病院にて

 

 ジーニストが白衣の初老男性と入れ替わりで病室に入った時、ホークスはその病室内に置かれた唯一のベッドの上で上体だけを起こし、窓の外をぼんやりと眺めていた。
 ガラス越しに電気の点いていない病室内へと差し込む昼前の穏やかな日差しは、ホークスの横顔にまで届いていた。さして眩しそうな様子もなく、どこを見ているとも分からない、包帯で覆われた顔。白い日差しはその頬から肩、そして平らな背中まで、滑らかな輪郭線を光で浮き上がらせていた――
『ジーニストさん、どうしました?』
 ホークスからの呼びかけではじめて、ジーニストは自分が病室に一歩踏み込んだところで足を止めてしまっていたことを自覚した。
「いや、随分と……小さいように思えて」
『そりゃどうも、規格外サイズの人に言われても傷つきませんからね』
 ジーニストの言葉に、ホークスが手元の端末を素早く操作し、言い返す。顔の大部分を包帯と呼吸を助ける器具に覆われた傍目には目と眉しか見えないようなミイラ状態でも、不満な表情をしていることはジーニストへ正確に伝わった。
「ほら」
 ジーニストは右手に下げていた有名ブランドのロゴが入った紙袋をベッド上、ホークスの脇辺りへと置いた。すかさず、ホークスはそれを手に取り、中身を取り出し始めた。
『着替え、ありがとうございます。上下ジーンズじゃなくて安心しました』
「私の服だからサイズは合わないだろうが、包帯の上から着るならそれくらいがちょうどいいだろう」
『腕と足すげー余りそうですけど。オッケーです、折ります』
 ジーニストの持ってきた服を片手で器用に自らの膝上に広げ眺めるホークスを見ながら、ジーニストは話を続けた。
「さっき出ていったのは…」
『あー、担当の先生です。検査の結果を聞いてました。こっちの』
 こっちの、と言いながら、ホークスが端末を持っていない方の手で自らの肩を叩き、翼のない背中を示してみせる。
『やっぱり損傷がひどすぎたみたいです。個性因子がぼろぼろで、回復するとは断言できない、って』
「そうか」
『今朝、雄英のおばあさんも来てくれたんですけどね。ジーニストさんが前に言ってた、失ったものまでは元に戻せないって意味、よーく分かりましたよ」
「肺と一緒にされてもな」
『はは、そーすね。あ、そう言えば、荼毘…じゃなくて、燈矢の告発映像は見ましたか?』
「……ああ、途中までだが」
『じゃあ、あれも見ましたよね。俺、背中を刺したんすよ。彼を殺す時。だから、ほら、因果応報ってやつだなーと思って』
 一度閉じて、開いて、ホークスの瞼が重たそうに動く。大きな眼球がすっと転がり、窓の外を横目に見る。丁度同じタイミングで、チチチ、と短く高い音で、鳥のさえずりが聞こえてきた。
『まあ、報いが返ってくんのが速すぎですけど。速すぎる男だけに』
 ホークスが、自らの冗談に肩を震わせて笑う。ジーニストは、硬直させた頬も眉もピクリとも動かさないままに、もう一歩ホークスのベッドへと近づき、不思議そうに見上げてくる包帯男の顔を、じっと見下ろした。
「もし同じ状況に置かれたら、私でも同じ選択をした。それでは納得できないか」
 改まった口調で告げられたジーニストの言葉に、だるそうにしていたホークスの両目が途端に見開かれ、パチパチと瞬きを繰り返した。それからすぐに、90℃近くまで曲げていた首を正しい角度へと戻し、ベッドの真正面にある、何も飾られていない白壁を見つめた。そして、
『いえ』
 抑揚も何もない合成音声にも関わらず、間の置き方だけで、強い否定の意思が込められていることが伝わってくる。まずは二文字。そして、
『しませんよ、あなたは』
 いや…、と意見を挟みこもうとするジーニストの声は、舌戦するに至らないほどに弱く、ホークスの迷いのない言葉に飲み込まれていく。
『しません。絶対に』
 それ以上は何も言わない。その意思を示すかのように、ベッドの上に端末を放り投げ、高い位置にあるジーニストの顔を再び見上げる。包帯の隙間からだけでも分かるほどに、自らの言葉をなんとしてでも押し付けてやろうという頑固者の顔をしていた。
 ジーニストは、何か言い返そうと襟の裏で何度か唇を開閉させたものの、結局は諦め、「もういい」と投げやりに告げた。後には長いため息も一緒に。
「行きたいところがあるんだろう。車を回しておくから、早く着替えて降りてこい」
 身をひるがえして病室の入口へと戻っていくジーニストに、ホークスは目を細め、敬礼のジェスチャーだけを返した。