二度目の葬式
見慣れた木造の原国式家屋。葺き替えたばかりの瓦屋根は、花散らしの雨を弾いて黒く光っている。表玄関を素通りし裏庭へと回った桜備は、透明なビニールの傘を地面に向けた状態でくるくると回して桜の花びらと雨粒をまとめて落とすと、畳んだ傘を土壁にたてかけ、縁側に歩み寄った。
柱に背を預けて庭を眺めていた紅丸の目がドロっと動き、傍に立った桜備をまるで今ようやく気がついたという仕草で見上げる。
「よう。お忙しいだろうに、よく顔出せたな」
「当たり前でしょう、家族の葬式なんだから……まぁ、かなり遅れたけど。部屋にいないから驚きましたよ」
よっこらせ、と声に出しながら縁側に腰かけた桜備は、軽く首を捻り、斜め後ろの紅丸にあきれ顔を向けた。
「一度目も今回も、喪主は紺炉だ。おれが居なくたって構やしねェよ」
「その顔じゃ、酔ってはいないみたいですね」
「しこたま酔って、丁度今し方冷めたとこだ。通夜で一晩中飲んでたからな。酔っちゃいねぇが水飲んでも酒の味がする」
「慰めにきたつもりだったけど、やっぱ要らなかったですかね」
「ハッ、悲しくもなんともねェよ。一度目はともかく、今回は年も年だしな。それに、酔っぱらって川に落っこちたなんて、笑い話にもなりゃしねェ」
「子どもを助けようとして落ちたって聞きましたけど?」
「さてね。どっちにしろ、馬鹿なのは一緒だろ」
言葉通り杯の中身は水なのか。杯を飲み干し投げ出した顔は、不貞腐れた子供のままだった。
「ここも、静かになりますね」
「別に、あのジジイはいてもいなくても変わらねぇよ。静かんなったのは、この前うるさいのが二人まとめていなくなったからだろ」
「はは、それもそうか。双子だからって、同じタイミングで結婚するとは思いませんでしたね」
話したくない話題に及び、紅丸は押し黙る。それからふと、顔の前で開いた右手の手の平をジッと無言で眺めてから、親指、人差し指と順に指を折った。中指までの三本を折ったところで動き止め、口を開いた。
「そうか……今回が二回目だと思い込んでたが、考えてみりゃ三回目か。俺が殺したのが一回あったからなァ」
「あれも葬式みたいなもんですか」
「あれが、一番景気が良かったろ」
折った指で空気を弾きながら得意げに笑う。思い出し笑いでニヤリと曲げられた口の端に、桜備が呆れた目を向ける。
「今の世の中じゃもっかいくらい生まれ変わっても驚かないですけど……燃やしたらさすがに無いかなあ」
「生き返るのは二度で十分だろ。次また出てきやがったら、俺が地獄に叩っき返してやる」
「二度あることは三度あるって言うじゃない。結果はまだ分からないけど、しばらくは寂しくなるなあ」
ほとんど独り言のような調子でポカリと吐き出した桜備の一言のあと、どちらも無言の間が生まれる。先ほどまでより小さくなった雨音の隙間に、念仏と木魚の音が微かに響いている。
「……で、慰めにきたってんなら、もっとやりようがあんだろうが。そもそも顔を合わせるのが何日、いや何週振りか、いちいち一から数えてやんなきゃ分からねェか?」
「分かる分かる。悪かったな、とは思ってるよこれでも。だからって、葬式やってるすぐ裏でヤルことですかね?!」
「こちとら先刻から、手前も幽霊かなんかじゃねェかって疑ってんだ。生身の人間だって分からせやがれ」
「ったく、もう……相変わらず変な甘え方して……」
「あァ?」
「あ、ほら。雨あがりましたよ。太陽も出てきた」
「そりゃ良かった。折角の三回目の門出だ。あの世も晴れてりゃいいけどなァ」
話を逸らそうと薄青空を見上げた桜備の襟首を、紅丸が後ろから引っ掴み、自らの方へと手繰り寄せた。
〆
(2025.11.20)