個性カウンセリング記録 No.9
常ホーWEBオンリー「月鷹闇紅-夜宴-Ⅳ」にて展示しました。
個性カウンセリング記録 No.9
クライエント氏名:常闇踏陰
年齢:8歳
個性:黒影(ダークシャドウ)
両親抜きの1対1でのカウンセリングの4回目。
過去3回と比較して、明らかに表情が柔らかい。本人の精神状態が安定しているからかダークシャドウのサイズや様相も落ち着いている。
手始めに今週あった良いことを聞いてみると、街で見かけた「ダーククリスタル」について興奮した様子で喋り始め、相談時間が終わるギリギリまで続いた。
ヒーローへの賛辞だけでなく、自分の個性を形容する言葉もポジティブなものへと傾向が変化している。
強力な個性を持て余す子供たちにとって、プロヒーローの存在は大きい。ありがたいと同時に、個性カウンセリングの限界を感じる瞬間だ。
終わりかけに「ぼくも、やさしいやみをまもれるヒーローになれますか?」と尋ねられた。大人びた言い方は、ダーククリスタルの決めゼリフの引用だ。
職業としてのプロヒーローになれるのは世の中のほんの一握りの人間である以上、期待させるのは後々害になる場合もあると分かっている。それでも、彼らが将来ヒーローになっている姿は自然とイメージできた。
彼自身にとっても社会にとっても、この強い個性はいずれ希望の星となるのだろう。
この小さな芽は決してつぶしてはいけない。
齢四十を超え、長年の研究生活の成果をようやくまとまった形で世に出すことができた。今後の発達心理学や臨床現場の発展に寄与できれば幸い、と思っていたところ、後日思わぬ通達があった。
『次年度ヒーローランキング掲載のお知らせ』
先の大戦以降、世の中にヒーローの存在を知らしめるためのヒーローランキングも大きく様変わりした。実際に人助けの現場に駆け付けるプロヒーローだけでなく、ヒーロー達のサポートや支援を行う人々や、個性社会の人権に関わる活動家などにもスポットライトが当たるようになった。私のような研究者も、少なからず選ばれている。
だが、私にとっての驚きは、ランキングに入ったことよりも、ある人物との久方ぶりの再会の機会が訪れたことにあった。
「本日は遠いところまで御足労いただきありがとうございます、博士」
静岡にあるヒーロー公安委員会事務局。案内されたのは、応接室のような格式ばった場所ではなく、一階の庭に面したカフェテリアの一席だった。
机を挟んで向かい合った青年は、大きな窓からの採光に照らされながら朗らかな笑みを浮かべている。とても公安委員会会長という国内の重要ポストに就いているとは思えない、どこか幼さの残る笑顔だった。
「ランキングに載るからといって直接話したりすることはあまりないんですが、今回は僕…俺が、どうしても一度お会いしたくて」
「……ホークス、君は、私のことを覚えていたのか?」
形式ばってはいないとはいえやや回りくどい挨拶を受け、私は自ら、呼び出された理由の核心だろう話題を切り出した。
こちらの質問に、ホークスは吊り目がかった大きな瞳を丸くして一度驚いてみせると、再び笑顔を作り、コクリと頷いた。
「はい。もちろん」
私のキャリアの中で、ヒーロー公安委員会との関りを持ったのは過去に一度だけ。
まだ博士号を取得したばかりの若手研究者に突然白羽の矢が立ったのは、恐らく当時私が発表した研究論文の内容が理由だろう。
『強個性が幼児期の発達に与える影響について』
現代とは違って、危険な個性はとにかく封じ込めるという矯正的な個性カウンセリングが主流だった時代、個性許容を重視する私の研究は珍しかった。発表した当時は、敵ヴィラン化を助長する原因になるという厳しい批判も少なくなかった。
「今回の件は他言無用、極秘案件としての協力要請となります」
ヒーロー公安委員会からの秘密裏での要請は、批判の影響もあってポストが見つからずにいた私にとっては渡りに船だった。主に報酬の面で。
ヒーロー公安員会が既存のヒーローシステムの枠の外で行っていた計画のすべてを知らされることは無かったが、そのきな臭さは肌身で感じていた。ヒーロー制度そのものも研究対象だった以上、ヒーロー公安員会への権力の集中が歪みを生んでいるのも理解していたから尚更。
ただ、その時は個性社会の闇について深く考えるほどの時間は私には無かった。
公安員会での仕事は、幼い少年との数回の面会だけで終わってしまったから。
個性カウンセリング録音記録 20××年12月××日
「クライエント氏名、ホークス、年齢は8歳、個性名<剛翼>……それじゃあ、始めようか」
「はい。よろしくお願いします」
「今日は個性訓練の日だったね。訓練はどうだった」
「別に……いつも通り」
「いつも通りって言うのは?」
「いつも通り言われたことをやって、できたら次の訓練をして、できなかったら……怒られます」
「今日はいつもより怒られた?」
「今日は、あんま怒られんかったかな…? コントロールしやすくなったかも」
「この前に話した時は、剛翼が嫌いだって言っていたね。その気持ちに変化はある?」
「好きじゃないです。俺の個性は、人を傷つけます。ピストルよりも速く、ナイフよりも簡単に人を殺せます」
「そうかも知れない。でも、実際にそうしようとは思う? 人を傷つけたいとか、殺したいと思って個性を使ったことはある?」
「……無いです」
「それはどうして?」
「エンデヴァーは……ヒーローは、敵ヴィラン以外は傷つけないから」
「ホークスは、将来ヒーローになりたいと思う?」
「なりたいです。でも……無理かもしれん。俺は、違うんだって。普通のヒーローじゃなくて、みんなが輝けるように頑張るのが<役割>だから」
「役割?」
「うん。他のみんなと違って、テレビに映らないところで沢山頑張らなきゃいけないんだって」
彼の姿を次に見たのは、テレビ画面の中だった。福岡でデビューしたウィングヒーローは当時私が見た少年から随分と逞しく成長していたが、面影は十分に残っていて、一目見てあの時の彼だと分かった。
同時に、表向きには普通のプロヒーローと変わらない彼が、恐らくそのままヒーロー公安委員会で訓練されて完成した存在だということも察してしまった。
「そういえば、AFOとの戦いの様子を見て驚いたよ。実は、ツクヨミは昔個性カウンセリングを担当したことがあってね。懐かしい顔が並んでいて不思議な気分だった」
「知ってます。というより、それを知って会いたいと思ったんです。すごい偶然だなと思って」
「彼も立派なヒーローになった。個性をうまく受け入れられていなかった時代を知っているからなおさら嬉しいよ」
「あの時は本当に彼、というか"彼ら"に救われました。色々と大変でしたけどね、ホント」
思い返しているのか、どこか疲れた表情で肩に手を当て首を回す。その肩には、子どもの頃から背負っていた赤い羽根は影も形もない。
「……そういえば、あの戦いで個性を失ったんだったね時、ほっとした?」
「うわ、その質問の仕方、なんだか昔を思い出すな。そうですね……ほっとしました。でも、失う直前に、個性があって良かったってはっきりと思えたんです。だから、意外と悪くなかったかな」
「あって良かった、か。それはどうして?」
「そこまで聞きますか」
「クセみたいなもので、悪いね」
「構いませんよ。それも、彼、ツクヨミのお陰です。彼だけじゃないですけど、未来に向かう若人の背中を押すっていうのは良いもんすね」
ニコニコと音が聞こえてきそうなくらい目を細める。出会ってから今まで、笑顔が絶えない。幼少期に出会った時には、ほとんど笑顔を見た記憶がないから不思議だった。そもそも、AFOとの戦いに参加したあの時の彼自身だって十分若い、若く幼い存在だったことを思い返せば、胸が重苦しく痛んだ。
「……もっと早く、初めて出会った時になにかできていれば、君の人生も変わったかもしれないと後悔することもあったよ」
「そうなんですか? 俺は後悔なんてしたことないですよ。結果的に、一番速く世の中を変えられるポジションで自由に動けてるし、公安ヒーローもまあ意外と悪くなかったですから。それに、以前ツクヨミの実家にも遊びに行ったことがあるんです。それで、ツクヨミの両親から小さい頃の話を聞いたりして……たくさんの人に愛されて救われて今の彼があるんだと知りました。あなたもその内のひとりでしょう。だから、彼をを通して、俺も間接的に救われたと思ってるんです」
こちらに対する慰めのようにも思える言葉は、それでも嘘ではないのだろう。眩しげに目を細めているのは、窓から入る光のせいじゃなくて、彼のことを思い出しているからだろうか。
「それなら、良かったかな」
そこで、話し出して初めての長い沈黙が落ち、それぞれがほぼ同時に目の前のコーヒーのカップに手を伸ばす。一口飲んでテーブルの上にカップを戻したあと、彼は、ふー、と長い一息をついてから、こちらに向き直った。
「実は俺、結婚するんですよ」
「そうか……相手は、聞くまでもないかな」
「ええ。だから、婚姻届の証人欄に名前を書いてもらえませんか? だって、お世話になった人はたくさんいるけど、二人共の子供の頃を知っている人なんて他にいないじゃないですか」
結婚というワードは辛うじて落ち着いて受け入れられたものの、その意外な申し出にはさすがに驚き言葉を失った。それを見越していたのか、彼は悪戯が成功した子供のように嬉しそうな顔をしていた。
「ダメですか?」
「まさか。光栄だ。ランキングに入ったことよりも嬉しいよ」
差し出されたペンを受けとりながらそう言うと、彼はワハハと大きな口で大きな笑い声をあげた。
おわり
2025年8月17日