インターン先希望調査
「お、常闇。こっちこっち」
職員室に入って来た常闇を、相澤が自らの机の方へと手招く。手近にあった持ち主不在の椅子をそばへと引き寄せ座るよう促すと、常闇は一礼してからそこに腰を下ろした。
「悪いな、わざわざ呼び出して。で、さっそく本題だ。今度のインターン先、お前ホークス事務所で希望出してるけど本当にいいのか?」
一枚の書類を手に相澤が問いかける。すると常闇は、ほとんど間を置かずに首を縦に振った。
「間違いありません。そのつもりです」
「そうか……」
相澤は、改めて常闇の筆跡で書かれた希望インターン先を眺めながら、首裏で絡まっている長髪をガシガシと掻き乱した。
常闇本人には全くなさそうな迷いが相澤にあるのは、以前の職場体験後の常闇の様子を知っているからだ。
すべての生徒から報告を受けて以来、相澤が気がかりだったのは「学べたことは特に無かった」と言い切った常闇だった。
「その、なんだ……前にも言ったかも知れんが、たとえ良いヒーローだからって、良い教師になれるとは限らない。オールマイトが良い例だろ。俺もべつに、ホークスの実力を認めてないわけじゃぁないが……」
直接の面識はない。ホークスが活躍し出したこの数年は、相澤が雄英高校の教師として赴任した時期と被っているため、プロヒーローとして現場を共にする機会はありようもなかった。
そもそも、デビュー早々から派手に活躍してメディア露出も遠慮なし、狙ってチャート上位に踊り出るようなタイプは、相澤のスタイルとは真逆をいっている。仮に面識があったとしても、馬は合わなかっただろう。
それでも、実力は認めていた。
生まれ持った個性の強力さはもちろん、その使い方、有事の判断力、おまけにセルフプロデュースまで。すべての要素が同世代、いや、全世代のヒーローの中でも群を抜いている。
だからこそ、生徒を預けても構わないと思ったというのに。
常闇からの報告を聞いた限り、後進育成に力を使おうという気概は感じられなかった。自分さえ動ければそれでいいと思っている――ただの青二才だ。
「あの相澤先生、紙が……」
「あ、悪い」
常闇の指摘で、いつの間にか握りしめていた右手の力を慌ててゆるめる。なぜか両目もさっきまでより充血していた。
「とにかくあれだ、緑谷や切島みたいに、職場体験の時とはちがう事務所にインターンに行く予定のやつも大勢いる。最初の選択にこだわる必要はまったくないぞ。……悔しさがバネになる時もあるが、高すぎるプライドは目を曇らせるだけだ」
爆轟の顔が思い浮かべながら告げた相澤の言葉に、常闇はふたたびキッパリとした口調で否定の言葉を述べた。
「心配無用。ご指摘の通り、当初は怒りで我を失っていましたが、今は別の考えにも及んでいます」
「別の?」
「先ほど先生がおっしゃった通り、良いヒーローが良い先生とは限らない。ただホークスの場合は、彼自身がこれまで人に教わることがなかった故の態度ではないかという可能性も」
顎に手を当て、眉をひそめ思案する。15才とは思えない顔つきと口振りに、相澤は何も言えずに言葉の続きを待っていた。
「誰かに教わることなく高みへと昇り得たからこそ、教えを乞わんとする者の気持ちを理解しようがないのではないかと」
「まあ……そういう面もあるかもな」
「それならば、こちらにもやりようがある。こちらを生徒として扱う気がないのであれば、対等に見てもらえるところまで自ら上がります」
「……おお」
「それでも無視されるようだったらさすがに諦めますが」
そう言うと、相澤の肩越しに虚空を見つめニヒルに笑った。
常闇が出ていくのとちょうど入れ替わりに、常闇が座っていた席の主が職員室へと戻ってきた。
なぜか椅子が生温かいのを不思議に思いながら席に着いた山田は、なぜか机に完全に突っ伏して脱力している同僚に声をかける。
「よ~イレイザー。どしたぁ? いつも以上にジッメジメしてんなぁ?」
陽気な声を受けノロノロと体を起こした相澤は、今度はそのまま椅子の背もたれに全体重を預けると、頭を仰け反らせ光のない目で天井を見つめ始めた。
「なあ、マイク……俺らが22歳の時ってどんなだったっけな」
「んだよいきなり。22って言えば、あれだろあれ。偏向報道にブちぎれたお前が俺と一緒にテレビ局乗り込んで、個性使って電波ジャックやらかした年」
「……」
「あとはあれだ!俺がミス・ジョークと組んでM-1出場した年だ!せっかく賞金1,000万山分けして稼ごうと思ってたのに、お前が客席から個性使って台無しにしたやつ」
「…………つまり」
「ま、自己チュ―のクソヤロウって感じだな」
「………………だよなぁ」
相澤が天井を見つめたまま気力に欠けた声で同意すると、山田は嬉しそうに、大きな笑い声を職員室中に響かせた。