TOKYOインターン物語

 

「ホークス、仮免取得おめでとう」

 業務報告と変わらない淡々とした口調で述べられた祝辞。凛としたその女性の声は、ホークスの神経をいつも静かに逆撫でる。その声がホークスに対して何か告げるとしたら、命令か説明か、もしくは理路整然とした反論するべくもない叱咤のどれかだからだ。

「どーも。まあ、評価する側が身内じゃ審査もなにもあったもんじゃないすけどね」

 苦笑いで目を細め、大げさに肩を竦める。
 皮肉は皮肉らしく。感情表現が露骨“であるかのように”振舞うことは、ホークスなりの処世術だったつもりがいまや無意識に行う癖になっていた。

「仮免試験の試験官は、あなたが公安の人間であることを知りません。贔屓も裏工作もない、あなた自身の能力に対する正当な評価よ」
「はは…そりゃよかったです」

 勤務中か否かにかかわらず決して鋭い目付きを緩めることのない彼女には、どんな冗談も通じない。正論で返されて会話をする気を失ったホークスは、話の本題を進めるよう促した。

「で、今日呼び出された理由はなんなんですか? まさか、お祝いするためじゃないですよね?」
「前々から伝えているけれど、あなたにはできるだけ早く、ヒーローとして本格的な治安維持活動に携わってもらいたい。ただ、活動ができようになるまでにまだ後1年は必要でしょう? 規定年齢に達したらすぐにでも活動を始められるように、公安ではなく現役のプロヒーローの下で研鑽を積んでほしいの」

 淀みも無駄もない説明が一瞬途切れたすきを狙って、ホークスは、パンッ、とグローブを嵌めた両手の平を軽快に打ち鳴らした。

「あーね、職場体験とかインターンってやつ。ニュースで見たことありますよ、あの雄英高校をはじめとする、現役名門ヒーロー校生徒達のゴカツヤク! たしかに、俺も仮免試験を成績トップで合格して無駄に目立っちゃった以上は、少なからず表に出た方が良いですよね」

 説明の裏に隠れている意図を汲むことは、ホークスにとっては容易い。汲んだ上で、口にした方が話の進みが早くなると思えば、口にすることも厭わない。

「研修先の候補として、今年のチャート10位以内の事務所をピックアップしておいたわ。希望があればどこでも構わない。もちろんエン──」
「なら、ベストジーニストの事務所でお願いします」

 “説明“を途中で遮られ、会長はいぶかし気にホークスの表情を伺った。返答の声にはわずかに焦りが滲んでいたように彼女には感じられたものの、今のホークスの表情は至って落ち着いていた。

「同じ遠距離サポートタイプだし、個性の傾向が似てる方が動き方の参考になります。それに、都内のヒーロー事務所の中でも随一の大所帯を纏め上げるだけのリーダーシップがあって、ヒーローとしての言動にもソツがない。公安の子飼いヒーローの模範としてはピッタリだと思いますけど」
「そう……」

 常に凛としていなければならないはずの声が濁り、何か言いたげに口ごもる。ホークスは彼女のわずかな動揺を認識しながらも、わざと無視して言葉を続けた。

「あと俺……実はジーニストさんが看板モデルやってるファッション誌愛読してるんで」

 冗談めいた言葉の最後に、唇の前に人差し指を立て、満面の笑みを浮かべて見せる。

「……それならそれでいいわ。じゃあ、ジーニスト事務所に話を通しておくから、詳細は追って」

 芯の通った声色と表情でもって、ピシャリ、と音がするかのように会話が遮断される。
 ホークスが彼女の話し方で唯一好きなのは、話の終わりが分かりやすいところだった。
 「んじゃ、そういうことで」と手の平を振りながら会長室を去っていくホークスの笑顔は、この部屋に入ってきて以来の、最も生き生きとした喜びを湛えていた。

「意外ですね……彼、昔からエンデヴァーのファンなんじゃないですか?」

 ホークスの出て行った後の部屋で、黙って二人の会話を聞いていた男性秘書がやや困惑した様子で彼女に声を掛けた。彼女は出入口のドアを冷静な表情でじっと見つめたまま、口を開いた。

「そういう人間よ、彼は」

 簡潔にそれだけを返してから、おもむろに背後を振り向く。
 壁一面分の大きな窓の外側では、さきほど出て行ったばかりのホークスが赤い両翼を緩慢に羽ばたかせながら宙に留まり、部屋の中に向かって笑顔で手を振っていた。
 彼女はそちらを見つめながらも、腕を胸の前で組んだまま、決して手を振り返すことはしなかった。
 その反応を見越していたかのように、ホークスは唇の片端だけを持ち上げ相手を嘲笑うかのような笑みを浮かべると、身をひるがえし晴天の空を翔けていった。



 



 ランキングの順位が上がることで、こんなにも毛色が異なる依頼が飛び込んでくるとは思いもよらなかったな。
 今しがた制圧したヴィランは象の異形だった。5mを超える巨体を縛り上げた上に立ったベストジーニストは、ぼんやりと思考を巡らせながら東京の青空を見上げて何者かの姿を探していた。
 そもそも、袴田維もといベストジーニストにとって毎年発表されるヒーローランキングの順位は些末な問題に過ぎない。順位よりも優先すべきことがある、という綺麗ごとだけでなく、大波乱など起きないと皆が分かり切っているからだ。
 数字で可視化するまでもなく「頂点に君臨するオールマイトとその他大勢のヒーロー」という構図は、袴田がベストジーニストとしてデビューしたおよそ十年前から一切変わっていない。
 特にオールマイトと同じ東京に事務所を構えていれば、その傾向はより一層顕著だ。
 オールマイトがとり溢した者たちの矯正。象徴に抗する者たちの説得。
 同じ地域で活動する他のヒーローたちが年々利己的になっていく姿を戒めにしながら、自らの活動に勤しんできた。
 派手でもあり地味でもある毎日の積み重ねの中で、今回のような形のイレギュラーは久々のできごとだった。

「ジーニストさぁぁぁん、こっち全員確保済みです」

 ジーニストの目が見つけるより先に、ドップラー効果を伴った不自然な声での呼びかけが耳に飛び込んできた。
 遠くビルとビルの間からジーニストのいる場所まで一目散に飛んできたホークスは、その両脇に2人分の敵を従えていた。本人達の能力で飛んでいるのではなく、運んでいるのはホークスの個性である赤い羽根だ。
 器用に勢いを抑えてふわりと着地し、共に飛ばしてきた敵をサイドキックの目前に降ろして引き渡す。それから、ジーニストが倒した敵の山のふもとあたりで二人落ち合った。

「ずいぶんと仲が良さそうだ」

 敵を渡す際に事務所のサイドキックと数ターンの軽口を交わす一部始終を眺めていたジーニストは、軽快な足取りで駆け寄ってきたホークスにそう声をかけた。

「あ~、ほら、古賀って九州に多い苗字じゃないすか。俺あっちの出身なんで、もしかして同郷かもと思って声かけてみたんす」

 からっとした笑顔で、違いましたけど仲良くはなれました、と続ける。
 ホークスの優秀さは、救助や戦闘の能力だけに限らなかった。
 ジーニスト事務所にインターンに来た最初の週が終わるより前に、ホークスは事務所のスタッフ全員の顔と名前を把握していた。サイドキックだけではなく、事務員から清掃員まで、ヒーローではない者も含めた全員。総勢数十名の中に、彼とまだ一言も交わしていないという人間は恐らくもういない。

「いやにカジュアルだな」
「え~、だってその方がいろいろとやりやすいし」

 なにか文句でも?と言いたげな挑発的な表情で、ぐいっと背中を逸らしジーニストを見上げる。二人の間には10歳以上の年の差、そして約20cmの身長差がある。ホークスは大きすぎる羽根のせいか余裕のあるコスチュームのせいか、実際の身長よりもさらに小柄に見えた。いや、そのフィッティングすらも計算のひとつかも知れない。油断させるというのは有効な戦略のひとつだ。

「なあ──」
「あっ!」

 ジーニストが声をかけようとしたのとほぼ同時に、ホークスが大声をあげる。それとほぼ同時に、ジーニストの頬の横スレスレを何かが飛んで行った。風圧に驚き慌てて後ろを振り向けば、捕獲し損ねていたらしい敵の残党が呻き声と共にその場に倒れ込んでいた。

「すんません、もう一人余ってましたね」

 はは、とゴーグルの奥で目を細め笑うホークスの元へと、血のついた小さな羽根が戻ってくる。
 この男に気を取られ過ぎだ──自らの不覚を恥じたジーニストは、ホークスの笑顔を無視し、近くにいたサイドキックに指示を飛ばした。


***

 
 これが公安の秘蔵っ子か。
 二十歳にも満たない青年と呼称するにも若すぎる才能を前に、この一週間ジーニストも素直に舌を巻くしかなかった。
 ヒーロー公安委員会からの直接依頼はこれまでにもあった。だが、その多くが人海戦術的な大規模チームアップの任務だ。今回、呼び出されたのが自分1人だったことにも、告げられた任務……というより「お願い」の内容にも驚いた。

「たしかに、能力は申し分がなさそうですね。それで──社会性に問題が?」

 公安委員会の最上階近くに位置する執務室で、ジーニストはひとりの人物に関する資料を読みながら、今しがた受けたばかりの説明を反復した。

「問題がある、とは言い切れない。いずれにせよ彼の存在は委員会の外部にはほとんど知られていないため、評価が曖昧です。念のため信頼できるプロヒーローに見極めてもらいたいと思い、今回お願いしています」

 ヒーロー公安委員会の現会長は、丁度ジーニストがヒーローとしてデビューする頃に就任している。これまでに一対一で話をする機会はほぼなかったが、トップ10にランクインした数年まえからは、何度か顔を合わせる機会があった。
 何があっても厳しい表情を決して崩さない、組織の厳格さと権威を体現しているかのような女傑だ。ジーニストにとっては、その骨の髄まで規律がしみこんだ人柄は好ましいものだった。

「問題があるのか、ないのか……正直、ホークスが何を考えているのか私たち、いえ、私には分からない時があって」

 その厳格な彼女が、まるで、なれない子育てに戸惑う母親のような顔をしている。
 はぁ、と額に手をあて、暗い表情で悩まし気な溜息をつく会長を、ジーニストは意外なものを見る面持ちで見ていた。
 無論、ヒーローと敵が表裏一体である以上、懸念を抱くのは不自然ではない。強力な個性を持つヒーロー志望は、強力な敵へと反転する脅威を常にはらんでいるのだから。
 しかし、彼女の口ぶりはそれだけが理由とも思い難い曖昧なものだった。

「特殊な事情とは?」
「あのこ……ホークスは、諸般の事情で幼い頃に親元を離れ、以来この約10年間は“ここ”で育っています。」
「ここ? 公安で、ということですか」

 ジーニストが驚きを込めて聞き返すと、会長はコクリと一度だけ頷いた。それ以上の言葉による説明は続かない。

「そうですか……」

 ──この件は、深入りし過ぎるとコトが変わってくるかも知れないな。
 ジーニストは鼻先を指で押さえて思案しながら、もう片方の手にある、すでに一読済みの書類に再び目を落とした。ホークス。そのヒーロー名以外に、本名の記載はどこにもない。
 資料を見る限り、ホークスの個性は強力だ。天地を問わず速やかに現場に急行できる飛行能力にくわえて、救助で生きる運搬能力もある。そして、使い方によっては高い攻撃性も発揮する。
 こんなオートクチュールのごときヒーロー向きの個性の持ち主を、一体どこで見つけ、そしてどうやって手に入れたのか。

「……分かりました。とりあえず、様子を見てみましょう」

 ジーニストは次々に涌き出る疑問を手早く打ち消し、依頼を諾々と受け入れた。その返事を聞いた会長の目元に一瞬安堵の表情が浮かぶが、それもすぐ消える。

「お願いします。何かあれば、その都度報告を」



 



 ベストジーニストが内密での依頼を承諾してから数日後の朝、ホークスがジーニアスOFFICEの看板の上に降り立った。
 個性と風貌は資料で確認してはいたものの、初めて見たときには小柄な体に背負った大きな赤い翼を目の前にして呆気に取られた。それ以上に、人の事務所の看板を足で踏む神経を疑った。
 思えばあの失礼な態度も自らの不遜な性格を印象付けるための計算づくのものだったのだと、一週間経ってそれなりに人と成りを知った今なら分かる。

「や~でも、ジーニストさんが事情を知ってくれてるんで、いろいろ楽で助かります。ほら、俺こんなだから本当のこと人に言えないし、友達とかあんまいなかったんですよね」
「トモダチになった覚えはない。君にもっとも足りないのは、教えを乞おうという意識だな」
「いやいや。ちゃんと学んでますよ。今朝の新宿での捕り物の時も、あのエリアでパトロール中の別のヒーローの個性を見越しての誘導、さすがでした」

 褒められているはずが、自らの観察眼をひけらかされているだけのような気がして妙にいらつく。
 そう。ホークスの言動は、ジーニストを妙にいらつかせるのだ。それがこの1週間で身に染みて感じたことだった。
 公安から渡されていた事前情報を踏まえていざ出会ってみれば、予想していた公安直属ヒーローという肩書きから思い描かれる役所めいた堅物な人間像は正しく裏切られた。
 癖っ毛のオールバック。性根はそこまでねじ曲がってはいなそうだが、自身家の相が強い髪だ。
世間も目上も舐めきった態度で、思ったことを口にせずにはいられない。
 だがそんな態度も、意思の糸が背後に見え隠れするような空虚さがあった。
 ファッションにおいて”はずし”は重要だが、わざとらしいのは嫌われる。その点ホークスは巧みな塩梅ではあるものの、ベストジーニストにとっては矯正しがいのない、さして面白味の無い相手だった。曲がっているように見せているだけであれば、根がイイコであることに変わりはない。
 そもそも、依頼時の公安員会会長の話を踏まえても、ホークスに対するヒーローとしての指導そのものは二の次で、さほど期待されていないのは分かっている。その点で言えば通常のインターンよりも気楽ではあった。

「同年代のトモダチもできると思ったんですけどねー、ジーニストさんが変な気を回さなければ」
「……妥当な措置だろう」

 現在ジーニストのヒーロー事務所には、卒業生というコネクションを通じて得た雄英高校の優秀な2年生もインターンに来ている。が、どんなに優秀でも一介の学生ではホークスとの実力差は歴然だった。当初は一緒に活動させていたが、雄英校生の自信喪失を危惧して今は別のチームに振り分けている。

「やあベストジーニスト、お疲れさま。そっちはインターン生? 今年ももうそんな時期かぁ」

 労りの言葉と共にジーニストの元へ現れたのは、現場検証と犯人の引き受けのために来た警察官のひとり、塚内だった。すぐにホークスの存在に気がつき、そちらに目を向ける。

「こんな新人がいたなんて、全然知らなかったな。今年も雄英の生徒さん?」
「いや……」
「あ、俺は雄英じゃないです。去年までは海外の学校に通ってて、だから今年日本に来たばっかりなんすよ」

 とっさの返事に窮して言葉を濁したジーニストに変わり、ホークス本人が淀みなく嘘を吐く。説明としては、疑問を挟むようなものではない。塚内からも、へえ、と笑顔で頷く以上のリアクションはなかった。

「そうか、元気そうで良いね。期待してるよ」

 早々にその場を後にして仕事に戻った塚内が評したように、ホークスの華々しいルックスは、若さも相まって輝いていた。所長のジーニストがモデルを兼任していることもあって、殊更選別をするまでもなく美意識の高いヒーローが集まっているが、その中にあっても一切遜色がない。
 極めつけが、見た目も動きも派手な個性だ。
 飛行系の個性やそれを生かしたヒーロー自体は珍しくはないものの、ここまで細かな操作が可能な個性はジーニストも見たことがなかった。
 規制線の内側に入れる塚内とは違う一般の野次馬が、周囲を取り巻いている。その中には個人のスマホを構える者だけでなく、本格的な機材を持って前のめりになる動画配信者や、新聞テレビの報道陣の姿もあった。
 こっち向いて!という黄色い声出の呼び掛けに、ホークスはグローブを付けた手のひらを振って応えている。

「意外だな。嫌じゃないのか?」
「全然? こういうのもヒーローの仕事の一貫でしょ。俺カメラ映りいいし~」

 それに、とカメラに意識を向け笑顔をつくったままホークスが続ける。

「昔ヒーローに助けてもらった時、それが、前からテレビで見てたヒーローのひとりだったんです」
「へえ」
「そのことが、ガキの俺には嬉しかった。本当にヒーローっていたんだって、強烈なリアリティが感動を生んだ。だから、どんな形であれ知っておいてもらうことは必要だと思います。ヒーローはいるんだって」
「平和の象徴か。オールマイトの理論だな」
「代表格はね。その点、ジーニストさんはビジュアルにインパクトあるから羨ましいです。背も高いし。残念ながら、俺はどうもこれ以上身長伸びないみたいで。後ろから見た時に羽根が歩いてるのかと思ったってよく言われます」

 わざとらしく肩をすくめてため息を吐くホークスを、ジーニストは冷めた目で見下ろす。見下ろすつもりは無くても、見下ろさずを得ない身長差だ。

「……髭でも生やしたらどうだ。多少は貫禄が出る」
「ひげっ! 考えたことなかったです。でもそれ、いいかも知れないなぁ」

 ジーニストが単なる思いつきで口にした提案を、ホークスは思いがけず素直に受け入れた。感心した表情で心なしか目を輝かせ、顎を擦りながら頷いていた。




「しかしホンットに人が多いですねえ、トーキョーは。特にこの辺りは! なんでこんなとこに事務所構えたんですか?」

 野次馬を掻き分けて、というよりホークスの個性で飛び越えて事務所に戻った二人は、結局事務所前で待ち構えていた人だかりに苦戦することになった。敵退治の後以上に疲れた様子で脱力し執務室のソファで伸びたホークスが、うんざりし切った声でジーニストに問いかける。

「そもそも、東京はヒーロー事務所の数も圧倒的に多い。奪い合ってもなお余るほどの敵がいるんだ。矯正しがいがあるだろう。それにファッションの中心地でもある」

 都市部は人口の過密に比例して、事件の発生率も高い。東京にヒーロー事務所を構えたのは、モデルとヒーローどちらの活動も円滑に行う上でジーニストにとっては妥当な選択だった。

「そういう自分も、いずれどこかに事務所を構えるんだろ。場所は決まっているのか?」
「さあ? 俺に決定権はありません。ご存じの通り籠の鳥ですから。ま~~~多分ですけど、そこそこの規模の地方都市でしょうね。自由に動ける余力が残せて、人目を避けた活動もしやすい」
「なるほどな」
「そもそも俺、すげー速いんす。だから正直どこに行ったとしてもテリトリーは全国ですね。喰いまくりますよー、みなさんの手柄」

 ニタニタと、ジーニストの顔を見ながら嬉しそうに笑う。背中では翼が力をアピールせんと大きく羽ばたいていた。

「……それは楽しみだ。じゃあそのスピードを生かして、これを静岡の公安委員会本部まで頼んだ。今日中にな」

 そう言って手元で処理を終えた書類を封筒に入れて手渡すと、ホークスはあからさまに嫌そうな顔をした。言わなきゃよかった、と不満を垂れるホークスを無視してジーニストは別の書類を手に取った。



***



「ジーニストさん、おつかい成功したんでコーヒー奢ってくださいよ」

 書類を届けに行ったホークスは、小一時間後経ってから律儀に事務所へと舞い戻ってきた。てっきりそのまま帰路についたと思っていたジーニストが怪訝な顔で出迎えると、ホークスがにんまりと悪だくみをしている笑顔を見せた。

「いえね、公安で耳より情報が入ったんで、最初にお伝えしようかと。もしかしたら大きい魚がかかるかも知れない釣り糸の話、聞きたくないですか?」

 自販機を設置している屋上にふたり連れ立って上がると、ちょうど時刻は夕暮れだった。ビルに反射した強烈な西日が東京の街全体をオレンジ色に染めている。

「どうだ、インターンは」

 それぞれ缶飲料を手にして手すりに寄りかかったところで、ジーニストが当たり障りのない話題を振った。西日に背を向けて立つホークスは、影の落ちた顔にさっぱりとした笑顔を浮かべて答えた。

「楽しいですよ。はじめての自由をありがたく謳歌してます。あと、世の中思った以上に個性犯罪が多い。これならたしかに、ヒーローは商売繁盛ですね。ただ……」
「ただ?」
「サイドキックと足並み揃えるのは少ししんどいです。もちろん、みなさん優秀ではありますが。だって、今の仕組みだと、初動の早さで全部決まっちゃうじゃないですか」

 むー、と唇と眉を歪めて不満げな表情をつくるホークスに向かって、ジーニストが自らの人指し指を差し向けた。

「『単糸、線を成さず』ということわざを知らないのか?」
「知りません」
「質問じゃない。遮らずに最後まで聞け。いいか、どんな強い個性があろうと所詮ヒーローもひとりの人間だ。撚り合わせなければ何も成しえない。協力と連携がヒーロー活動の基本だ」
「オールマイトはどうなります? たとえ1人でも、それこそヒーローが束になっても適わない」

 またオールマイトか。ジーニストは、思わず閉口した。ヒーローを目指す以上いかたしかないとはいえ、妙にこだわる。

「そういらつくなよ。何が不満だ」
「だって“絶対に倒れない平和の象徴”だからって、不死身じゃないでしょ。いつか寿命が来るのは避けられない」
「それはそうだな」
「一世代限りの平和が本当の平和ですか? No.1を目指してみんながガンバル? 実際はオールマイトとの実力差に絶望して、早々に競争を離脱する奴らばっかりだ。たとえば、俺ごとき相手に自信喪失するようなヒーロー志望が、オールマイトに何か思えますか? で、仮にそこで諦めなかったら、その先はもっと地獄ですわ。だって、絶対に超えられないんだから」
「……君も、No1を目指すつもりは無いと?」
「もちろん。こんな軽薄な人間じゃ、社会の支えになんてなれやしない」
「軽薄に見せているだけだろ」
「違います、本当に軽薄なんです。それでも、オールマイトのおこぼれ頼りのヒーロー崩れよりはましです。彼らは、ヒーローがくいっぱぐれる平和なんかよりもほどほどに犯罪が起こり続ける社会を望んでる。それが嫌だ。俺だってヒーローらしく、理想の社会ってやつを夢想してるんですよ」
「理想の社会とは?」
「ナイショです。ただ、俺がNo.1になるよりももっと速くそこに向かう道はあるんじゃないかって、思うんですけどね」

 饒舌なのは同じだが、普段の板に水を流すような軽口とは違い、どこか熱のこもった口調だった。
 本人が今まさに口にしたように、腐ってもヒーロー志望か。妙に青臭いところがある。
 オールマイト無き後の平和。それを成すための道しるべ、いわばアリアドネの糸を、多少なりの良識がある者であれば皆が常に必死で探している。もちろんそこには、ジーニスト自身も含まれている。
 こんな若造に言われるまでもない。そう一蹴したくなりつつも、なるほど、と感じ入る節もあった。
 雄英高校に通っていた頃を思い返せば、日夜学友と似たような議論を繰り返していたのが記憶に鮮やかだ。各々プロヒーローになってしまうと、夢想じみた理想を語り合う機会も時間もとんと少なくなっていた。
 折角だから、面白いやつがいると馴染みの後輩に紹介してやるか。
 そう閃いたが、四角四面で協調を重んじる彼と、この不遜を絵に描いたような男ではどう考えても水と油だと気づき、引き合わせるのはやめておくことにした。




 




「社会性に問題があるとは感じません。ヒーローとしての志は、見た目に寄らずしっかりしています。会長が危惧を感じているのであれば、それは──」
「それは?」
「反抗期ですね」

 ベストジーニストの言葉に眉をひそめた会長は、困惑した様子で、今しがた聞いたばかりの言葉を反復する。

「……反抗期?」
「思春期特有の、支配されることそのものに対する抵抗感。と言ってもいいでしょう。かくいう私自身も身に覚えがあります」

 ジーニストの説明を聞いてなおさら、会長は困惑を深めたようだった。言葉を探して二、三度口を中途半端に開きかけたが、最後にはぐっと唇を一文字に引き締め、頷いた。
 恐らく、冗談なのだろうと判断した。それでも、ジーニストのことを問題がある時にしいてまで冗談を言うような人間とはみなしていない。冗談を言うのであれば、翻って大きな問題の無いことの証左だろう。

「とにかく、問題が無さそうなのであれば安心しました。では、引き続き予定の期日までお願いします」
「承知。私が見る限り彼は、軽率に組織を裏切るような人間ではないでしょう……恐らく」

 最後にそう言い置いて、ジーニストは公安委員会での中間報告を終えた。




 




 公安員会本部の最深層に位置する資料保管庫フロア。ホークスは未だ足を踏み入れたことさえなかったが、そのおおまかな配置に関しては、数カ月前から剛翼を使って入念に探り終えていた。
 ヒーロー公安委員会は、単に時代遅れだからというだけでなく、セキュリティの面から機密資料の紙での保存を続けている。敵にとっては天敵の総本山とも言える場所で、サイバー攻撃は絶え間がない。それならば、本部への物理的な侵入者を防ぐ方が現実的な策だった。
 実際に警備は24時間厳戒体制で、ホークスが深夜でも建物内に入れるのは特殊な立場あってのことだ。それでも、目的の場所までは正面からでは辿り着けない。剛翼の一部で侵入者を装って警備員を引きつけ、そのすきに監視カメラの死角から、足音を出来るだけ立てないようにわずかに体を浮かせて廊下を渡る。深夜、人気のない建物は些細な音でも大きく反響させ、緊迫感を湛えていた。不法侵入に気づかれた様子はないものの、要所に剛翼を飛ばし警備員の動きには意識を向けておく。
 事前に見当をつけていた場所に目的の部屋を見つけると、口にくわえた懐中電灯で照らしながらアルミ棚に並べられた文書保存箱の表面を順に目で追い、黒マジックで書かれた日付を確認する。
 途中、あった、と呟いて足を止めると、目の前の箱を複数枚の羽根ですかさず棚から抜き取り、床に座りこんで中の書類の束をめくり始めた。


***


 インターン期間も終盤に入る頃には、その月の事務所の活動実績が前月と比べて異様な伸び方を見せつつあるのが明らかになっていた。要因はもちろん、ホークスの貢献によるものだ。
 これは、全国喰いまくるってのもあながち大口じゃあないな。
 まとめられた報告書を眺めながら、ベストジーニストは内心で唸った。同じヒーローである以上、敵ではない。だが、それこそランキングの上下を競い合う立場になるまでにそう時間はかからないだろう。

「え~~~この団体は、表向きにはNPOが中心になって立ち上げた自助グループの一種です。活動としては、無個性に起因した問題やコンプレックスを抱えている同士のピアサポートが主ですね。相互カウンセリング、シェルター運営、講演会の開催云々」

 ホークスが”耳よりな情報”を掴んできた翌日、彼は事務所のホワイトボードを使い流暢にその内容を説明していた。

「ただ、どうにも資金の動きがおかしい。それに、人の出入りも。ここ数ヶ月の会員の増加率は、それ以前の数倍です。無個性に対する扱いはどこの政府も慎重ですからね。隠れ蓑のブラックボックスとしては丁度いいんでしょう」

 そこまでの説明を受け取って、ジーニストが続ける。

「何かが……敵が陰で糸を引いていると?」
「と、いう可能性も。いわば個性至上主義の今の社会で、反乱分子を育て上げるのに無個性の方が都合いいっていうのも妥当でしょう。ま、本当にただ偶然人気が高まって篤志家の目に止まっただけって可能性もありますが……」

 ホークスの右手の指が、ホワイトボード用のペンをくるくると回す。そして最後に、そのペンの先で自らの顔を指し示した。

「で、俺はまだデビュー前だから顔が広くは知られてません。潜入にぴったりじゃないですか?」
「待て。入会の第一条件は“無個性”だぞ。そのあからさまな翼はどうする?」
「大丈夫です」

 と、言うや否や、ホークスは背中の羽根をすべて床へと滑り落とした。ドサドサ、と音をたてて山をつくった羽根に、ジーニストが思わずギョッとする。個性の特性から考えれば不思議な行動ではないが、まるで糸が一挙にほつれて服が脱げたかのような異様さがあった。

「冗談はやめろ。個性無しで、もしも戦闘になったらどうする?」
「今のところ、会のメンバーが暴力沙汰を起こしたような事件は無いし、それに標榜通り全員が無個性です。個性無しでの肉弾戦ならそれなりにはやれます。今ここにいる誰が相手でも負ける気しませんよ」

 ホークスがさらりと口にした言葉を受けて、ジーニストがその場にいる十数名のサイドキックの顔をぐるりと見回す。見られた側は、ホークスの言葉を否定もできず、一様に困った顔で肩をすくめて見せた。

「一応聞くが、それは私も含まれているのか?」
「やってみます?」

 いつもながらの自信満々の笑顔を「時間の無駄だ」と一蹴したジーニストは、そのまま手元の資料をホークスに押し付けた。


***


 潜入調査そのものは、可能な限り時間をかけずに済ませる予定だった。入会する素振りを見せて一度内部に入ることさえできればそれで充分。様子を見てサポートアイテムの盗聴器と隠しカメラを仕掛け、身をくらます。
 その手はずのはずが、当日になって、ホークスの動きに異変が生じた。まず、常時つなげていたはずのホークスのインカムとの通信が途切れた。そして、予定した時刻を大幅に過ぎて戻る気配がなかった。元々危険性はそこまで高くなく、あくまでも様子見の段階ということで人員は割いていない。動くのであれば、侵入先に勘づかれないように数キロ先で待機しているジーニスト自身になる。が、その判断を下すのにはためらっていた。

『ぁあ゙、あ~……ジーニストさん?』
「ホークス?! 状況は?」

 一方的に切られてから数十分、突如つながったホークスとの通信にジーニストは即座に応答した。常とは明らかに違う濁った声色での第一声に、胸騒ぎを覚える。

『すんません、俺の剛翼、持ってきて……ください』





「どうした?! 毒かっ!」

 ホークスから伝えられた人気のない路地裏に辿りついてすぐ、ジーニストは壁に寄りかかって頭を抱えるホークスの姿を見つけた。

「っちがい、ます……自白剤です」
「自白剤……」

 そんなものが用意されている時点で、すでに普通の団体とは言い難い。いぶかし気に眉をひそめたジーニストは、ホークスの様子を改めて確認して命に別状は無さそうだと判断すると、明瞭な声で質問を投げかけた。

「指示を無視して深追いしたわけを言え。恐らく、私に話してないことがあるだろう」
「勘弁、してくださいよ……やっぱ、抜け目無いなあんたは」
「どうやら、自白剤なのは本当みたいだな。口が悪いぞ」
「あいにく、育ちがわるいんでっ……できれば、これ以上人が来ないようにしてください。不可抗力で、俺もあなたも、いろいろとまずいことになるかも」

 ホークスの素性については、事務所の面々にも詳しくは伝えていない。公安とのつながりが漏れてしまえば、この先のホークスの活動自体が危うくなるだろう。そしてそれは、公安からの依頼でホークスを預かっているジーニスト自身の立場も同様だ。ジーニストはすぐに、こちらに向かわせていた人員に連絡をとり、引き返して待機するよう指示を出した。

「それで、何があった?」
「俺は……いずれ存在を消されるかも知れない」
「なにを言って……」
「公安が俺みたいなヒーローを使う本当の理由が分かりますか? 都合がいいからですよ。表ざたになればヒーロー社会への信頼が揺らぐようなテロ、汚職、機密漏洩。個性を使って密かに処理をするのに、俺みたいな人間が役に立つ」

 壁を支えになんとか体勢を立て直そうとしながらも、支え切れずに地面に膝を着く。反射的に伸ばしたジーニストの腕は、野良猫に無理に触ろうとした時のように勢い良く撥ね退けられた。緊張を少しでも緩和させようとホークスのスーツの繊維をゆるめてはみたが、あまり意味は無さそうだった。

「深追いしたのは、陰にいるのが敵じゃなくてヒーローだと分かったからです。元々公安からの指示がありました。“もしも”の場合は内密に処理しろと。失敗、しかけてますけど!」

 それ以上、ジーニストの側から質問を投げ掛ける必要はなかった。堰を切ったように勢い良く喋り出したホークスは、眉を吊り上げ、笑顔とも怒りともつかないそれまで見せたことのない表情を浮かべ、口を大きく動かし続けている。

「ヒーロー達が紡いできた希望? ハッ、笑わせんでくださいよ! きれいな糸だけで織られてるように見えるのは、汚い糸を裏で誰かが取り除いてるだけやけん、やけん……俺は、オールマイトみたいにきれいなヒーローにはなれないんですよ! この先!! 絶対に!!!」

 路地裏に、喉をきつく絞って出した低い声での絶叫が響く。このまま興奮状態が続くと命の危険にも関わる──やむを得ない、と判断したジーニストは、ホークスのヒーロースーツの首元を狙って個性を発動し、頸動脈を圧迫した。




 





 ホークスがベストジーニストの車の助手席で目を覚ますと、待ち構えていたジーニストが運転席からすかさず声をかけた。

「目が覚めたか。見たところ、もう薬は抜けているようだが」
「おかげさまで異常は無さそうですね。動揺しちゃいましたけど、量はそんなに多くなかったみたいです」

 よっ、と声を出しながらリクライニングされているシートの上で上半身を起こしたホークスは、気絶している間についてしまった型を直すように、バサバサと背中の羽根を羽ばたかせた。狭い車内でのはた迷惑な行動に、ジーニストが顔をしかめる。
 それを気にした様子もないホークスは、小さな羽根数枚をふよふよと宙に漂わせると、車のドアの隙間に挟んで制止させ、それから、首を曲げてジーニストに目線を向けた。

「ちょっと、人に聞かれたらまずい話をさせてください」
「構わない」
「……レディ・ナガン、ご存じですかね?」
「懐かしいヒーロー名だな。もちろん、知ってはいる。当時活躍していた分、事件もかなり話題になったからな」
「ああ、麗しのスナイパーヒーローが敵に堕ちたっていう」
「活動期間はギリギリ被っていないが、丁度私が雄英に通っている頃が彼女の最盛期だったんだ。事件があるまでは、授業でもよく取り上げられていた」
「そうですか」
「彼女がどうした?」
「レディ・ナガンは、俺の“先輩”です」
「……つまり、公安直属のヒーローということか」
「もちろん、表向きには公表されてませんよ。それに、俺にも前任者がいたとは伝えられてない。そりゃ、タルタロスに先輩いるなんて言うわけにはいかないでしょう」
「では、どうして知った?」
「……たまたまです。俺は立場上、上位ランキング者向けのヒーローネットワークよりも更に機密性が高い情報にアクセスできます。それで、彼女が収監されるに至ったヒーロー殺しの事件について当たってみました。分かったのは、彼女に殺されたヒーローは、専用物資と情報を敵に横流ししていた人物だってことでした」
「つまり……」
「つまり、彼女のヒーロー殺しは公安に受けた“任務”です。それがなぜか、表ざたにされて罪に問われ、敵として捕まった。詳細は分かりませんが、公安にとって都合が悪くなった存在の末路を見てしまった気がしました」
「なるほどな。しかし、たまたま、とは思えないんだが」
「前任者の影自体には前々から気づいてたんですよ。俺だけのために用意されたとは思えないような設備とかシステムとか。隠されると、気になるじゃないすか」

 そう言って、へら、と笑うと、小さな羽根を一枚飛ばし、車のダッシュボードに置かれていた携帯端末を取った。画面の光が、ホークスのつまらなそうな顔を照らす。

「公安の、今の社会をなんとか維持したいという気持ちは分かります。でも、俺はただ使われるだけのコマになるつもりはありません。オールマイトと同じで、公安のやり方も好きじゃない。俺は、俺のやり方で飛びたいんで」
「……」

 ジーニストは沈黙した。彼の立場からでは、何も答えようがなかった。そもそも、ホークスの話が本当であるとすれば、今の話は全部聞いていないことにしなければならないのだから。

「もし会えるなら、彼女に会いたいか?」
「そうですね……もし会えるなら、その時は笑ってあげたいですね」
「は?」
「ナガンが捕まった時の資料、あと当時のニュース映像とかも全部見返したんですけど、彼女はかなり辛そうでした。事情のすべては知り得なくても、同じ立場だから心境はなんとなく分かります。だからこそ、俺は元気でやってるって、あなたが抱いていただろう希望をちゃんとつないでるって、伝えたいです。……逆に嫌がられますかね」
「君の笑顔は、気に障るところがあるからな」
「うわ、ひどいなー。あ、俺がいろいろゲロっちゃったこと、公安にはぜったい内緒にしといてくださいね」

 ホークスが両手の平を顔の前で打ち合わせて懇願するのに対して、ジーニストは無言で冷めた目を向けるに留めた。ジーニストが告げ口できる立場でないことは、ホークスも十分に理解しているはずだ。内情を吐露したのも、信頼からではなく都合が良いからというだけだろう。

「っと、こんな悠長に話してる場合じゃなかった。ジーニストさんが俺のこと助けに来てからどれくらい経ちました? 向こうさん、逃げた俺のこと探してるはずですよ」
「そうだろうと思って、ここはまだ現場付近だ。迎え撃った方が早いだろう」

 各々車外に出て、辺りを目視で確認する。ジーニストが車を停めていたのは、ホークスをピックアップした場所からそう離れておらず、かつ人気のない湾岸の倉庫街だった。

「現場で出くわしちゃった件の悪徳ヒーローについても説明するの忘れてましたね。ま、実際に見た方がはや──」

 ホークスの説明は、途中で強制的に中断された。灯りのほとんどない暗闇が、フラッシュを焚いたような眩しい光で一瞬昼間のように明るくなり、それと同時に、二人の足元に火の粉が飛んできた。

「っぅあっっっつっ! うわ、クソ最悪! 燃えた!!」

 咄嗟に飛びのいた先で、ホークスが背を振り向き剛翼の先を確認して悲鳴をあげる。

「誰だあいつは?! あんなやつヒーロー名鑑に居たか??」
「なんっていうか、エンデヴァーの下位互換ですよ! あっちが火力発電所だとしたら、キャンプの焚火ぐらいなもん、でっ」
「焚火にしたら強すぎるだろ!」

 炎をまとって現れた敵と距離を取りつつ、叫び声で会話を続ける。ホークスは延焼を避けるために火がついた羽根をバラバラと地面に落としながら飛んでいた。
 インターン期間中、食堂で発生したボヤ騒ぎの救援の際にホークスがわずかにたじろいだのをジーニストは見ていた。ホークスの個性の特性は資料で見てある程度把握していたが、実際に目にして分かったことも多い。その時には、恐らく普通の鳥の羽根と同じく耐火性はそうないのだろうと察した。
 目の前で怒り狂っている火達磨と相性が悪いのは間違いない。それに、先程相手の攻撃を避け切れなかった動きを見るに、ホークスの状態も万全までには回復していないのだろう。
 二人いれば十分と思っていたが、一旦引いて態勢を立て直すべきかも知れない。そうジーニストが思案している一方、頭上斜め上ではホークスがやれやれ、と面倒くさそうにため息を吐きながら、額に上げていたゴーグルを目元まで下げていた。

「ま、下位互換だからこそ拗らせちゃったのかも知れないすけど」
「おい待て、まだ行くな!!」

 ジーニストが目の端で、想定している安全圏のラインを飛び越えて前へと出ていくホークスの姿を捉えた。呼びかけに応えは無い。
 慌てて上着の繊維を操作し無理にでも引き留めようとした直前、ホークスはジーニストの動きを予測していたかのようなタイミングで上着を脱ぎ去った。
 そして、袖を抜く際にいったん手放した大きな羽根は、ホークスの手に戻ることなくそのまま宙を飛んだ。ホークスへと一直線に向かってきている敵を、死角に回り加速した赤い羽根が襲う。
 しかし、その羽根は炎に包まれた敵そのものに向かう途中で、突然方向を変えた。その先にあるのは、近くの工場へと電気を供給する太い送電線だった。それが剛翼によって切断されるのとほぼ同時に、敵に向かっていたホークスが空中で一瞬背後を振り返りジーニストに目配せをする。

「っくそ!」 

 切れて地面に落ちていく送電線をジーニストが操り、その先端を敵に向かって素早く走らせる。強い電気が通っているせいか、個性操作に対する抵抗感が重く、握った両拳と全身に自然と力が入る。

「そもそも別にっ……切ってもらう必要はない、んだがな…!!」

 口ではそう強がり悪態をついたものの、ホークスにサインを送ってもらわなければ送電線の存在に気がつかなかっただろう。
 送電線の先をぶつけて感電させると、致命傷だと分かる激しい断末魔と共に、体にまとった炎が一瞬大きくなる。反射的に敵に背を向けたホークスの残っていた剛翼がその飛び火で燃え落ちるのが、地面に居るジーニストからも見えた。剛翼がなくなれば、当然ホークス自身の体も空中には留まれない。ジーニストは予測される落下地点に向かって慌てて走りながら、落ちてくるホークスの体に向けて自らの服の繊維を放った。

「なぜ囮になるような真似をした! バカか?!」

 即席の捕捉ネットと共に地面に不時着したホークスが態勢を立て直すのを待たずに、ジーニストが頭上から怒声を浴びせる。それに負けじと、ホークスもジーニストを見上げて吠えた。

「いいじゃないですか、無事だったんだから! それに、俺はまだデビューもしてないひよっこで、たとえ死んでもあなたほどの影響力はありません。俺は、あなたが救ってきた人とこれから救うだろう人の数の多さを知ってます。言ったじゃないすか、オールマイトだけじゃ今の平和は成り立ってないって」
「自分の命を安易に天秤にかけるな! そもそも、その天秤なら上がるのはこっちの方だ。おまえはっ……未来だぞ」

 呆れと驚きで語気を荒くするジーニストを、ホークスは理解できないという顔で眺めていた。それでも、ぐるり、と目線を上下左右に回すのと一緒に思考を一周巡らせてから、何ごとかを思いつき、パッ、と明るい笑顔を浮かべた。

「じゃあ、これは貸しにしましょう。俺の命一回分」
「……返してやるよ。その時が来たらな」

 ジーニストは言葉の勢いの収束と共に肩を落とし、そのまま地面に膝を着いた。
 遠くから消防者のサイレンが聞こえてくる。この辺りの地域なら消火活動に特化したヒーロー、ウォーターホースの到着が先かも知れない。
 それまでに、諸々を誤魔化す方法を考えなくては。
 厄介極まりなさそうな後処理に頭を巡らせながら、ジーニストは安堵と嫌気の混ざった重いため息を吐いた。




 




 インターン最終日。すでにその日の業務をすべて終えたジーニスト事務所で、ホークスはベストジーニストが公安宛ての報告書を完成させるのを待っていた。後日でも構わないと公安からは言われているが、何ごとも急かしたがるホークスは許さなかった。ただ、実際に書類に記入するのはジーニストだ。自分自身は手持ち無沙汰なので、隣の椅子に座り一方的にしゃべり続けていた。

「いや~しかし、ジーニストさん見てたら後進育成ってマジで大変そうだなって実感しました。俺はそういうのいいんで、自由にやりたいですね」

 大変だったのは、相手がおまえだからだ。と言いたいのをぐっと堪えたジーニストは、無言で報告書の末尾にサインをし終えてから、落ち着いた眼差しでホークスを見た。

「個性が、世代を経るごとに強くなっているのは知っているだろう? 私はむしろ、自分よりもこれからの世代に期待している。時間はかかるかも知れないが、オールマイトが退いた後の解決策もきっと見つかるはずだ。力を撚り合わせればな」
「……だといいですけどね」

 ホークスが、感情が読みとれないくらい薄い表情で、襟足をガシガシとかきながら呟く。納得しているとは思えない態度に、それでも完全に否定はされなかったことでいくらか溜飲を下げたジーニストは、書類を入れた封筒にしっかりと封をしてからホークスに渡した。

「ちゃんと会長が安心するような内容で書いてくれました? なんかあの人、俺のこと心配してるみたいなんで」
「知るか。もし今回のことで待遇が悪くなったとしたら、どう考えても自業自得だ」

 茶封筒を照明に透かし見て首をひねるホークスに、ジーニストが早口で正論を返した。

「そういえば、インターン先は別にどこでも良かったんだろ。なぜウチを選んだ?」

 ジーニストが今更とは思いつつずっと気にしていた疑問を投げかけると、ホークスは封筒を懐にしまいながら、ああ、と相槌をうった。

「ジーニストさんのファイバーマスターって、ぶっちゃけそこまで強くないじゃないですか」
「最後に喧嘩を売って帰りたいのか?」
「いやいや、違いますって! 個性単体じゃ、って意味です。俺も似てるんで、分かるんです。火力は無いし、集中力が切れたらその瞬間にヘタる。とにかく手数とコントロールが命だから、使いこなせるようになるまで必死で練習しました。だから、ジーニストさんがその個性で今のランクまで上り詰めたのを、フツーに尊敬してます。それがりゆ──」
「やめろ。素直に褒められると気分が悪い」
「そんなことあります?!」

 理不尽な返しに不満の声をあげたホークスがさらに文句を続けようとするのを、ジーニストはピシッと指先まで伸ばした手の平で制止した。

「話は終わりだ。じゃあな。見送りが必要か?」
「いえ。……あっ、そうだ。あの言葉忘れてませんよ。俺がこの先困った時には、命賭けてくださいね」
「……一度縫ってしまった穴は埋められない」

 つまり二言は無いってことですか?と嬉しそうに言い直したのを最後に、ホークスはジーニストの事務所を去った。
 残されたジーニストは久方ぶりの静寂に安堵し、椅子の背もたれに長い背を預け天井を見上げた。それから、机の上の携帯端末を手に取り立ち上がると、道路に面した窓に歩み寄った。
 夕方の空は、際の方から夜が混じり始めている。そのグラデーションの中を静岡の方角に向かって飛んでいく鳥の姿を目で追いつつ、青臭い未来の話をしたくなったと伝えるために、ヒーローとして多忙を極めているだろう後輩に電話をかけた。





おわり