のどからてがでる、ほどに
「あなたが欲しい。あなたの、唯一だという証が」
誕生日に何か欲しいものがあるかと聞かれ、思わずそう口走った。
戦闘を終えたばかりの興奮のせいか、蓄積された疲労のせいか、頭はうまく回っていない。いや、うまく回っていない振りをして、ひた隠しにしている欲を吐き出したいだけかも知れない。が、もうどうとでも。
「ふーん」
俺の大胆な答えさえも、ホークスは事もなげな表情で受けとめた。果たして内心はどうなのか、と必死に見透かさんと焦れるこちらの気など知りもしないという風情で、目線を逸らし思案に耽っている。
それから、おもむろに両目を覆うゴーグルを額へと移すと、腰を浮かせ、瓦礫の上に横並びで座っている二人の間の距離をわずかに詰めてきた。
「実はまえから気になってたんだけど。ここって、事情があって隠してるの?」
ダーク・クリスタルへのリスペクトを込めたチョーカー代わりの赤い布。ホークスは幾重に巻き付けたその布の縁に指先を軽くひっかけると、首を傾けながら尋ねてきた。
「いや、そういうわけでは。大浴場でもちゃんと外して洗っている」
着けっぱなしだと勘違いされては不本意だと、つい余計なことまで説明してしまう。
「そっか」
俺の返答を聞いたホークスの手が、器用に布の先端を探し出しそのままスルスルと解いていく。
「一体、なにを…」
自分の趣味趣向で着け始めたそれを、他人に触られるも解かれるのも初めてのことで妙に落ち着かない。
顎の裏から肩口まで。素肌を晒した首の側面を撫で摩るホークスの手。その指先が喉仏の丘陵を軽く押した。喉が狭まる圧迫感とこちらを見つめる眼差しの鋭さに、思わず息が詰まる。
「ねえ知ってる? これ、林檎なんだよ。喉に引っかかった林檎」
は?と聞き返す間もなく、外気に晒されて寒さを感じていた首元に、正反対の熱い何かが絡みついてきた。
舌だ。体内から吐き出された熱い呼気と共に首筋を襲う、ぬめった感触。急所を舐められている危機感と、薄い皮膚を擦られるむず痒さが同時に押し寄せる。
「っ……、あっ」
嘴の下でホークスの頭が動くと、その度に跳ねた毛先が頬を擽る。汗と埃とにまみれた毛髪から不思議と香り立つ甘さ。眼下に露わにされている襟足とヒーロースーツの間の絶対領域的生肌。
五感を襲う刺激に、首から腰にかけて脊髄を痺れが走り抜けていく。強すぎる刺激から逃れたい一心で後ろに倒れようとする上半身。それを支えているのはホークスの手だ。否、支えているというよりはむしろ、後退しないよう抑え込まれている。
舌と唇の柔らかさに翻弄されていると、突如首筋に抓られるような軽い痛み。あっ、噛まれ、否、吸われ――
「フミカゲ、泣いてる!」
混乱極まり理性と意識を失いかけたところで、ダークシャドウストップが入った。
黒い手によって強引に引きはがされたホークスが、ごめんごめん、と笑いながら荒ぶるダークシャドウを宥めている。
「泣いてはっ、いない」
ダークシャドウの言葉を否定はしつつも、慌てて目元を拳で拭う。たしかに、涙目にはなっていたようだ。
「自分じゃ見えないだろうから、後で鏡で確認してね」
未だ息の整わないこちらに対して何事もなかったかのように平然としているホークスが、外した時と同様、器用に布を首に巻いていく。最後、首の前でリボン結びにされたのが手の動きとダークシャドウの表情から分かった。
「こうすると常闇くんがプレゼントみたいだ。俺の誕生日は、これがいいな」
自分でつくった結び目の先を摘まみながらホークスが笑う。それに対して俺は、是とも否とも言えず、つまりそれはどういう意味だとも聞けずに黙り込む。
「これ、他の人に見せちゃだめだよ」
つい、と布の上からキスマークをつけられただろう場所をホークスの指先が摩る。さっきの今だからか、軽いはずの刺激にさえも腹底がざわめく。こちらの体の震えが指を通して伝わったのか、ホークスがにやにやと笑みを浮かべた。不覚だ。
首元から指を離したホークスは、その場にすくっと立ちあがった。
「じゃあまー……いろいろ落ち着いたら事後処理よろしく」
チラリと見下ろすように向けられた視線で、羞恥メーターが限界に達する。思わず前かがんでしまったが、隠そうとする行為が余計に恥ずかしい。
虚を突いたつもりが、大人をからかうな、と返り討ちされたようで、嬉しさよりも悔しさが勝っている。
項垂れ俯いたまま、羽ばたきの音が始まり、そして遠ざかっていくのを聞いていた。もういいだろうという頃合いで顔を上げると、夕陽の落ちる方角へと飛び立った姿は、光に紛れほとんど見えなくなっていた。
そこで漸く安堵の一息を吐き、
「……2ヶ月後、首を洗って待っていろ」
あの翼と同じ色の痕が残っているだろう自らの首筋にそっと手を当て、独りごちた。
禁断の果実を齧ったのだから、それ相応の覚悟をしてもらわねばな。