わたしのおじさん
わたしのおじさん。母の兄にあたるその人は、顔に黒い絵の具をべったり塗りつけていると見間違えるほどに濃いくまを両目の下につくっている。
何倍ズームして覗き込んでも光が見えない暗い瞳と合わされば、ただでさえ陰鬱な顔つきは、より一層、この世の終わりかのように悲惨だ。
「明は、いつ見ても黒いですね」
おじさんの指摘には、わたしの母、つまりおじさんの妹が答えた。
「そうなのよ。今日も、着替えた後になって機械いじりを始めちゃって。顔にオイルが付いてても、もうなんとも思わないの。寝るのも食べるのも後回しにするし、何日もお風呂に入らなくてもお構いなしで。女の子だっていうのにね」
「……血筋を感じます」
おじさんは、わたしを叱れるような人間ではないと自分自身をよく分かっている。だから、母のように口うるさく小言を言うこともない。
相変わらずのワーカホリックなおじさんは、今日もずっと、テーブルの上に並ぶ豪華な料理の皿より手元に置かれたスマホの画面を気にしている。
私も、多分母も、それを失礼とは思わない。私だってこんな建前のための食事会はうんざり。それに、テーブルの上の伊勢海老の触角を見ながら、頭の中では次につくるメカのことばかり考えているんだからおあいこだ。
「でも兄さん、お金本当にありがとう。今の私立に進学できて、明も喜んでる」
「いえ。持て余されている才能を支援するのは、私個人というよりもこの国としての義務ですから」
会うのは母がお金を無心する時だけ。それに応えるおじさんの真意は分からない。嫌がってはいないとしても、かといって笑顔も見せない。親族相手にも敬語で話すし、仕事があるから、と言ってそそくさと去って行く毎度の後ろ姿は、援助している側とは思えないほど情けないものだ。
おじさんは変だ。でも、わたしはこのおじさんが嫌いじゃない。
おじさんが言う通り、わたしたちは似ている部分も多い。顔も知らない父親は言わずもがな、実の母以上に血のつながりを感じることさえある。
それに何と言っても、彼はヒーローに関わる仕事に就いている。ただの変人という認識が憧れに変わるには十分な理由だ。
「明、最近は何をつくっているんですか」
だから、こんな質問だって素直に嬉しい。
わたしはすかさず椅子の背もたれに掛けていたリュックからタブレット端末を取り出し、向かいに座るおじさんの顔前に画面を突き出した。
「今育ててるのはこの子です!装着式のバランサー。前にインゲニウムがビルから飛び移る時にバランスを崩したのを見て思いついたんです。どうです?この伸縮自在のギミック!最っ高にかわいくないですか?それとこれ!自家発電装置をつければ、理論的には制限時間なしでの稼働が可能に――」
あれもこれも、と相手の反応をひとつも気にせず画面を次々スライドする私の手を、おじさんが「待って」と突然制止した。
そのまま、すっすっと2枚前の画像に戻し、これ、と指さす。
「ああ、この子は飛行補助装置です。見た目についての要望にも応えられるよう、試しにデザイン重視で考えてみていて、飛行性能はまだまだ改善の余地ありですね」
猛禽類の翼を真似てつくった背中に直接つけるタイプの飛行装置。まだデザイン画の段階だけど、色はとりあえず赤色にしている。
「これが何か?」
おじさんは、ただでさえ悪い目付きをなおさらきつくして画面を凝視していた。私の質問には答えず、まだデビュー前のはずですが…、と小さな声でぼそりと呟く。
そして、その呟きとほぼ同時に、隣から画面を覗き込んできた母が、あら、と高い声を挙げた。
「これ、あの子の個性にそっくりね。ほら、だいぶ前に兄さんが預かってた子。もう10年前になるっけ?」
「いや、8年、くらいですかね……」
「そうそう、それくらい。あの時は突然連れてくるから、まさか隠し子!?と思って、びっくりしちゃった」
二人の話を横で聞いているわたしの頭にも、母が言う「あの子」の記憶がぼんやりと浮かび上がってくる。
当時4歳だったわたしよりずっと背の高い、それでも大人よりはちいさい、年の離れた男の子。本人の体よりも大きな赤い翼が横に並ぶわたしの全身を覆うほどの影をつくっていた。
姿や顔はうろ覚え。唯一思い出せるのは、この子はおじさんのこどもなんだ、と自然にそう思わされた暗く冷たい目。
でもその目の印象ほどに実際は怖くはなく、そもそもわたしが他人に臆するわけもなく、しばらく二人で遊んだはずだ。
そうだ。あの時あの人は、珍しい翼に遠慮なく目を輝かせるわたしを抱えて団地の屋上から屋上へと飛んで渡ってくれたのだ。
彼の存在は今の今まですっかり忘れてしまっていたけれど、発現したばかりの個性<ズーム>をはじめて鳥瞰に使えた時の興奮は、頭のどこかに残り続けていた気がする。
「彼は? 今も元気にしてるの?」
「ええ。恐らくもう間もなく、どこかで目にすることがあると思いますよ。……彼や明がいれば、私の仕事も、きっともっと楽になるでしょうね」
ちらり、と私の顔を見ると、いつでもへの字に曲がっている口を少しだけゆるめて、笑顔とは到底形容できないような歪んだ微笑を浮かべた。
それから、手にしていたグラスをすっと天井に向かって掲げたかと思えば、
「あなたたちのおかげで、前途洋々、未来は明るいです」
希望の光に乾杯、なんて。
柄にもないことをしたと自分でも悟ったおじさんは、バツがわるくなったのか、すぐにそそくさと腕を下ろし、何食わぬ顔でグラスの中身をすすっていた。
わたしのおじさんは、やっぱり変な人だ。