理由

 

 13時37分静岡着のひかり506号。
 ホークス事務所のサイドキックが、所用のついでに必要な書類を携えてくる。それを受け取ってきてくれと頼まれた常闇はひとり駅に向かった。
「常闇くん」
 改札前で待ち構えていた常闇は、改札の向こう側から自分に呼びかける声で手元の端末を見ていた顔を上げた。そして、笑顔で手を振るホークスの姿を目にとめ、驚愕した。
「なっ」
『ホークス!』
 言葉を失った常闇の代わりに、ダークシャドウが元気よく手を振り返す。
「やっほー、来ちゃった」
 語尾が上擦った陽気な調子の挨拶。微笑みを浮かべたホークスが改札を抜けてくると、常闇は動揺しながらも背筋を正した。
「ご、剛翼は?!」
「あー、あるよ。半分くらいはこん中」
 ホークスは暢気な様子で、肩にかけているボストンバッグを指し示す。
「で、残りの半分は留守番。一応、今回はお忍びなんでね。ま、ツクヨミが一緒なら大丈夫デショ」
 ヒーロースーツでもないシンプルな私服に、サングラスとキャップ。
 言葉に嘘が無いと分かる出で立ちをまじまじと眺め尽くした常闇は、ほっと胸を撫でおろした。
 翼のない姿を見ると、手負いではないことが明らかだとしても肝が冷える。
「……驚かせないでくれ」
 上着の裾を掴んで素直にそう訴えると、ホークスはごめんねと苦笑いを浮かべ、常闇の頭を手の甲で撫でた。
 騙し打ちとは卑怯な、と詰れば、サプライズだよ、と心外そうに笑っていた。



 落ち着いて話ができる場所を、と所望された常闇は、翼の無いホークスを抱きかかえて普段から休憩に利用しているひと気のないビルの屋上へと飛んだ。
「ここが、ツクヨミの守ってる街かー」
 手すりから身を乗り出して眼下に広がる街を見渡し、ホークスが嬉しそうに声をあげる。快晴の空の下、遠く目を凝らせば水平線も見えるほどに空気も澄んでいる。常闇にとっては、見慣れた風景を背景に師の姿を見るのはどこか不思議な心持ちだった。
「まだ微力だがな」
 常闇が隣に並び立つと、ホークスは体の向きを変え、翼の無い背中を柵に寄りかからせた。
「どう、エンデヴァーさんとこは?」
「炎系個性との共闘は課題ばかりだ。苦労が絶えない分、新たな発見も多い」
「なるほど。火災現場とかも、うちはヨソに譲り気味だったからなあ。所長と弱点が近いってのも善し悪しだったね」
 秋の風に流れていく雲が、ホークスの顔に帽子の鍔よりも大きな影をつくる。陰影の移り変わりを見つめる常闇の脳裏には、1年と少し前の記憶が蘇っていた。



 卒業後の進路としてホークス事務所のサイドキックを考えても構わないかとホークスに直接尋ねたのは、3年時のインターンの最中だった。
 夏休みの中盤、快晴のとある日。ただ立っているだけでも汗ばむくらいに暑い日だった。休憩中、木陰で水分を補給している時にあくまで雑談の延長として話を切り出した。
「いや、それはちょっとどうかな」
 ホークスは、渋い表情でそう答えた。
「……理由を聞いても?」
「うーん、理由としては2つ。まず、うちは比較的小規模なうえに、そもそもの事務所の成り立ちが特殊だから。君は飲み込み早いし、俺が教えられることは正直あんまない。インターン期間くらいで十分」
「……」
「もうひとつの理由。うちのサイドキックに勧誘するのは、公私混同になって良くない」
「と、言うと?」
「俺は、君のことが個人的に好きだから」
 ポロリ、と常闇の口からストローが落ちた。地面に着く寸前で、ダークシャドウの手がすかさずそれを掬い上げる。その下では、ホークスの羽根の一枚も待ち構えていた。
「あ、あともうひとつあった。やっぱり、自分の地元でヒーロー活動してみるってのは経験として悪くないと思う。愛着も、土地勘もあるんじゃない?」
「いや、ちょっと待ってくれ。2つ目の理由について詳しく――



 二人きりで話をする機会も、あの時以来ほとんどなかったのではないか。
 そう思い返したのを切欠に、会わない間に話したいと思っていた事柄が、常闇の頭の奥からゆっくりと頭をもたげ始める。
「エンデヴァー事務所を選ぶにあたって……少しだけ、よくない思惑に駆られた」
 常闇の声がそれまでよりも抑えた調子になると、ホークスも楽しげな笑顔を一旦潜めて続きを待つ。
「俺は昔から、あなたが思っているよりもずっとあなたのことを見ている。福岡での最初の脳無との共闘も、群訝跡地でのAFOと対峙した時も、彼があなたにとって特別だと理解するに足るものを見出した」
「つまり?」
「浅はかな…嫉妬心だ。俺は――」
 あなたに見てもらいたいのだと。
 そう続けようとした言葉を、嘴の先端まで届きかけたところで吞み込んだ。
 卒業しインターンで福岡に行く機会がなくなってからも、二人の間の交流が全く途絶えてしまったわけではない。それでも、新しい環境で日々は忙しく過ぎ、連絡の頻度はそう多くない。思い返せば、今朝もらった誕生日を祝うメッセージが数週間ぶりの連絡だった。
 他の誰よりも彼の近くにいる。彼を理解し、彼と共に動けると、自惚れ交じりにそう感じていたはずが、卒業からほんの半年ほど経った今では不安の方が凌駕している。
 見てもらいたい、のは間違いがない、が――
 どこか宙ぶらりんになった気持ちが、そのまま素直に言葉にするのを躊躇わせた。
「俺は――まだ未熟だから」
 濁した言葉をそう結実させた常闇に、ホークスは何事かを察した様子で伺う目線を向ける。それもすぐに上へと反らし、遮るものの無い空を仰ぎ見た。
「俺は、一度だってあの人にナンバーワンになってほしいなんて望んだことはない。ただあの時は、あの人にしっかり立ってもらうのが社会のためだと思ったから支えた。つまり、俺の個人的な感情からじゃない。それに……」
 言葉を切ると、口元に手を当てしばらく思案した。熟考する横顔を無言で見つめていた常闇は、ふいに自らに視線を向けられ不自然に肩を強張らせた。
「たしかに俺の原点はエンデヴァーさんだけど、君の原点だって俺じゃないでしょ?」
 もっともだ。ツクヨミにとってホークスは、ヒーローを志す切欠はおろか、幼少より親しんでいたヒーローの一人ですらない。
「俺は、エンデヴァーさん自身の人生に食い込む気もないし、自分を見て欲しいとも思わないよ」
 そう言ってじっと常闇を見つめるホークスの瞳は、お前はそうじゃないだろうと、そう言っているようだった。
 否定するべくもない。
 すでに自らの人生に深く食い込まれているし、食い込みたいと思っている。出会ってからずっと見ているし、見て欲しいと思っている。
「言ったじゃない。俺は、個人的に君が好きなんだって」
「……そうか」
「誕生日にわざわざ顔見に来るくらいにはね。元気そうで良かった」
 そう言うと、柵に寄りかからせていた体を立て直し、地面に置いていたバッグを手に取った。開かれたチャックの隙間から、赤い羽根が勢いよく飛び出してくる。
 常闇は、リュックの口から噴水のように湧き出てきた大小の羽根が、ハート形の軌道を描きながらホークスの背に収まっていく様子を呆気に取られて見ていた。
「飛べるのか?」
「飛べるよー? 行きは道中も楽しみだったから新幹線でも良かったけど。帰りはつまんないからさっさと帰りたい」
 九州までの行程に頭を巡らせたホークスが、唇を尖らせうんざりとした表情を浮かべる。そのままひらり、と細い柵の上に飛び乗ると、危なげなく2本の足で立ち常闇の方に向き直る。
「じゃ、エンデヴァーさんによろしく」
 そう言って笑顔で手を振りながら背中側へとゆっくりと傾いた体は、そのまま重力に任せて柵の向こう側へと落ちていった。
「ッホークス!」
 常闇が慌てて柵へと駆け寄り地上を見下ろすも、その姿はない。視線を巡らせれば、鷹はすでに、ビルの谷間の気流を掴み風の速さで遠ざかっていた。
「疾いな……」
 疾風のごとく、突然吹きつけ痛いほどに頬を叩いていく。
 宙ぶらりんのまま動かないようそっとしておいた自らの心の振り子を、思い切り揺らされた。
 足元の落ち着かなさのせいか、人や車が行き交う地上までの距離が実際以上に遠く感じる。人生で初めて、高所に微かな恐怖を覚えていた。



 

「常闇、今日ホークスが来てたんだろ」
「ああ。知っていたのか?」
「さっき親父に聞いた。挨拶だけして帰ったって。事務所に差し入れもあった」
「そうか」
 朝別れた後真っ直ぐ福岡に帰ったとばかり思っていた常闇は、内心の拍子抜けした感覚を隠すためにぶっきらぼうな相槌を返した。
 一日の活動で汚れたヒーロースーツの着替えと点検を同時に進める二人は、決して広くはない更衣室の中で、さきほどから短い会話と無言とを繰り返していた。
 学生時代3年間の付き合いで、たとえ親友というほどに近いポジションにはなかったとはいえ、信頼関係は十分に築いている。ただ単純に、どちらも口数が多いタイプではないから、そこまで話は弾まないのが常だった。
「……轟、ホークスのこと、どう思う?」
「どう、って。なんだ、いきなり」
「いや、気になっただけだ。あの人が、他人にどう思われているのか」
「常闇もそんなこと気にするんだな。そうだな…これは前々からだけど、エンデヴァーと連携が取れることは、普通に尊敬する。しかも火に弱い個性持ちで。事務所の運営方針はともかく、親父は個性も戦闘スタイルも単独プレイ向きだから」
「たしかにな」
 と、頷いてはみたが、常闇にはその困難さに関する実感がない。エンデヴァーの名前は事務所の看板としては残しているものの、当の本人は先の大戦のダメージもあり、すでに一線を退いている。そう。常闇がその力量差を肌身に感じるよりも先に伝説となった山は、超え難さをより一層増してしまった。
「まあ、その辺は常闇の場合も同じか」
「ムッ…」
「ホークスは、常闇との連携もうまかっただろ。だから、やっぱりあの人がすごいんだろうな…と思う。これは、常闇とうまく連携できてない俺自身の反省も込みだな」
 根の真面目さか、愚直すぎるくらい愚直な友人緑谷の影響か。大真面目な顔で反省を口にする轟に、常闇は居たたまれなさから閉口した。
轟は、相槌のないことを気にせず独り言のように続ける。
「あとはなんだろうな……ちゃんと幸せになって欲しいとは思うよ」
「幸せ?」
「……俺、変なこと言ったか?」
 すかさず聞き返した常闇に、轟がブーツを脱ごうとしていた手を止め、不安げに眉を顰める。旧友の翳りを敏感に感じ取った常闇は、慌てて首を横に振った。
「変ではない。ただ、なんでそう思うのか、理由を聞いてもいいか?」
 常闇の質問に、轟は至極真面目な顔つきで、しばらく考え込んだ。
「俺、というか俺たち家族は、たくさんの人に助けられた。その中にホークスもいる。幸せになってほしいと思う理由なんて、そんなもんだろ」
「……そうかもな」
「あ、そういや、常闇この後とくに予定ないよな?」
「ああ」
「今日、誕生日だろ? 事務所でサプライズパーティするって、バーニンさんたちが朝から準備してた」
「それはありがたい……が、俺に伝えてしまって良かったのか?」
「………いや、普通にダメだよな。頼む。聞かなかったことにしてくれ」
「ふっ、承知した」


 

 例え友人相手であっても容易に相談出来ない事案が、未だ頭を悩ませている。
 進路についての話をしていたつもりが、唐突に「好きだ」と告げられた。
 あの時、自分の気持ちを見透かされたのだ、と咄嗟に思い至った。
 すべて見透かした上で、牽制されたのだと。
 二人の間に明確に引かれた一線が、くっきりと目に見えるようだった。
 先に言わせまいと、こちらの口に蓋をするための一線。
 そう感じた告白を口にしていた時の師の表情はうまく思い出せない。一切の淀みのない、落ち着いた声の調子は思い出せるのに。
 眩しい夏の日差しが、視界を遮っていたせいだろうか。
 それとも、引かれた一線が、彼の顔を隠していたのだろうか。


 

 常闇がエンデヴァーの事務室に入ると、ドアの開く音、もしくはドアの隙間から漏れ入ってきた喧騒に反応して、部屋の主は手元の書類から顔をあげた。
「慰労会は、もう終わったのか?」
「いや、まだです。」
「そうか。どうしても目を通しておきたい資料があってな、参加できなくてすまない」
 その言葉が嘘だとは常闇にも分かっている。慰労会という名目で宴を催すことを許可した本人は、部下たちの集まりの場に自分が居るべきではないと元来信じ込んでいて、そして部下の方もそれを殊更に誘ってまで引き込もうとは思わないのが、エンデヴァー事務所内の自然な距離感だ。
 一旦顔をあげ、詫び、そして再び書類に視線を戻したエンデヴァーは、2、3秒後に再度顔をあげると、今度は老眼鏡を顔から取り去ってから、部屋の入口辺りに佇んだままの常闇と目を合わせた。
「何か用があるのか」
「ホークスとは、どんな話をしましたか」
「特には。忙しい男だ。床に足を着けていた時間は1分もなかったぞ。ただまあ……預かっているだけだとは、改めて伝えておいた」
「なにを?」
「お前のことだ。自分で手放しておきながら、まるでこちらが無理矢理に獲りあげたかのように恨めしい目で見てくるからうんざりしてな。すぐに顔に出るだろう、やつは」
「顔に……そうですか?」
 そう言われても、常闇自身の経験をもっては俄かには信じがたい。それでも、エンデヴァーが言えば本当らしく聞こえてしまうという、説得力のある関係性自体がいっそ羨ましかった。
 昼間のホークス訪問を思い返し渋い表情をしていたエンデヴァーは、目をわずかに見開いたまま黙っている常闇を見やると、悩まし気にガシガシと首の裏をかいた。そして、
「聞け」
 と、鋭い視線と共に注意を向けるように促す一声。口下手ゆえに発されてしまう過剰な威圧感に、常闇もすでに慣れてはいるものの、反射的に身構え両足を揃え直した。
「……俺は、離れる理由があったから自ら家族のそばを離れた。そうでなければ、離れなかった」
「……」
「大切に思うのなら、理由もなく離れない方が良い」
 真剣な面持ちで話しながらも、言葉の終わり際には、気恥ずかしさからか視線を常闇から外し手元へと逸らす。常闇はそんなエンデヴァーの様子と告げられた内容に驚きながらも、はい、と律儀に応えた。
「巣立ちは好きなタイミングで構わん。とりあえず今は、さっさと戻れ」
 先程から本日の主役・常闇を呼ぶサイドキック陣の怒声が聞こえてきているドアを指差しながら、重々しい声でそう命令した。


 

 年の暮れが迫る12月、彼に倣ってというわけではないが、福岡までの移動には新幹線を使うことにした。
 飛行での長距離移動はどうしても夜間が多くなるため、車窓から眺める新鮮な外の景色に黒影の方が喜んでいた。
 最高速度時速260km。十分に速い。それなのに、より速い手段を知ってしまうと、相対的に遅く感じてしまう。
 速すぎる彼にとっては、今の自分よりももっと遅く感じられるのかも知れない。
 福岡から静岡へと向かう道中、通り過ぎていく街や山や川をどんな気持ちで眺めていたのだろうか。
 窓の向こうを流れていく街の、屋根ひとつひとつの下に生活がある。
 それを想像するだけで自然と勇気づけられるのは、ヒーローという職業ゆえか。
 彼にも、彼の生活がある。誰も傍に寄せ付けない速すぎる彼の生活。
 ひとりで起き、ひとりで眠る。
 想像の中の彼は、いつも寂しい。


 

 新幹線を降りて博多駅を出ても、常闇を出迎える人は居なかった。
 ただ、丁度駅舎を出たタイミングで、一通のメッセージが届いた。『上』とだけ書かれた文面に促されて目線をあげると、駅の向かいのビルの上、大きな看板の脇から赤い翼の先だけが覗いていた。
 極力人目を避ける位置を選んで、ビルとビルの隙間を飛びあがり、目視した屋上へとたどり着く。
 丁度看板の影になっていて地上からは容易に見つからないその場所は、インターンに来ていた頃の、パトロール中に休憩をする際のお決まりのスポットだった。
 あの頃と同じように看板の支えの石に腰かけているホークスが、片手を振って常闇を迎えた。
「常闇くん、福岡来るのは久しぶりじゃない? おかえり、ツクヨミ」
 黒影が割り込めるくらいのスペースを挟んで隣に腰かけた常闇に、ホークスが嬉しそうに話しかける。
「随分と、様変わりした気がするな」
「そうそう。あっちの方とか、今再開発中だからね」
 ホークスが指さした方角に限らず、眼下の街は常闇が1年ほど来ない間にも所々姿を変えていた。新たに立ったビル。消えた建物。同じ場所から見える景色のはずが、街の輪郭や色が記憶とは違う。
「そういえば、事務所の近くの商店街にりんご飴の専門店ができてたよ。専門店なんてあると思わなかったらびっくりした。常闇くんリンゴ好きだったよね――」
 正しく立て板に水を流すように、街の変化についてしゃべり続けるホークス。その声が次第に遠ざかり聞こえなくなるほどに、常闇は目の前の笑顔に意識を集中させていた。
 こんな風に笑う人だったろうか。
 離れている間に穏やかになったのか、それとも今自分と居るから笑っているのか。判断ができない。
 それだけではなく、以前より細くなったように見える頬や、薄くなった火傷痕のような見た目の変化にも、久々に間近で見ると気が付いてしまう。
「……ホークス」
「ん?」
「以前、俺のことを個人的に好きだと言ってくれただろう。あれは、なぜだ」
「ナゼ?」
「軽い好意を示すことで、俺からの意思表示を留めた。先手で力業をいなすのは、あなたが戦闘でもよくやる手口だ」
「え、そんなつもりないよ。君の考えすぎ。俺は噓つくの得意じゃないし、本当に思ってなきゃ言わない。常闇くんがあんまり驚いた顔するから、言わない方が良かったかも…とは思ったかも」
「純粋な、告白だったとでも」
「イエス」
「悪いが、そうは受け止められなかった。言わせてもらうが……言葉が足りない」
 目をそらし俯いて、苦言を零す。そのまま頭痛に耐えるように頭を抱えた常闇を、ホークスは口元を手で押さえ無言で見据えていた。
「俺が言葉足らずな理由については、心当たりがある。話してもいい?」
 首を傾げながら確認をとるホークスに、常闇が無言で頷く。
「君にちゃんと話したことは無かったけど、俺を生んだ両親は二人共かなり変わってて。まあ、詳しくは省くよ。とにかく、二人共好き合ってるようには到底見えなかった。のに、母さんはなんでか、クソみたいな父親に異常に執着してた。絶対に逃げるな、自分の傍から離れるな、って。感情のこもってない声で繰り返し繰り返し懇願してたのをハッキリ覚えてる。そんなの普通に怖いし、案の定父親は逃げ出したんだけど……そのせいもあって、俺は「そばにいて欲しい」とか「一緒にいたい」って誰かに伝えようとすると、あの頃の母さんの姿を思い出しちゃって、躊躇する。自分本位の醜い欲求が、相手を怯えさせるんじゃないか、とか、そんな感覚」
 話をしている最中、ホークスの双眸はひとつの方角を見つめ続けていた。
 過去の記憶を辿っているにしては不自然な瞳の動きに気付いた常闇は、目線の先に恐らく彼の生まれた場所があるのだろうと思い至る。
「……これでオシマイ。しょうもない理由でしょ。そもそも、伝えたくなったのは君が初めてだからね。こんな風に感じるなんて、自分でも思わなかった」
 あの夏の日とは違い、今は、もどかし気に言葉を紡いでいるホークスの表情をしっかりと認識できていた。今までに一度も見たことのない、まるで高校生のような不器用な照れ笑いを浮かべていた。
「今の説明を踏まえると、一緒にいたいと思ってくれてはいるのか?」
「ま、ね。結果的に、遠回しに伝えたようなもんだし。ただ……理由がなくてね」
「理由?」
「君と一緒にいない方がいい理由ならいくらでも思いつくのに、一緒にいた方がいい理由は思いつかない」
「そんなこと」
「ひどいな、そんなことって」
「エンデヴァーも言っていた。離れるのに理由は必要でも、一緒にいるのに理由はいらないと」
「さすが、年長者の言葉には重みがある」
 人の言葉を借りずとも、言えたはずだ。ただ、あの夏の日には、言えなかった。
 くだくだと述べられた理由にもつかない言い訳を跳ねのけて、「それでもあなたの元にいたい」と伝えられていれば、話はもっと早かったのかも知れない。
 だが恐らく、あの時は無理だっただろう。伝えるのはもちろん、今聞かされた話を受けとめることも。
 一線を引かれたのだと感じたのも、咄嗟に踏み出すことを躊躇した己の未熟のせいだ。
「それに、俺の方には理由がある。自分の生まれ育った街も愛してはいるが、それ以上にあなたの暮らす街を共に守りたい。今でも同じだ。エンデヴァーの代わりにはなれないが、あなたとの連携なら俺が一番取れる」
「前の時は、一番、はついて無かったと思うけど。大きく出たね」
「違うか?」
「はは、違わない」
「それと、あなたが一人で生活している様を想像すると不安になる……かといって、俺以外の誰かと一緒にいて欲しくもない」
 架空の存在に向けた嫉妬心の後ろめたさに常闇の声が小さくなると、ホークスが笑顔で噴出した。
「他にいないよ。俺は速すぎるから、ついてこられるのは君くらい」
 二対の剛翼の片方が常闇の肩を包み込み、ホークスの肩に寄りかかるよう促す。
 大きな翼の影に入ると、薄暗さに安心感を覚えた。それに、日の光を受けて温まっていた羽に包まれると、冬の外気で冷えていた全身が暖まっていくのを感じた。自然と、瞼から力が抜けていく。嘴が触れているヒーロースーツの厚手の布地からは、ほのかに甘さのある心地の良い匂いがした。その匂いに懐かしさを覚えたのは、恐らく初めて空を飛んだ夜の記憶が残っているからだ。
「よし。とりあえず、お互い飽きるまで一緒にいよう」
 独り言のようにそう呟いたホークスの声は、朗らかだった。表情は見えずとも、声色からだけでも満面の笑みが思い描ける。
 ひとりの生活、ひとりの未来。それが不安だったのは、自分の方かも知れない。
 閉じ切った瞼の隙間から涙が溢れるのを感じながら、そう気がついた。