理由-夜

 



「ホテルとか取ってないなら、うち泊まってく?」
 ホークスの誘いに乗った常闇がつれていかれた先は、見知っているのとは別のマンションだった。
「あーここ、昔から使ってる俺のセーフハウスのひとつ。前に教えたところは公安が用意してくれたんだけど、なんか居心地悪くてね。風水的に良くないのかな」
 ガチャガチャと鍵の束を玄関脇のスペースに放りながら、その音に負けじと快活に喋る。手を使わずに靴を脱ぎ捨てたホークスが後ろを振り返ると、常闇は玄関から一歩入ったところで動きを止めていた。
「どうぞ?」
 律儀に許しを待っているのかと思ったホークスが、靴を脱ぐように促す。すると常闇は、自らの立ち位置は変えずに、一段高いところにいるホークスの腕を掴んで引き寄せた。
 バランスを崩したホークスが上体を傾げると、下がった頭の耳元に常闇が口を寄せた。
「キス、していいか?」
 耳元で囁かれたホークスが、バッ、と体を跳ね起こし常闇と距離を取ろうとする。が、腕を掴まれているため思ったほどには下がれずに、ただその場で体を強張らせただけだった。
「なっ、に急に?」
「いや、正確にこちらの意思が伝わっていないような気がしたから確認したい。俺はあなたの好きをそういうつもりで受け取ったし、そのつもりで返した。家に足を踏み入れるということは、そういう意味だと思っていいのか?」
 淡々と質問を投げかけてくる常闇に、ホークスは数秒の間をおいてから、コクリ、と一度だけ頷いた
「……いいよ。俺も、そういうつもり」
「キスも?」
「いいけど! 手洗ってうがいしてからね」
 答えをもらえて常闇の手の力がゆるんだすきに体を離したホークスは、トトト、と廊下を足早に進んだ。
「冬だし、最近市内で風邪流行ってるからさー」
 そそくさと洗面所に消えていくホークスの耳が赤くなっているのを見つけた常闇は、無言で微笑みながらブーツを脱ぎ始めた。



 そんな宣言を受けて、平静で居られるわけもない。
 果たして“その時“のタイミングはいつなのか。ホークスの頭の隅には、常にその疑問が居座っていた。ただ、タイミングは思いの外分かりやすく示された。
 帰りがけのテイクアウトで夕飯を簡単に済ませた後、順番に風呂に入って出てみれば、さっきまではいっしょに過ごしていたはずの黒影がどこかへ消えてしまっていた。無論、消えた先は常闇の腹の中だ。
 実質三人だったのが二人きりになると、空気の変化が如実だった。横並びでソファに座り、BGM代わりにテレビを流しながら他愛のない雑談をする。眠る前に精神をリラックスさせるためのはずの時間と空間が、妙な緊張感のオブラートで包まれていた。
「ホークス、明日の予定は?」
「明日は俺待機だけど、夜に配信ライブがある。誕生日だからね。ほら、視聴予約こんなに入ってるよ」
 スマホで予定を確認していたホークスが、画面を常闇に見せる。常闇がその手元を覗き込めば、自然と二人の距離が近づいた。肩が触れ合うとホークスの体が緊張で強張る。それでも、斜めになって近づいてくる常闇の顔から逃げることはせずに、自らも距離を詰めた。
 二人にとっては二度目のキス。洗面台での一度目とは違う、触れ合うだけで終わらない長いやり取りに、どちらも次第に息があがっていく。
「……っは、……ン、ふっ……」
 途中、ホークスはキスの直前で閉じた瞼をゆっくりと慎重に持ち上げ、薄目を開いた。眼前にある常闇の顔をよく見れば、閉じた目の縁に睫毛が羽毛とは別にちゃんとついている。当たり前と言えば当たり前だが、これまでは気にしたこともなかった。
 さわりたい。触れてもいいのか。どこに触れても、許されるのか。
 バチリ、と空気が始める音がした気がした。閉じていた常闇の目が開くと、大きな瞳はホークスの視線に当然気がつき、赤い虹彩が輝きを増す。至近距離で目が合うと、それが合図かのように、口だけでなく全身を寄せあった。
 互いに相手の部屋着のシャツのすそから手を入れ、熱を持ち始めている肌に手を這わせる。直に触れる皮膚の感触と体温に、息がますます荒くなっていく。
「っは……ホー、クス」
 冷静さを手放しかけているのはどちらも同じだが、より熱が高いのは常闇の方だった。ホークスを見つめる目は、角膜だけでなく白目まで赤みを帯びている
 敵を前にした時の形相にも近い、目の前の任務を完遂するまで諦めることのない、獣の目。
「その目……好きだな」
 この目に追い詰められたい。ヒーロー同士でいては満たされることのない欲求が腹の底で頭を擡げるのを感じた。
「だから、君さえよければ俺のこと…その……」
 常であればハッキリとした物言いのホークスが恥じらい明言を避ける様子に、常闇は緊張した面持ちをわずかに綻ばせて笑んだ。
 だが、明言せずに終わらせることは許さなかった。
「だから?」
 促しながら、そっと、火傷痕の残る左頬を指先で撫でる。その手の優しさと裏腹に視線は鋭く、困ったように揺れる黄金の双眸を見つめ続けた。
「だから……抱いて、ください」
 追い詰めているとはいえ素直すぎるホークスの物言いに、言葉足らずを責め過ぎたかと、常闇の胸中をわずかな罪悪感がよぎる。それでも、猛禽の影もなく懇願するホークスの姿に興奮を抑えられるはずもなかった。





「……ッ、あぁ…ァ!」
 反りかえる背中で、バサバサと、網から逃げようとする鳥のように深紅の翼が羽ばたく。
 長い風切羽はホークス自身の体だけでなく、その体をソファに押さえつけている常闇の顔や腕にも当たっていた。硬化していないから傷こそつかないものの、さきほどから動きの邪魔にはなっている。
 剛翼の操作には神経を使うため、今のように意識が散漫で自らの体の動きすらままならないと、ホークス自身にも制御は難しかった。
「ごめん、はね、邪魔かっ、も……はずそか」
 ホークスの提案に、常闇が腰の動きを一旦止め、軽く首を傾げた。
「そのままで構わない。天使を抱いているようで気分が良い」
「てっ……!」
 言葉を失ったホークスが、一気に紅潮した顔を隠そうと両手で覆い、わーうわー、と掌の奥でくぐもったうめき声をあげる。
「きみ、そういうの、どこで覚えてきたの…」
「エンデヴァー事務所だろう」
「……エンデヴァーさんはそんなこと言わん」
「どうだかな」
 会話は終わりとばかりに、常闇が腰の動きを再開させた。油断して緊張が緩んでいたホークスの体内の、きょう一番の奥へと常闇の先端がすんなりと到達する。
「う、わ……!ぁっ、ハァ……ハァ」
「ッ……っぐ」
 新鮮な感覚にホークスの体が強張ると、その拍子に締め上げられた常闇も息を詰まらせた。
「っは……自分の中に、自分じゃないもの入ってるのって、こんな感じ、かぁ」
 常闇の肩を掴んでいたホークスの手が、汗で湿った胸の中央を辿り、腹のへそ辺りを指先で撫でた。眉根は苦悶でゆがめたまま、口元にだけ笑みを浮かべている。
「……ダークシャドウは、俺の一部だ」
 そう反論した常闇は、わき腹をくすぐろうとしているホークスの指を手ごと掴むと、そのまま自らの口元へと引き寄せた。
「あなたも、俺の一部になってしまえばいい」
 ガッ、と開いた嘴が3本の指先をまとめてくわえこむ。ザラついた薄い舌が関節をたしかめるように指の腹をゆっくりと舐め、歯が爪を齧る。
「……ッ、ふぁ…」
 口内からの出し入れを繰り返した後、指の股や手の平にも丹念に舌を這わせていく。その感触と、胎内でずくずくと膨張と収縮を繰り返している熱棒の刺激にホークスの口から甘い声が漏れる。
「すべてを喰らって、胎内に収めてしまいたい。そうすれば、一生離れることもない」
 喋りながら上体を倒し手首から腕の筋を舌先で辿り、二の腕のやわらかい内側の肉を嘴が食む。しっかりと痛みを感じたホークスが、思わず頭を振った。
「っい……ツぅ」
 赤くなった噛み跡をねっとりと舐めてから腕を放す。出たばかりの冷や汗で濡れている首元に顔を寄せ、低い声で囁いた。
「あなたは、美味だしな」
 ソファの肘置きに預け切っていた頭をなんとか持ち上げたホークスが、首を曲げて常闇の方へ顔の向きを変える。唇を突き出してキスをねだるのに、常闇は素直に応えて舌を伸ばし、顎ごと喰らうように口を合わせた。ホークスは両腕を常闇の首の裏へと回し、二つの体をさらに密着させようと引き寄せた。
「っはぁ……は……とこやみ、くん……」
 顔を離すと、ホークスは熱で浮かされきって赤く潤んだ目で常闇を見つめながら名前を呼んだ。何かを訴えかける視線に、常闇はだまって言葉の続きを待った。
「…………すき」
「俺もだ」
「……ごめん、ちょ……もう、俺頭まわっとらん」
「みたいだな」
「たのむから……じらさんでっ、いっかい、イかせて」
 切なげな声で懇願するホークスに、常闇が意外そうな顔を返す。
 じらしているつもりは無かったが、と呟くと、見て見ぬふりをしていた限界まで張り詰めているホークスの股間へと手を伸ばした。





 事を終え、寝室できちんと眠るための準備が整った頃、ベッドの縁に腰かけた常闇は、ベッドの上で足を投げ出し寝転がっているホークスに声をかけた。
「そう言えば、とどろ……ショートが言っていた。あなたには、幸せになってもらいたいと」
「ショートくんが? なんで?」
「さあな。たまたま、そういう話になった。いろいろ世話になったから、感謝していると言っていた」
 常闇自ら轟に話を振ったことや戦闘能力に関する評価は伏せていたが、そうとは知らないホークスは、ふーん、と軽い相槌を打ちながらベッドの上を転がっていた。
「じゃー明日の配信で報告しようかな。ショートくんが見るとは思えないけど、ネットニュースにでもなれば届くだろうし」
「まっ…! なんの報告だ?」
「え? ツクヨミのホークス事務所移籍が決まって幸せですって話」
 しれっと答えたホークスに、常闇が苦い表情を浮かべる。
「……人が悪い」
「べつに、全部言ったっていいけどね? うーん、でもやっぱ、今はまだ秘密にしときたいかな。この幸せは、ひとりで噛みしめたい」
 両手で抱えた枕をぎゅっと抱き締め、ククク、と喉奥で笑う。目尻の皺と力が抜けて下がった眉に、常闇もつられて笑みを浮かべた。
「あと、君が意外と早く飽きちゃう可能性もあるしね」
「……怒るぞ。俺がしつこいのは、あなたが一番よく知っているだろう」
「うん、まあね、はは」
 あーおれしあわせだな、と間延びした声で天井に向けて放ったホークスは、その数秒後には寝息をたて始めた。
 寝入りの早さに驚いた常闇は、狸寝入りを疑いつつ、そっと近づいて瞼が完全に閉じているのを確認した。それから、力の抜けた腕から慎重に枕を抜き取り、足元に転がっている冬用の布団を引っ張り肩まで覆うように掛ける。
「……おやすみ」
 無防備な寝顔にそう声をかけ、ベッドサイドの電気を消してから布団の隙間にもぐりこんだ。暗くなったのを察した黒影が、二人の間から外へと出ていくのを感じる。しばらく闇で遊んだら、あいつも疲れて眠るだろう。
 横になるやいなや、常闇の体にも心地よい気怠さが襲ってきた。暗闇の中手探りでホークスの背中に腕を回す。本体と同じく力の抜け切った剛翼は、絹のように滑らかな肌触りだった。寝息の音と、洗い立ての髪の匂い。翼ごと抱き締めた体が、静かに脈打っているのを感じた。
 幸せだ。そう小声で呟いてから、ゆっくりと瞼をおろした。