病院の後
今後についてオールマイトとある程度話がついたところで、再びホークスと連れ立ち、長居は無用と早々に病院セントラルを後にした。
『とりあえず、公安のコネで提供してもらえることになった倉庫に向かいましょうか。まずは拠点を決めて、体勢立て直す準備しないと。こっからだとちょっと遠いんですけど、ジーニストさん運転よろしくお願いします』
「無論。移動式ベッドだと思って、死なない程度に熟睡していてくれて構わない」
『ははは…飛べれば一瞬で着く距離なんすけどねー』
器用な男は、画面上で指を動かしながら同時に肩も竦めて見せた。ホークスの顔も、病院に来る前に比べれば幾らか以前の明るさを取り戻している。不確かだった情報の輪郭がハッキリとし、今後の目標がある程度定まったことで、彼の速さの源である「迷いの無さ」が戻ってきたのだろうか。そんな安心感めいたものが私の胸に去来したのも束の間、突如響き渡った怒声に神経の糸が張り詰めた。
「ホォークスッ!」
病院前に報道陣が押しかけていることは事前に知っていたので、到着した時から車は裏手に停めていた。我々がここから出ていくと知っている人間はそう多くないはずだ。
恐らく先ほど会って話したヒーローの内の誰かだろうと予測しながら、声がした方へと目を向けた。
「君は……」
この先どんな風に色落ちしていくのかが楽しみな、染めたてのブラックデニムのような漆黒の羽を持つ彼。
ホークスを師と仰ぐ雄英高校の少年は、薄青色の病院着に身をつつんだ体を、息切れのせいか怒りのせいか、激しく震わせこちらを見ている。
見ている、と表すには生ぬるい、睨みつけるような鋭い視線だ。
声だけでも誰なのかすぐに分かったはずだろう耳聡い男は、あえてゆっくりと背後を振り向いてから、さも今気がついたとばかりに、「ああ」と、声には出さずに頷いた。
『なんだ、常闇くんじゃん』
「ホークス……体は、怪我は大丈夫なのか?」
『よゆうよゆう。喉が焼け過ぎちゃって、まともに声は出せないけど』
「剛翼は……」
『見ての通り、まだ生えてきそうにないね。まあ、なんとかなるでしょ』
少年の問いかけに対して、首を後ろに捻って自らの背後を覗き込み、軽快に肩を揺らす。ホークス本人の言動の気軽さに反して、少年はあからさまな驚愕と絶望を顔に浮かべていた。
「俺が…俺があの時もう少し早く気がついていれば…」
少年が悔しそうな表情で呟いた一言を耳にするや否や、車体を挟んで私の反対側に立つホークスの体がビクリと震えたのが目に見えて分かった。纏う空気にも、わずかな緊張感が走る。直感的に「止めるべきか」という迷いが頭をよぎり、車のドアにかけていた私の手が数センチ宙に浮く。それでもその手をそれ以上伸ばすことはなく、ホークスが強張った表情のままおもむろに呼吸器を外す様子を見守るに留めた。
「俺の怪我は俺の責任だ。君が気に病む必要なんてないから」
がさついていてか細いその声は、数メートル先の少年にまで届いただろうか?
その答えは、少年の表情の変化を注視していた私からすれば明らかなことだった。ホークスが今どれだけ冷たい目で彼を見据えているのかさえも、その表情からだけで手に取るように分かる気がした。
「君のおかげで俺は今こうして生きてる。それについては、もちろん大いに感謝してるよ。でも……」
掠れた声が途切れ、ヒュウ、と隙間風のような音が鳴る。呼吸がままならない苦しさを誤魔化すために一呼吸分の間を置いたホークスの、マスクを持つ手が微かに震える。
「…次はもう、助けてくれなくていいよ」
冷たく言い放ったその声を最後に、ホークスは少年から顔を背け、さっさと私の車へと乗り込んだ。その一方で少年は、明確な拒絶に対して一切挫けることなく、患者用のスリッパのまま車へと走り寄ってきていた。
中途半端に開けたままになっていた運転席のドアの隙間から、「早く行きましょう」と、先に車内に乗り込んだ男が声をかけてくる。私の視界には、細い足を縺れさせながらこちらへと向かって来る少年がいた。怪我のせいでうまく走れないのだろうか。そんな予想をしながら必死な表情を一瞥したのを最後に、再度の「ジーニストさん、はやく」というしゃがれた声の呼びかけに応えた。
ドアはこちらで操作して閉めるから、触らなくていい。そう言う隙もなく、私が乗り込むや否や助手席のドアも思い切りよく閉められた。品の無い音をたてて閉められたそのドアのために一言くらい物申そうかとも思ったが、止めておく。バックシートに体を預けて虚空を見つめているその横顔が、無慈悲に閉められたドアの向こう側から聞こえる微かな叫び声、彼の名を繰り返し呼ぶ声に、じっと耳を澄ませているような気がしたからだ。
突き放され、拒絶されたままでは哀れだ。そうは言っても、今これ以上この場に留まったとしても埒が明かないだろう。私は心を鬼にすると、「では」と助手席に告げてから車を発進させ、追いかけてくる声と足音を振り切った。
「先ほどの病室でのエンデヴァーに対してといい、好意を持っている相手に対してほど素直じゃない物言いをするのはなぜなんだ?」
走り出して数秒後、純粋な疑問として口にした私の言葉に、隣からは「あ~」とうんざりした声が返ってくる。それに、ゴソゴソと手を動かして呼吸器を装着する音が続く。
『……ツンデレじゃないですかね?』
ぶっきらぼうな合成音声は、今の彼の投げやりな態度にフィットしていた。悪くはない。
「私にも、それくらいかわいい態度をとってもらいたいものだな」
嫌味のつもりでそう言えば、予想通り、反論を返そうと画面の上で親指が動くのが目の端に見えた。
やはり、大人しく眠っていてもらった方が静かで良いかも知れないな。そう考えながら、わざとスピードを落とさずにカーブへと突っ込み、思い切り車体を揺さぶった。