あおいそら

 

 正面進行方向に2人、9時方向から3人。
 全員武装してはいるものの、殺傷能力の高い飛び道具はなし。
 黒影と二手に分かれるか、それよりも全員を引きつけた上で一気に叩くか。
 全員を引きつけるのが得策。そう判断し、身構えた。
「――はいっ、残念でしたー」
 いつもながらのあっけらかんとした若鷹の声が、緊迫感にヒビを入れる。その言葉は、俺に向かって発されたのか、それとも天井からこちらに迫っていたもう1人の敵に対してだったのか。
 風音、打音、うめき声と共に剛翼で壁に磔にされた男。
 見落としていたもう一人の敵が吹っ飛ぶのを、しまった、と思いつつ一瞥した間。その一瞬の間に、眼前に迫っていた残り全ての敵も蹴散らされた。


「注意を怠った。助太刀感謝する」
 敵の中にはカメレオンに似た個性の持ち主がいると、そう資料に書いてあったのを今になって思い出した俺は、自らの不甲斐なさをホークスに詫びた。
 ホークスはパンパンと手の平を打ち合わせて埃を払い、床に倒れている敵の数を数えていた。そして4、5、6まで数え終えると、そのままの流れで俺の顔に指先と視線を向けた。
「キミ、目が4つもある割に死角が多いね」
 1本の指を2本に増やし、突き出した指先でホークス自身のへらりと笑う顔、虚を突かれて戸惑う俺の顔、そして宙を漂う黒影、の順にサッサッと指し示す。
 皮肉めいた指摘に返す言葉もない。ホークスも返事は求めていないようで、さっさと身を翻し歩き出す。俺も無言のまま、ホークスが横たわる敵の体を跨いで奥の階段へと向かっていく後を追った。


「あ~、これか。塚内さんが言ってたやつ」
 戦闘のあった1階の倉庫から2階の事務所へと上がれば、目的のものはすぐに見つかった。
 見つけた、といよりも、部屋に入れば嫌でも目に入る、予想よりも随分と大きいシロモノだった。
 天井まで届きそうな縦幅の長い液晶画面と、その前に備え付けられた大仰な操作パネル。
「……壊しますか?」
「ダメダメ。ちゃんと警察の方で確認してもらわなきゃ。ちょっと連絡するね」
 ホークスがインカムを使って建物の外で待機している警察と通信をしている間、俺は目の前に佇む大きな機械を改めて眺めた。
 操作パネルは、丁度真ん中を境に左右対称の配置となっていて、それぞれに静脈認証のセンサーが見受けられる。
 あのセンサーを使い“試す“のだろうと、一見して察しがつく分かりやすいつくりだ。
 この場所は、表向きは“結婚相談所”となっている。あながち嘘でもないが、単なる結婚相談所ではなく、個性婚の仲介、というよりは斡旋業者だったそうだ。強い個性を望む者同士の紹介を行い、その報酬として法外な金額を受け取っていたらしい。金がどこの何の資金源となっていたのか、具体的なルートは調査中と聞いている。
「個性婚、ね。表向きはタブーだけど、こんな商売が成り立ってるんだから十分需要アリってことだろうね」
 通信を終えたホークスが、俺の隣に並びしげしげと機械を眺める。
「本当にこれで子どもの個性が推定できるのかな? 俺は正直、眉唾だと思うけど」
 血筋を気にする有力者に限らず、一般人やヒーローまで、この非合法で高額な相談所を利用する人間が後を絶たなかった。その理由が、今目の前に鎮座する機械の存在だ。
 個性婚の結果――つまり誰と結婚すれば望む個性を持った子どもが産むことができるのか。候補となる者同士、それぞれ解析した遺伝子情報を基に、イメージとして投影する。
 個性婚を行おうとする者であれば喉から手が出るほどに欲しいその情報。
 それを出生前、どころか結婚もしない内にシミュレーションできる機械だというのだから、いくら金を積んででも利用したいという人間が後を絶たなかったというのもうなずける。
 ただし、その結果の真偽のほどは定かではない。現に、騙されたという訴えが警察に届いた結果として悪事が明るみに出ているのだから。
「ねえねえ、ツクヨミ」
 呼びかけに応えて意識を向けると、ホークスがこちらを見ていた。ワクワク、という擬音が聞こえてきそうな笑顔で、両目が期待のあまり大きくなっている。
「塚内さんたち来るまでに時間あるし、試しに俺たちでやってみようよ」
 驚いた。いや、案の定、という気持ちもあった。俺が鳥人間だからという理由だけで職場体験に呼んだ前科のあるように、思い付きのままに行動する御仁だ。
「それは、さすがにまずいだろう」
「気にならない? もしも俺たちが結婚したら、どんな子が産まれるか」
「っな、そもそも男同士で子どもができるわけが……」
「だから、“もしも“、だって。俺の個性とダークシャドウ。かけ合わせたらかなりの強個性になると思うんだけどなー」
「……どうだろうな」
 まだこちらは了承していない。それなのに、適当としか思えない手付きで機械の電源を入れたホークスは、怪しさ極まりない機械のセンサーにさっさと手を置いてしまった。
 グローブを外したホークスの手の平がパネルに張り付いてすぐ。ズァン、と、いう鈍い電子音と共に緑色の光がスキャンを始める。
 先んじられてしまえば、従わないわけにもいかない。俺だって、決してこの玩具のような不審物に怯えてなどはいないのだから。
「まったく……」
 不平を零しながらも手を動かせば、ついさっき聞いたのと同じ機械音が繰り返された。実際はなんの感覚もないはずの手の平が妙にむず痒い。
 スキャンが終わるまでの間、手持ち無沙汰を誤魔化そうと、隣のホークスの様子を伺った。
 笑っている。滅多なことでは崩れない余裕の笑み。その横顔は、ローディングと表示された画面を楽しそうに見上げている。
 職場体験を残心癒えぬままに終え、そして今回のインターン。
 福岡での実地訓練も、今期で2シーズン目に入った。
 来訪当初のあまりにも軽んじられていた態度と比べれば幾分ましとはいえ、このNo.2ヒーローの本心は未だ一向に読めない。
「おおー、これは…予想通りというかなんというか……」
 結果が映し出されてしばらくの間は、どちらも画面に意識を奪われていた。
 成人男性の実寸大と思わしき3Dイメージ。顔や体の細部は不明瞭で、マネキンのような姿をしている。ただ、その背中に生えている漆黒の翼は、間違いなく双方の個性に由来するものだろう。
「……悪くないな」
 思わず、拙い感想が口から漏れた。
 全身を覆って仕舞えるほどの大きなサイズの両翼。
 “堕天使”などと技名に付けるまでもなく、存在だけで神々しさと禍々しさを同時に喚起させる。抗いがたいほどに胸が疼く。
「いいなあ、黒。かっこよかー」
 同じく、思わず漏れた風な気の抜けたホークスの声。その幼子めいた単純な感想が、俺の耳に引っかかった。
「前から気になっていたが、やはり師も福岡の生まれなのか?」
「え? ああ、ちがうちがう。周りがみんな訛ってるからうつっちゃっただけ。エセ、コスプレ、なんちゃって博多弁」
「では、本来の生まれは……」
「内緒! ミステリアスな方がヒーローっぽいでしょ」
 人差し指を口の前に立て、目を細める。そして、俺が食い下がるよりも早くに「でもさ」と自然と話は切り替えられてしまった。
「個性婚の子どもって、少なくとも両親に望まれて産まれてくるんだよね。それってー…いいことかな? 俺、そういうのよく分かんなくて」
「さあ、俺も……」
 考え始めると、つい口が止まった。
 親が子に懸ける期待。その重圧、伴う葛藤。
 それらに押しつぶされそうになっている同級生を、一人だけ知っている。2つの相反する力を内在した強い個性。彼は、望まれて産まれてきて、そして今強くなり、幸せなのだろうか?
 詳しい事情は知らぬ身とはいえ、そう易々と肯定もできない。
 自分たちのような遊び半分ではなく、本気でこの機械の結果に人生や金をかけ一喜一憂してきた人達がこの世に無数にいる。
 その事実の裏に存在するのは、狂気以外の何物でもない気がしてきた。
「……少なくとも俺の場合はだが。過度な期待の無い分、自由に生きてこられたという自覚はある」
「おっ、気が合うね~。俺も、それは同感」
 ホークスが「同感」と口にするのとほぼ同時に、すぐ隣で突風が巻き起こった。轟音と風圧を受け、反射的に身構える。
 風を巻き起こしたのは、一斉に動かされたホークスの剛翼だった。
 数多の深紅の羽が、微動だにしない本人に代わって目の前の機械を襲い、画面に映っていた黒い翼諸共に砕き割る。
 突然のことに、俺は目の前で飛び散る破片を外套で防ぐのに必死だった。
 破壊音が静まった頃合いで恐る恐る顔を上げる。そして、隣に向かって不満を吐いた。
「壊すな、と言っていたのに」
「ちょうど今、通信入ったの。壊していいってさ」
 トントン、と指先で耳のインカムを叩きながら、本当か嘘か分からないことを言う。ただ、いつも通りの食えない笑顔の裏に、その瞬間だけ微かな翳りが見えた気がした。
「……師、自覚しているように見受けるが、あなたは瞬間的なパワー自体はそこまで高くはない」
「つまり?」
「単純に壊すだけなら、俺の方が向いている」
 ダークシャドウ、と潜めた声で呟くと、奴も事態を察してうずうずしていたのか、返事も禄にせずに今の俺が制御できる最大級のサイズで飛び出してきた。
 結果的に機械だけでなく建物の一部まで壊してしまったのは、個性を制御する技量の未熟さの故の反省点と言える。
 とはいえ、だ。
 もろとも崩壊した鈍色のコンクリ壁の裏に現れた、晴天の青空。
 風通しの良くなった光景に一瞬呆気に取られたホークスだって、やりすぎだよ!と叱咤の言葉を吐きながらも、言葉とは裏腹に腹を抱えて大笑いしていたのだから、構わないだろう。