細かく波打っていた。
この朝顔は、浅草への調査に同行できなかったのを残念がっていたアイリスのために桜備が買ってきた土産のようなものだった。桜備が買ってきた、とはいっても、朝顔を土産として選んだのは第七大隊長の紅丸だ。
慣れない女性相手の土産選びにあぐねていた桜備が、何か浅草らしいものといえば……と大雑把な質問で助けを乞うと、ちょうどその時目の先にあった道端の行商人を指さし「アレなんかどうだ」と投げやりな調子で言ったのだった。
「俺も小学生の時に育てた記憶はあるけど、こんな感じじゃなくてもっと普通の……」
言いながら、シスターには“普通のアサガオ”じゃ伝わらないか、と気がついた桜備は途中で言葉を切った。
「浅草はアサガオの栽培と品種改良が盛んらしいです。変わり咲きを楽しむのが粋だって。だから、同じアサガオでも、花の見た目には色々あるみたいですよ。それに――」
「朝顔は種が薬になるってんで、贈り物として重宝されてたんだよ。それに何より、浅草らしいじゃねェか」
浅草の路上で、どうして朝顔なのかと首を傾げる桜備に紅丸はそう説明した。
「皇国の大隊長さんはご存じねェか? 浅草じゃ、酔狂者がどんだけ珍しい朝顔を育てられるかで競い合ってんのさ。お陰で、朝顔ひとつとっても何百じゃ収まらねェくらいの種類がある」
朝顔に限らず、菊や牡丹や紫陽花やら。浅草で盛んに行われている園芸趣味について説明してくれたのは、苗を売っていた商人の男だった。肩に担いだ天秤棒の両端に下げた浅い桶。そこにぎっしりと苗を並べて売り歩く姿は、浅草の呼び名では振り売りというらしい。
「それに、元々は大火事で焼け野原になったとこに種を撒いて楽しんだのが始まりだってんだから、火事場とも深い縁があるぜ……って、こりゃかえって火消しにとっちゃ縁起が悪ぃか」」
桜備が皇国の特殊消防官だと知っている口ぶりで、あの町の人間らしい気安い口調。ただ、その時桜備が返事をするより先に返したのは、隣にいた紅丸だった。
「べつに悪かねェよ。大火事でも大災害でも、起きちまったことは楽しむのが浅草流だ」
他の植物達に並んで庭の端に置かれた二つの陶器の鉢、片方は桜備からシスターアイリスへのお土産で、もうひとつは……
「大隊長さんのアサガオも、もう少しで咲きそうですね」
アイリスが隣の鉢へと目を移し、期待に瞳を輝かせる。花こそ開いていないものの、連なる葉っぱの間には先端が色づいた蕾がいくつも見えていた。
右と左の二つどちらとも、まだ蔓もさほど伸びていない小さな苗の中から紅丸が選んだものだ。まずひとつ。それから、もうひとつ。
「――コレと……あとコレももらうか」
「あれ? 一個でいいですよ」
「その第八の嬢ちゃんへの土産の分はこっちだけだ。で、こっちは、俺からお前にやる」
「俺?」
「ああ。枯らしてくれるなよ」
買った時の小さな苗の状態ではよく分からなかったが、ある程度育った今見比べてみれば、葉っぱの形も色も微妙に違う。恐らく、花の姿もまったく別物なのだろう。
「う~ん、名前……なんだったかな」
振り売りから買った時にそれぞれの品種名も教えてもらったはずが、すっかり忘れてしまっている。なんとなく美しい響きだった気はするが、一度聞いただけの耳慣れない響きは、おぼろげにでも思い出せそうにない。
桜備が悩んでいると、アイリスがふいに小さな手の平同士を軽く打ち付け「そういえば」と話を切り出した。
「マキさんが調べて教えてくれました。アサガオが七月七日に咲くと縁起が良いらしいですよ」
「へえ、マキが?」
「その~、恋愛運に良いらしいです。七夕に咲いたアサガオは、織姫様と彦星さんが無事会えた証なんですって」
「そうか……マキらしいな」
茉希尾瀬が人並外れた逞しさと乙女心の両方を備えているのは、桜備ならず同じ隊の誰でも知っている。
彼女だったら、花を人からもらったという出来事から、どれだけ突飛な曲解をしてくれるだろうか。
実際のところは、たいした意味などない、ただの気まぐれだろうに。
「楽しみですねっ、どんな花が咲くか」
シスターアイリスが、桜備の鉢の蕾を眺めながら無邪気に声を弾ませる。
楽しみだ。楽しみなんだけど、なんでかちょっと怖い。
素直に「はい」と同意できずに、無言で支柱に絡まる蔓を目で追いかける。視線の動きに合わせて螺旋状にさまよった思考は、そのまま中庭から見える狭い天まで昇っていってしまいそうだった。
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