染まらずに

 

 中央病院、緊急手術を終えたレディ・ナガンの個室から出てきたホークスは、ドアの横の壁に背中を預けて立っていたジーニストの常人ならざる長身の圧を受け、反射的に防御の姿勢を取った。
「うぉっ、びっくりした~。無言怖いですって」
「彼女の容態はどうだ?」
 背中を壁から離したジーニストがホークスの隣に並び、病院の出口へと向かって足早に歩きながら互いに前を向いたまま話を続ける。
「一命はとりとめたものの予断は許さず、って感じですね。でも、あんな状態で命が助かっただけでも奇跡的だって」
「奇跡か。素晴らしい」
「はい。AFOにつながる糸口になり得る存在です。すでに重要な情報はもらってますけど、可能ならもっといろいろ喋ってもらわないと」
ホークスが自らの肩に手を置き、凝りをほぐすように首を前後左右に回す。ゴリゴリと骨が鳴る音が、人気のない病院の廊下に響いた。
「しかし、彼女がヒーロー公安委員会の直属ヒーローだったとは驚いたな。君たちの他にはもういないのか?」
「俺が知る限りは……今のところ。まー大概酷い組織ですから。彼女と俺、先か後かの違いですよ。もしかしたらAFOにかどわかされてたのは俺の方だったかも知れない」
 は~あ、と、あえて声に出しながら吐き出されたホークスの長いため息を聞いて、ジーニストはふむ、と頷くと、首を捻って右隣に視線を落とした。
「ホークス、デニムがなぜ色落ちするのか知ってるか?」
「なんスかいきなり」
「デニムは撚った糸を先にインディゴで染めてから織り上げる。ただ、その糸も中心まで完全に染まっているわけではない。中心には元の糸の色である白色が残っていて、それが次第にあらわれてくることで複雑な美しい色合いを生む。それが、いわゆるエイジングだ」
「えーと、つまり?」
「人間、芯まではそうそう染まらない。彼女も君も、根っからのヒーローだ」
 トントンと階段を小気味よく降りていたホークスの足が止まる。一段飛ばしで降りていたジーニストはそのことにワンテンポ遅れて気が付き、数段下で足を止め、振り返った。
「じゃあ、裏も表も無さそうなあなたでも、この先いつか芯の部分が露呈してくるんですかね。楽しみだな」
 ホークスが、弾んだ声色で嬉しそうに言った。ニコリ、と音がしそうなほどにキレイに細められた目と半円になった口とで作られた笑顔がジーニストを見下ろす。その視線を片目で受け止めたジーニストは、答えは返さずに話を続けた。
「……しかし、落ちる彼女を助けに行った時は随分焦っていたな。珍しいものを見た」
「すごい、目も良いんですね。」
「前に言っていただろ、AFOは笑ってばかりいると。正直なところアレは自身を顧みての発言かとさえ思った」
「えぇ? そんなに笑ってばっかですかね俺?」
「あくまで印象だよ。有り体に言ってしまえば、感情が欠落している人間の笑い方だと以前から感じていた」
「よくもまあ、そんな人間のムチャな頼みを聞き入れましたね」
「正義の遂行のために必要だと判断したからな……それに、敵になると思ったことはない。元々、信頼こそしていないが信用はしていたんだ」
「はは。それくらいが気ィ楽です。真っ直ぐすぎる「信じてる」は、俺にはちょっと荷が重いんで」
 肩の荷を示すように、トントン、と自らの肩を握りこぶしで叩く。その振動で、背中に生えた数少ない羽根が上下に揺れた。
「……俺が彼女のために必死になったのは、直前に必死で助けられる経験をしたからです。他人に生かされるって、結構重たいもんですね。でもだからこそ、彼女にとっても少なからず枷になると思った」
 その場で軽く膝を曲げたホークスが、床を蹴る。ジャンプしたそのまま、ふわり、と体は浮遊し、ジーニストの立っている場所も越え、階下の踊り場へと降り立った。その動きを目で追ったジーニストの横を、羽ばたきの音が遅れて通り過ぎていく。
「レディ・ナガンに問われて思い出した。俺は、他人に頼られるような柄じゃない。人の支えになれないからこそ、みんなの支えになれる人を支えたいんだ、って」
 降り立った先でくるりと振り向きジーニストを見上げ、先ほどまでより声を大きく張って告げる。変わらずの明瞭な笑顔。なにかが吹っ切れた晴々しさと、そう捉えられなくもない。しかし、ジーニストがその笑顔から感情を読み取る間も与えずに、ホークスは身を翻しさっさと歩き出してしまった。
「……お前は化繊だ。染めようと思っても染まらないよ」
ホークスが廊下の角の向こうに消えた後、誰もいない踊り場に向かってそう呟くと、ジーニストも大股で残りの階段を下り始めた。